Episode10

イロ、ハニ、ホヘト


 式典から三日後。


 俺の目の前には3人の眷属が並んでいた。


「イロ、ハニ、ホヘトよ! お前たちに課せられた使命は重大だ」

「「「ハッ! 心得ております!」」」


 人類を陽動するために、創造した3人のダンピールが恭しく返事をする。


 今回陽動に用意したのは矢面に立つ3人の眷属と、配下を外に出すために配備した200人の眷属。そして2000体を超えるグールたちだ。


 イロ、ハニ、ホヘト以外の眷属には、何があっても前線に立たないように命令してある。


 眷属は貴重だ。支配領域の外に出られる配下は眷属とその配下のみという仕様上、対人類においては、眷属の数は兵力と等しくなる。眷属を創るには、最大まで溜めたCPを全て捧げる必要がある。理論上、一日で創れる眷属の数は2人。現実的には一人が限界だ。


 故に、被害を減らすための陽動で、眷属を失っては本末転倒だ。


 とは言え、一人の眷属も失わずに陽動をするのは難しい。


 こうして選ばれた尊き犠牲が――イロ、ハニ、ホヘトとなる。


 リナたち幹部には本命の配下3000体と共に人類と面しているアスター皇国の最前線――第一支配領域にて待機を命じている。


 カエデには白山市の南部――人類と魔王カオルの最前線付近にて待機を命じており、魔王カオルが《統治》を仕掛けたら、連絡するのがカエデの役割だ。


 見落としはないか、漏れはないか、俺は自分の立てた計画と配下の配置を入念に確認する。


 時刻は19:00。

 人類が眠りにつくには早く、吸血種である俺が宣戦布告するには最適の時間。


 配下を引き連れて向かった先は対アスター皇国の人類の最前線基地――石川大学から1km離れた地点。第一支配領域からは3kmほど進んだ先にある地点であった。


 ――これより作戦を開始する!


 念話にて全配下に作戦の開始を告げ、俺は拡声器を手に取った。


『金沢市の人類諸君に告げる。俺は石川県の県北を統一した『アスター皇国』の魔王――シオン。アスター皇国はこれより金沢市への侵略を開始することをここに宣言する! 我々は無益な殺生は好まない。投降の意志を示す者には安寧の生活を、反抗の意志を示す者には――死を与える。すでに、多くの人類が我がアスター皇国の地で安寧の生活を送っている。投降する意志のある者は武装を解除し我が支配領域を訪れよ! 猶予は3時間。3時間後、我々は金沢市に対して侵略を開始する! 賢明な判断を下せる人類が多いことを願っている』


 俺は一息で勧告の口上を告げる。


「イロ、ハニ、ホヘト、後は任せたぞ」

「「「ハッ! 畏まりました!」」」


 俺は最前線をイロ、ハニ、ホヘトに任せて後退したのであった。



 ◆



「おかえりなさいですぅ」


 支配領域に戻った俺をカノンが出迎える。


「準備は万全か?」

「はい! タカハルさんが暇を持て余して経験値稼ぎに行こうとした以外は万全ですぅ」


 カノンからの返事を聞いて、俺は苦笑する。幹部たちの待機時間は長い。戦闘準備が整っていても、実際に行動に移れるのは魔王カオルが《統治》を仕掛けた後だ。人類には3時間の猶予を与えたので……暴走した人類が攻めて来ない限りは最短でも4時間以上の待機が余儀なくされる。

 タカハルは神器を育てたいのだろう。その気持ちは俺もわかる。コワレタ世界になって以降、レベルと言う不可思議な概念が導入されたが……体感出来るのはBPを振ってランクが上がったときくらいだ。実際には少しずつ強くなっているのかも知れないが、体感出来たのは最初だけだ。対して、神器はまだ成長を始めたばかり……日々強さを感じることが出来、ランクが上がった時の見た目が変わる瞬間は感動すら覚える。俺も何も考えずに本能で生きられるのなら……神器の成長に集中したい。


 とは言え、本能の赴くままに行動して生き残れる甘い世界では無かった。


「シオンさん、今回はダンピールの眷属を3人に2000体のグールを投入したんですよねぇ?」

「そうだな」

「陽動になりますかねぇ?」

「戦力が足りないか?」

「逆ですぅ! 人類から見ればかなり脅威的な戦力じゃないですかぁ?」

「そうか?」


 カノンは苦戦している俺の姿をあまり見たことがない。支配領域に侵略してくる人類の存在も経験値とみている節もある。


「勝つまでは厳しいと思いますが……結構、善戦しそうな気がしますぅ。こちらの相手に手一杯で魔王カオルの元に主力を送り込む余裕が無い可能性も……?」

「仮に、そうなれば……金沢市の人類は歯牙に掛ける必要もない存在ということだ。そのまま幹部たちを投入して一気に切り崩すまでだな」


 仮に、カノンの言うとおりになれば、金沢市の人類は2000体のグールと同等の戦力となってしまう。その程度の存在で魔王カオルを足止め出来るか? 出来てしまうなら、魔王カオルもその程度の弱さと言うことだ。つまらん策を練るのは止めて、力押しで制圧してしまえば、あっという間に石川県を統一出来る。


「俺が心配しているのは逆だ。2000体のグールで陽動の役割を果たせるのか……。即座に倒されてしまったら陽動にならない。少なくとも、魔王カオルが好機と感じて《統治》を仕掛けるまでは持ち堪える必要があるからな」


 グールの最大の特徴は耐久性だ。耐久性のみではリビングメイルに軍配があがるが、リビングメイルの場合は装備品を錬成する必要もあるのでコスパは最悪だ。対して、グールはアイテムを扱えない。痛覚も無いのか、どれだけ傷を負っても気にせず攻撃を続ける習性もあり、敵に回すと厄介な相手となる。


 一応予備戦力として第一支配領域には3000体のグールも控えている。状況によっては、倒されたグールの補充要員として前線へ送り出す予定だ。


 最前線の様子はどうなっている?


 俺はスマートフォンを操作して、イロの視点から最前線の様子を確認。


 周囲から聞こえるのはグールたちの不気味な呻き声のみ。人類からのアクションは一切ないようだ。


 続いて俺はスマートフォンを操作して、タスクに電話を掛ける。


「様子はどうだ?」

『あ!? お疲れ様っす! 『アスター皇国』の名称を入れると削除されるので、県北の『十三凶星』が金沢市に宣戦布告したと情報を流しているっす』

「反応は?」

『一部の人類は騒いでいるっす。今は、真偽の確認をしている動きが目立つっすね』

「そうか……。引き続き、情報の拡散に注力してくれ」

『了解っす!』


 賽は投げられた。後は、敵の出方を待つばかりとなったのであった。

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