野々市市侵攻10


「俺たちはこれより支配領域へと退く。俺たちが憎く攻撃を仕掛けたい者もいるだろう。但し、放たれた攻撃は周囲にいる全ての者の命運を変える攻撃となる。俺が与えた選択肢は勧告に非ず、長谷部氏の情熱に応えた――慈悲だ! その意味をよく考え、一人でも多くの者が賢き道を選択することを期待している」


 俺は人類に忠告を与え、配下と共に戦場を後にする。


 ふぅ……追撃はしてこないよな?


 今回はペース配分を考えずに全力で戦闘を続けていた。戦っているときはアドレナリンの効果なのか、疲れを感じていなかったが……一度止まると、疲労が一気に襲いかかってきた。


 しかし、疲れを人類に見せるわけにはいかない。


 ――総員、背筋を伸ばして毅然とした足取りで撤退せよ!


 肩で息をして、背中の丸まった部下の姿勢を命令で無理やり正す。


 さて、今回は何人が投降してくるのか?


 全力を尽くした心地よい疲労を感じながら、撤退したのであった。



 ◆



「皆の者、大義であった」


 俺は居並ぶ配下に労いの言葉を掛ける。


「次に動くのは三日後とする! 三日後の戦いは激しい長期戦となる見込みだ。各自、しっかりと休養を取り、万全の状態に仕上げてくれ! ――それでは、解散!」


 居並ぶ配下に解散を命じ、俺自身も自室へと戻った。


「シオンさん、次は24時間後じゃなくて……三日後なんですかぁ?」


 当たり前のように俺の部屋に入り込んできたカノンが疑問を投げかけてくる。


「ここ最近連戦だったからな。身体に疲労が溜まっているし……装備品のメンテナンスも追い付いていない。本来なら1週間ほど休息を与えたいが……そういう訳にもいかない。アキラとも相談した結果……ギリギリのラインが三日だった」


 装備品のメンテナンスは主にアキラとドワーフたちの仕事だ。俺や幹部が所持しているユニークアイテムや神器であれば耐久性も高いが……汎用の装備品はそういう訳にもいかない。


 装備品の質の高さは対人類において、大きなアドバンテージの一つだ。


「なるほどぉ……でも、私たち以上に弱っている人類も回復しちゃいませんかぁ?」

「回復はするだろうな」

「それなら、一気に叩いた方がよくないですぅ?」


 カノンの意見も一理ある。しかし、俺には別の狙いもあった。


「カノン、向こうから仕掛けてくることはあると思うか?」

「金沢解放軍がこちらの支配領域に侵略してくるって意味なら……可能性は限りなくゼロに近いと思いますよぉ」

「そうなると、今回の三日間の休息期間は俺たちと金沢解放軍の両陣営に平等に与えられた時間となる」

「そうなりますねぇ……あ!? 回復の質は私たちの方が勝っているから……えっとぉ、向こうは10回復する間に、私たちは20回復する的な狙いですかぁ?」


 回復の質とは何を指すのか? 半ば強引に体力を回復させる――回復薬。この薬は一部の人類も錬成出来るらしいのだが、生産量はこちらのほうが上だ。他にはコワレタこの世界独特の『回復魔法』なんて存在もある。


 そして、極めつけとなるのは……こちらは《配下創造》で戦力の補充が可能だ。


 これらが回復の質と言うのであれば、確実にアスター皇国は金沢解放軍に勝っている。


「まぁ、正解に近いな」

「と言うことはぁ……?」

「こちらは三日間を有意義に使って疲労を取り除き、傷を癒やし、アイテムのメンテナンスをする」

「ですねぇ」

「アスター皇国の陣営に三日後の戦いに不安を抱いている者はいると思うか?」

「――! 分かりましたぁ!」


 正解に近い俺のヒントを聞いて、カノンは正解に辿り着いたようだ。


「ほぉ……。なら、言ってみろ」

「対して金沢解放軍の陣営は不安に苛まれていますぅ。シオンさんが先に仕掛けた賢者と聖女への疑心。次々と投降する人類。同じ三日間でも、こちらは心身共に回復するのに対して、金沢解放軍の心境――士気は低下する! これが狙いですねぇ」

「正解」


 金沢解放軍との戦いが終結したら、その後は魔王カオルの軍勢との戦いが始まる。支配領域を侵略中の魔王カオルたちの様子を何度も確認しているが……奴らは強い。


 俺が貯めていたBPを使わざる得ない状況まで追い込んだ魔王アリサ以来の強敵となるだろう。


 現状、魔王カオルの陣営はノーダメージだ。


 俺が魔王カオルなら……金沢解放軍との戦いが終結した直後に戦いを挑む。


 故に、今回の戦いは半ば連戦を強制させられる長期的な戦いになる。


「カノン、軍師を目指すのであれば……先の展開を予測しろ。時間、戦力、タイミング――様々な要素を計算して、先の行動を組み立てろ」

「え、あ、はい」

「まぁいい……今は休め」


 大勢の配下を率いて指揮を執ると、どうしてもクサイ台詞を言ってしまう。


 チッ……度重なる大規模な戦いで、変な熱にあてられたか。


 俺は柄にもなくカノンに吐いた言葉が恥ずかしくなり、舌打ちを鳴らしカノンを自室から追い出したのであった。


 撤退してから3時間後。


 投降を希望する大勢の人類が支配領域の前に殺到した。


 その数は昨日の7万人を優に超えている。武装解除の確認をするだけでも一苦労だ。田村女史を筆頭とした非戦闘員の領民が投降した人類の誘導を志願してくれたが、万が一の事態を考慮して断った。


 とは言え、人類の言葉が理解出来るのは眷属だけ。貴重な眷属の休養は妨げたくない。


 んー……どうすっかな……。


 解決策は一つ思い浮かんだが……CPの消費が激しい。


 とは言え、長い目で見たら……この方法が一番いいのか?


 俺はアキラに電話をして状況を確認する。


『……なに?』

「アキラ、配下の装備品をメンテナンスする素材の蓄えは?」

『さっきの戦場に落ちていた人類の装備品を拾ったから……平気』

「抜け目ないな」

『私は優秀』

「んじゃ、メンテナンスは任せた」


 杞憂していたメンテナンス素材は大丈夫そうだ。


 俺は先程思い浮かんだ策を実行するための準備をするのであった。

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