魔王のメンツ

 トンッ、トンッ、トンッ!


「ヤタロウじゃ、入ってもいいかの?」

「カノンもいまぁぁす!」

「いいぞ」


 サブロウたちが退室してから程なくして、ヤタロウとカノンが入室してきた。


「して、犯人の正体はわかったのか?」

「憶測だらけのふわっとした答えだがな」

「ほぉ」

「ダイスケ……元セントラルエリアの勇者が言うには――」


 俺は先ほどダイスケから聞いた話を簡単に説明した。


「ふむ……怨嗟の亡霊か。厄介な相手じゃな」

「嗜虐王って本っっっ当に最低最悪の魔王ですねぇ」

「厄介な相手だ。正体は分かったが……対応に困るというのが本音だな」


 従来の勇者のように名乗りでも上げてくれれば楽なのだが……神出鬼没とまでは言わないが、行動に法則性を見出せない。


「して、どうするつもりじゃ?」

「どうするつもりとは?」

「レイラもフローラも古参の幹部じゃ。対外的にはともかく、アスター皇国内では知名度が高く、故に影響力も大きい」

「つまり、今は士気が落ちていると?」

「うーむ、そこは判断に悩むところじゃな。仇討ちすべし! の空気も強く、捉え方によっては士気は高いのぉ」

「つまり、その高まった士気を利用して攻めるべきと?」

「そうじゃな。レイラたちの消滅を利用するかのように聞こえるかも知れぬが……冷静に、きちんと作戦を立てるべきじゃ。んー、そうじゃな、儂が伝えたいのは……怒り、或いは哀しみを抱いているのはシオンだけではない……皆、同じ気持ちということじゃな」


 ――?


 ヤタロウは何を言いたいのかだろうか?


「まさか……気付いておらぬのか?」

「あー、シオンさんは何気にぼっちを拗らせ……もとい孤高の存在でしたから……気付いていないのかも知れませんねぇ」

「なんのことだ?」

「ほれ、鏡でも見るのじゃ。シオン、お主はレイラとフローラの消滅の報を聞いてから、ずーと悪鬼羅刹のような形相しておるぞ」


 俺は壁に掛けてあった鏡を覗き込む。


 ――!


 なるほど……悪鬼羅刹は大袈裟だと思うが、顔全体無駄に力が入っており、眉間には皺が刻まれている。


 どおりでイライラする訳だ。


 このモヤモヤとイライラが混じった不快の正体は、怒りか。


 長い年月を費やし丹念に育成した配下を消滅させられた怒りなのか、はたまた――。


 まぁ、自己分析なんてどうでもいい。


 ヤラれたら、ヤリ返す……。そうしないと、ナメられ……メンツを潰された存在は淘汰される。


 このコワレタ世界とは、そういう世界だ。


「まずは愚かな侵略者どもを一掃しようか」


 経験値云々より、メンツのほうが大切だ。


「うむ」

「はい!」


 立ち上がり、唱えた俺の方針にヤタロウとカノンが深く頭を下げる。


「その後は――愚かなる人類に対して総攻撃を仕掛ける」

「はぁい! 皆さんに伝えますねぇ!」

「了解じゃ……して、シオンよ。こちらが抱える人類も投入するのか」


 アスター皇国には戦力と呼ぶに相応しい力を持った人類も数多あまた存在している。


 俺――魔王が号令をかけたことにより始まる、【ロウ】と【カオス】に分かれた人類たちによる争いか。


 魔王にくみする――正確には屈伏した人類はアスター皇国外を見回しても数多に存在している。当然、対人類ロウに対して投入された元人類カオスは、過去に何人も存在が確認されている。


 しかし、元人類を積極的に使って、今も生存している・・・・・・魔王は、存在しない。


「……人類は投入しない」

「うむ、冷静な判断じゃな」


 ただでさえ、元人類を争いに駆り出すのは忌避される行為なのに……今は魔王祭中だ。


 さすがに悪目立ちが過ぎる。


 下手すれば、人類【ロウ】は俺のことを第二の嗜虐王と呼ぶだろう。


 何より、元人類の戦力を投入しなくても――アスター皇国の力は示せるはずだ。


  俺は念話にて、すべての配下と領民に語りかけた。


 ――止まぬ襲撃に、許されざる犠牲……我がアスター皇国は未曾有の事態に見舞われている……!


 我らは教えなくてはいけない! 奴らの愚行を! 罪の重さを! 誰に攻撃を仕掛けているのかを!


 防衛の任に就くすべての配下に告ぐ!


 奴らは禁忌を犯した。最早、遠慮は無用だ。


 愚盲にも我が領域に足を踏み入れた塵芥ちりあくたを一掃せよ!


「「「ウォォォオオオオ!!!」」」


 俺の言葉に反応したのか、配下たちの咆哮にて揺れる大気を感じた。


 ――元人類の配下並びに領民に告ぐ。


 されど、お前たちが戦場に出ることは叶わぬ。今、与えられている任務を全うし、今ある生活を……アスター皇国を内部から支え続けよ。


 そして、それ以外のすべての配下、領民に告ぐ!


 領内に入りし塵芥を一掃した後、討って出る!


 奴らに、犯した罪の重さを知らしめよ!


 アスター皇国の強さを知らしめよ!


 総攻撃を仕掛けよ!


「「「ウォォォオオオオ!!!」」」


 ……っと、1つ忘れてた。


 俺はスマホを操作し、アプリを立ち上げる。


 765 名無しの上級魔王 ID︰0536

 これより岐阜を攻めるが、統治はしない

 理由は、眷属の仇討ちだ

 

 事前に俺が攻めると宣言した土地は新潟県だった。岐阜県はうちとニーナ……そしてサティの支配領域と面している複雑な土地だ。


 そもそも、今回の騒動の言い出しっぺは俺。


 ここで俺が約束を違えるのは、今後の信頼を大きく損なう可能性がある。


 766 名無しの上級魔王 ID︰0027

 律儀なこったwww

 仇討ちってwww本当に魔王かよwww

 支配しないなら俺様は構わないぜwww


 同盟相手であるニーナ――ミユが援護射撃をしてくれる。


 サティの返事はない。


 まぁ、常に掲示板をチェックしているのはニーナくらいか。


 準備は整った。


 ――総員に告ぐ、行動に移れ!


 レイラとフローラに捧げる、仇討ちの狼煙が上がったのであった。 

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