野々市市侵攻11


 ――田村女史、至急俺の元へ来てくれ。


 俺は、今回の策の肝となる人物――田村女史を自室へと呼び出した。


「お呼びでしょうか?」


 10分ほど待つと、田村女史が入室して来た。


「単刀直入に伝える――田村女史、貴方を眷属にする」

「え?」


 俺の言葉を聞いた田村女史が呆けた表情を見せる。


「眷属にする……意味はわかるよな?」

「え? あ、はい……し、しかし……」


 いつも冷静な田村女史が動揺するとは、珍しい光景だ。


「シオン様……畏れながら、私は非戦闘員です」

「知っている」

「この世界では……子供であっても、私のような老いた人間であっても……戦う力を身に付けることが出来ることは理解しております。しかし、私にはその適性が……」

「ん? 何か勘違いしていないか?」

「――? 眷属というのは、一定数の配下を支配領域の外へ連れ出せる存在ですよね?」「それも眷属の大きな役割の一つだな」

「他には……ヒトの言葉――日本語を習得出来ると聞いていますが、私には不要な能力ですよね?」

「眷属の特典である言語も重要だな」

「――? 眷属には他にどのような役割が?」

「ヤタロウの役割だ」

「ヤタロウ様と……と言うと、支配者でしょうか?」


 ヤタロウには《分割》した支配領域の主の地位に据えていた。


「支配者……と言う言葉が正しいのかは不明だが、そうだな。仮に、その立場を支配者と呼ぶなら、支配者が出来ることは何か知っているか?」

「《支配領域創造》、配下への指示……でしょうか?」

「他に……委任された支配領域全域の監視がある」

「……監視ですか?」

「監視だ。映像と音で支配領域の全域を確認出来、自分の配下に指示を出すことが出来る」

「シオン様は私を眷属にして、どのようなご命令をお出しするのですか?」

「取り急ぎは……投降してきた人類の確認だな。田村女史が直接出向いて武装解除の確認する必要はない。スマートフォンで様子を確認して、配置した配下に命じてくれればいい」


 投降してくる人類は大勢いる。しかし、万が一の事態に備えるなら、武装解除の確認は必須の作業だ。しかし、そんなことに貴重な眷属を使えない。ヤタロウに任せることも考えたが、ヤタロウの役割は多い。これ以上、役割を与えるのは酷だろう。


 ならば、どうすればいい?


 投降者の武装解除を確認する専用の配下を用意すればいい。


 しかし、武装解除の確認には人類の言語が扱えることが最低条件だ。領民に任せてもいいが、見ず知らずの領民をそこまで信用は出来ない。


 そこで思い付いたのが、ヤタロウと同じ権限を持つ配下を一人増やすことだった。


「なるほど……。しかし、眷属にするには膨大なCPが必要と聞き及んでおります。今回の確認作業も重要だとは思いますが……割に合わないのでは?」

「今回の確認作業の為だけに、眷属にするのは割に合わない。但し、今後も領民の生活する居住区の管理を任せる……という役割も与えれば、十分な対価だと思う」

「居住区の管理でしょうか?」

「そうだ。以上の理由から、田村女史を眷属にする。反論は認めないが……他に聞きたいことがあるなら聞くぞ?」

「居住区で暮らす多くの領民も人間です。そして、私も人間です。それでも……よろしいのですか?」

「何か問題でもあるのか? ひょっとして、反乱を企てているのか?」

「い、いえ……そのようなことは……」

「ならば、問題はない……いや、一つ問題があるな」

「何でしょうか?」


 俺の言葉を聞いた田村女史の顔色が変わる。


「武装解除の確認を任せる訳だが……仮につまらぬ下策を企てた人類が混ざっていたとしよう」

「……はい」

「田村女史はその人類を裁く命令を出すことは出来るか?」

「裁くとは……」

「殺せ、と配下に命じることは出来るか?」


 田村女史が反乱を企てるとは思っていない。しかし……敵に情を与える可能性は大いにあった。


「……出来ます! 全てを暴力で解決するのが正しいとは、今でも思っておりません。しかし、話し合いで解決出来ないことがあるのも事実。子供たちを、領民の皆さんを――アスター皇国を守るため、心を鬼にすることを誓います」

「その誓い……信じよう! 田村女史――この杯を飲み干せ」


 俺は創造した【血の杯】を田村女史に差し出した。


 【血の杯】を受け取った田村女史は一息ついた後――【血の杯】に注がれた深紅の液体をゆっくりと喉に流し込んだ。


 ――《契約コントラクト》!


 淡い輝きが田村女史を包み込み、輝きは緩やかに収束する。


「ふぅ……私の中に流れるこの感覚が、シオン様の眷属になったという証なのですね」

「田村女史、気分はどうだ?」

「あら? 田村 昌子まさこはもういませんよ? 今、ここにいるのはアスター皇国の為、シオン様に尽くす眷属――マサコ=シオンですよ」


 ――!?


 眷属にすると名前が変わるのを忘れていた……。


 そして、俺は田村女史のフルネームを初めて知る。


「田村女史……」

「私はマサコ=シオンです。どうぞ、他の眷属と同じようにマサコとお呼び下さい」


 ……無理だ。


 田村女史と俺は年の差は40以上。


「魔王シオンの名の下に命じる――マサコ=シオンは、今後も田村の名を名乗れ!」

「それは……ご命令でしょうか?」

「……命令だ」


 俺は予期せぬ事態を命令という力業で回避したのであった。



  ◆



 その後、田村女史の働きもあり投降してきた人類を滞りなく支配領域内で保護することに成功。


 その数は12万人を超えており、野々市市役所に立て籠もる人類は戦争開始から僅か三日で、その数を1/3にまで減らしたのであった。

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