4/12 桜は髪に咲く
四月に入り、公園の桜は満開に咲き誇る。
曲の作り方を教えて欲しいとお願いして、ギターを持ち寄った二人、桜の下で二人は出会った日のように語り合っていた。
「前にカヲルはどんな曲作ってたの?」
「そう〜だな、綺麗なメロディとか綺麗な言葉を使って作ってたりしたな。」
「あとは、えっと」
「俳句とか、文学作品を引用したり」
「何それ?、めっちゃ難しそうなんだけど!」
「その話もっと聞かせて!」
ユズハが目を輝かせて話す。
「そんな事ないよ、簡単簡単」
「今で言うSNS、TwitterとかInstagramも、江戸時代なんかにもあったからね。」
「例えばInstagramは、こんな景色があったよとか、これ食べたよ〜とかを載せたりしてるじゃんか」
携帯を取り出す、アプリを開いて説明してみせる。
「うんうん」
「俳句だって同じで、ここにこんな綺麗な景色があったよみたいなのを五 七 五とかで記してる、形が違うだけで本質は一緒だよ」
「おおお....確かに...言われてみれば...」
ハッとした様子で相槌を打つ。
理解しきれていない頭でユズハはなんとか自分の考えを出した。
「TikTokとかでポケットからキュンですって言ってるみたいなことでしょ?」
「たぶん....そう...?」
「とりあえず言いたいことは、現代の様々なコンテンツは昔からそれっぽいものが既にあるよってこと!」
「あとはあれ、エモいとか」
「ユズハはエモいってどういう解釈してる?」
「んーとね、なんか、感情がぶわ〜って込み上げてくる」
「いいな、俺もそんな風に思うよ」
「そんな風に感情が込み上げるみたいな言葉も鎌倉時代とかにあったな」
「そうなの!?、どんなどんな?」
「あはれ」
「...あはれ?」
「哀れ?」
キョトンとした顔で口を開く。
「それは、わでしょ、はだよ」
「ああ、そっか」
「心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ」
「これは秋の夕暮れに、鴫っていう鳥が飛び立つ光景はしみじみと趣を感じるみたいな意味なんだけど」
「しみじみと趣があるっていうのは、ユズハがさっき言ってたぶわ〜って込み上げてくるっていうのと似てない?」
「似てる〜!!!、すご〜い!!!」
「カヲル物知り過ぎるよ〜、頭良いんだねカヲルって」
「私何も知らないよ〜、カヲルに教えてもらってばっかり。」
「知らない事は知っていけばいいんだよ」
「俺も最初は何も知らなかった」
「教えて貰ったことだっていっぱいある」
「カヲルに負けないくらい物知りになってやる!」
「楽しみだな」
「お前には無理だろって思ったんでしょ今」
「なんでわかった」
「やな奴(涙)」
「ごめんごめん笑、嘘だよ笑」
「ふん」
「怒った?」
「ううん、うそだよ」
「良かった」
話している最中、ゴーー、という大きな音と共に突然風が吹き荒れた。
「うわっ!」
「おっと」
風が桜を散らす、花びらがはらりと舞い上がり一面吹雪となった。
晴れた空に舞う一面の花びらは、この世界のものとは思えない程美しい景色だった。
「すごい...こんなの初めて見た....」
「久しぶりに見たなあ、こんなの」
「この情景を表すとしたらどんな風に言おうか」
「んーとね、花びらがひらひら泳いでる様だから、花泳ぐとか」
「花泳ぐ...いいなそれ」
カヲルは驚いた表情をしていた。
「よく思いつくなそんな綺麗な言葉」
「えへへ、カヲルに褒められると嬉しいなあ」
「良いセンスしてるよ」
「散るとか、舞うじゃないところが良い」
「書いとこう」
カヲルがノートを取り出すと、スラスラと書き始めた。
出会った日にも同じように書いていたのをユズハは思い出した。
「ねえねえそのノート気になるからちょっと見せてよ」
「ああ、これは仕事関係の事も書いてるからこれはダメだな」
「今度見せてもいいやつ持ってくるから、ごめんな」
「はいよー」
何かボソボソとカヲルが呟きながらノートを取っている、ユズハはそれに気づいた。
「何か言った?」
「ああいや、なんでもないよ」
「今俺達は風の中に居るな」
カヲルがそう呟く。
「風は気持ちいい物だ、全てを吹き飛ばしてくれるような気がして」
「そう?、髪の毛崩れちゃうからやだ」
「まあな、それもそうだ」
少し笑みを浮かべながらカヲルが言う。
こんな思い出も忘れてしまえたらどれほど楽だろうか、カヲルはそう思いながら花泳ぐ風の中で雲一つない真っ青な空を眺めている。
これからもずっと二人で眺めるはずだった桜を隣に。
カヲルがギターを片手に鼻歌を口ずさむ、優しいメロディと爪弾く音色がすっと入って心地よい。
「そのギターについてるマーク何?」
「ああこれか、前に付けたんだ、三日月のマーク。黒に合うし、あんまりこういうの付けてる人居ないでしょ」
「確かに聞いたことない、自分だけの物って感じがしててすごく良い」
「何か付けたいな〜とは思っててさ」
「そういうのいいなあ、ワンポイントみたいな」
カヲルのギターはよく見る茶色ではなく、真っ黒に塗られた色をしている。
「ギターかっこいいね」
「でしょ?、特注だよこれ」
こちらを向いてニコニコとギターを見せつけてくる。
「高そう」
「まあ高くもなく安くもなくといったところ」
「ユズハのやつはだいぶ使い込んで味が出てる感じがする」
「これいつからあるんだろう、父親が使ってた物で私がもっと小さい時からあると思う」
「前はもっと綺麗だったのかなあ」
傷や汚れが目立つボディを撫でながらしんみりと言う。
「味が出た物もそれはそれで美しいよ」
「それは分かる、なんかこう綺麗で新しい物だけが良いんじゃないよね」
「そうだよ、汚れた物も美しいからね」
「俺の心もホコリ被って汚れてんのよ...」
悲しい目をして遠くを見つめる。
「そんなこと言わないの笑、別に良いじゃんそれで」
「私はどっちでも良いと思うから」
「ありがとう、、」
「人生は主観なんだからね」
「良い事言うなあユズハ」
「あ、ねえねえ、写真撮らせてよ」
ユズハがカメラを片手にニコニコと笑う
「俺を?」
「そう」
「んー...まあいいけど...」
「あんまり容姿には自信無いんだけどな」
恥ずかしそうに俯くカヲルが言った。
「そんな事ないって!、はいこっち来て〜」
半ば強引に手を引かれ、近くのベンチへ向かった。
「自然体でいいから!、顔もこっち向かなくていいよ」
カメラを覗きながらユズハがアドバイスを送る。
「あんまり顔が表向きの写真って好きじゃないんだよね」
「え、なんで?」
「表情が分かっちゃうじゃん」
「後ろとか横向きの方が想像力働くでしょ?」
「はいじゃあ撮るよっ」
カシャ、カシャとシャッター音が響く
「普通にかっこいいんですけど」
撮れた写真を確認すると、スラッとした細い体型と雰囲気が非常に良い。
「それは嬉しい」
「もっと自信持っていいんだよ?」
「ああ、ありがとう」
少し頬を赤く染めながら笑う。
「昔から写真撮るの好きなの?」
「そうだねー、小学生の頃にはもう撮ってた」
「その瞬間瞬間はその時にしか訪れないから、残しておきたいって思う」
「うんうん、良い事だ」
「今のこの瞬間もね、もう二度と戻れなくなるから」
「そうだな」
「どんな写真を撮るんだ?」
「風景とかご飯とか人とか物とか色々だよ」
「今度現像したやつ見せてよ、気になる」
「いいよ!」
カヲルが満足そうに笑いながら言った。
「あ、」
先程舞っていた花びらの1枚がユズハの髪に落ちてきた。
それに気づいたカヲルがこのまま写真を撮ろう、と言い出した。
「なんか良いじゃん、可愛くて」
「撮るよー、せーの」
カシャ
「うんうん、良い感じ」
カヲルが満足そうに笑いながら言った。
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