7/23 花火とかき氷と影法師

「早く早くー!!」



「しっかし暑いなあ」



「もうそんなの毎日で慣れたでしょ」


今日は隣町で夏祭りがあり花火が上がる。


見に行こう、とユズハがカヲルを誘った。



隣町には電車で最寄り駅まで移動した後、少し徒歩で移動する。



行きの電車には、花火に向かう人々でいっぱいだった。


ほぼ満員の電車に潰されそうになりながら何とか駅まで着いた、カヲルは既に顔が死んでいる。



「...お兄さーん、大丈夫ですか??」


ユズハが声をかける。


「だい...じょうぶ...」


「大袈裟過ぎる笑」


「大袈裟じゃねえんだって...まじで...」


「はい行くよー」


「はーい...」


手を引かれ、颯爽と歩き出した。



夕暮れが茜色に光る空が夏祭りへ向かう人々を照らす。


浴衣姿の女性が多くいる中、ユズハはいつも通り黒いスキニーとTシャツを身につけている。



「そういえば、浴衣着てこなかったのか」


「そうだね〜迷ったけど何となく私服にしちゃった」


「ふ〜ん」


「なに、浴衣姿見たかった?」


「いや別にそんなことない」


「カヲルは浴衣の女性が好き...メモメモ」


手で書く仕草を見せる。


「おいおいやめてくれ」


焦ったようにカヲルが止めた。

少し本気の焦りが見える。



「ふふ笑」


「ユズハこそ、そういう男の人好きなんじゃないのか」



「別にそんなこだわりないよ」





目的地の河原までもうすぐのところまで来た、どんどん人が多くなる。




親子連れ、カップル、おじいさんおばあさん、老若男女問わず集まっていた。



規模でいえばそれほど大きくは無いが、街では有名な夏祭りだ。



「花火とかいつぶりだろうなあ」


「あんまり見たことないの?」


「うん、」


「私は去年もここの花火見たよ」


「あ、そうなんだ」


「しばらく東京に住んでるんだもんな」


「そうそう2年くらい」



「じゃあもうだいぶ慣れただろ」



「慣れた!、色んなお店知ってるもん」


「楽しんでるようで何よりだよ」




「なんで東京に住もうと思ったの?」


途中で買ったペットボトルのお茶を飲みながら、ふと思い出したように言った。


「私が生まれたところは結構田舎で」


「せっかくならめちゃくちゃ都会なところにも住んでみたいって思った」


「田舎生まれなんだ、田舎もいい所だよな」



「あの落ち着く空気がすごく好き」


「住むなら田舎だな」


「カヲルは田舎好きそう」




「....!?」


道の段差に気づかず、ユズハは倒れそうになった。


その時、カヲルがユズハの手を掴みこちらへ抱き寄せた。


「大丈夫か、ちゃんと周り見とけよ」



「ごめん...ありがとう...」



話すうちに会場へ着き、開始まで30分を切っていた。


「わっ急がないと時間無い」


「とりあえず最初にどこか座るところ探さないとな」


「そうだね、川沿いがいいかな」


急いで席を確保し、屋台を回る事にした。


どこも長蛇の列になっており中々並ぶ気が起きない。



「何にしようかなああ迷う、、」



「俺かき氷と水飴」



「チョイス可愛いね??」



「ふ、普通だよ」



「私はかき氷とたこ焼き!!」



「お腹すいてるんか」



「割とね」


「じゃあお互い買って集合ね!」


「わかった」




―*―*―*―*―





開始五分前、辺りは打ち上げを待つ人々で埋まった。




楽しみにする子供の声が聞こえる、闇に吊るされた提灯が淡い黄色の光を出す、太鼓の音がどこか遠くで鳴る、夏を感じる。



高揚感があり、どこか哀愁もある。



懐かしい、前に来た時もこんな様子だった。




あの時は確か行きは電車を使わずに歩いて行ったっけ、あの人の希望で。



浴衣姿で、慣れない下駄を履いて歩きずらそうにしていた。 何度か転びそうにもなってうた、それを見て俺は笑っていた。



浴衣がよく似合っていた、かんざしなんかもつけていたな。





今日は思い出さないようにと決めていたが、どうしても思い出してしまう。


笑う君の顔をずっと書きたいと思っていた。


書いてあげたかった、あの時書きたかった。

もうとっくの前に時間切れだ。



「カヲル?」


「ああ、なんだ」


「呼びかけても全然反応しないからびっくりしたよ」


ユズハが心配そうにこちらを見つめている。


「すまん、ちょっとぼーっとしてた」


「もうすぐ始まるんだから!、意識取り戻さなきゃ」







まただ、カヲルのその目。


遠くを見つめて、悲しそうな顔をする。前に公園でもそんな顔をしてた。




全く同じ目、何かを思い出してるように見える。



でもなんか、聞いちゃいけない気がする、触れてはいけないような気がする。


私の勘がそう言っている。








時間はちょうど19:00




ドン!、という音と共に花火があがった、始まりを告げる一発目だ。


夜空に大きな花が咲いた、火の花が咲いた、一面の花だ。



大きな歓声に包まれる、観客が湧きだした。



「始まった!!」



「た〜まや〜」



「綺麗だなあ」



「すごく、綺麗だ」



花火に見惚れ、ずっと空を見ていた。




―*―*―*―*―





最後の特大花火があがり、祭りは終幕した。




「めちゃくちゃ綺麗だった、他に言葉が出てこない笑」





「そうだな笑、綺麗以外に言葉が浮かばないよ」



「来年も行こうね!!」



「ああ、行こう、また夏が来たら」



溶けて液体になったかき氷のカップを持ちながら夜道を帰る、提灯の明かりも見えなくなってきた。




今度は街灯が照らす、2つの影法師が出来ていた。ゆらゆらと揺れている。



駅に向かう二人を照らしている、並んでた歩く影が足を進める。 行きよりも歩く速さは遅くしてある、少し時間をあけて空いている電車に乗るために。





しばらく歩き、ようやく駅に着いた、ホームで電車を待つ。


既にユズハは眠そうに目を擦っていた。



「眠かったら寝ていいぞ」


「全然大丈夫...」


「嘘つけ」


「間もなく、1番ホームに列車が参ります、あぶないですから、下がってお待ちください」



アナウンスが入る、そろそろ列車が来る。


「ほら、行くぞ」


「はーい...」



席に着くとユズハはすぐに眠ってしまった。


「全く...何が全然大丈夫だよ」


「...また来年...か...」



「来るといいな、来年も」






「次は〜立川〜立川〜」



「ユズハ、着いたぞ、」


「はっ!!、すっかり寝てた」




その日は熱帯夜で、夜になっても、生暖かい風が吹く帰り道だった。


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