金沢市侵攻①


 金沢市の人類に対しての宣戦布告から1時間。


 27人の人類が投降してきた。投降してきた人類には手厚いもてなしを施し、領民たちの様子を映したライブ映像を配信。配下監視の元、知人たちに投降を勧めるように促した。


 金沢市の人類に対しての宣戦布告から3時間。


 地道な情報操作は功を奏し、投降してきた人類の数は合計1,087名にまで膨れ上がった。


「さてと、定刻だな」


 ――イロ、ハニ、ホヘト! 侵略を開始せよ!


 俺は最前線の配下たちに金沢市侵略の命令を下した。


 スマートフォンには歓喜の呻き声を上げるグールの群れと共に前進する配下の様子が映し出されている。


 俺が成すべき事は、金沢市の人類の戦力の見極めだ。


 陽動の後に控える本番に備え、個々の強さと集団戦の練度を見極めなければいけない。


 神器を渡してもいいと感じる程の人類がいたら、目星を付けておくのも悪くない。


 珠洲市の剣聖――佐山虎徹は強敵だったが、金沢市の英雄はどの程度の実力なのか?


 俺は最前線の様子が映し出されたスマートフォンの画面に集中するのであった。



 ◆



 金沢市の人類に対しての宣戦布告から4時間。


 スマートフォンから流れるのは地を這うようなグールの足音と不気味な呻き声。そして風に流れて聞こえてくる人類たちの喧騒。画面に映し出されたのは石川大学の正門前に並ぶ武装した万を超えるであろう人類の集団。


「人類の数はどれくらいだと思う?」

「そうですねぇ……アスター皇国の領民の数が約12万人。この前の式典に全員参加だったので……ぱっと見ですが、1/4ほどなので3万人ですかねぇ?」

「大学の中に控えている人類もいるだろうから……5万人ほどか?」

「うーん……どうでしょう。金沢市の人口が30万人、白山市の人口が10万人。『大変革』以降死亡した人類の数はおよそ3割と言われています。そうなると、金沢市と白山市に残った人類の数は28万人。しかし、小松市や加賀市などから逃げ延びた人類も大勢いると思います。小松市、能美市、野々市市、川北町、加賀市の人口の合計が約20万人。仮に半分が逃げ延びたとして……+10万人。他にも県北から逃げ延びた人類もいるでしょうから……これは+2万人で計算すると、合計で40万人になります」


 俺の問い掛けにカノンがまるで参謀のようにスラスラと答える。カノンが検索ツールと呼ばれているのはステータスの【知識】の高さのみではない。《瞬間記憶》というカノン独自の特殊能力による知識の深さも由来していた。


 カノンは、いつものように調子に乗るようなこともなく言葉を続ける。


「これは全国の統計となりますが……戦闘経験のある人類は全体の5割です」


 子供から老人まで全ての人類を含め――戦闘経験のある人類は5割。これは驚異的な割合だ。3年前まで多くの人類が戦いとは無縁の人生を送っていた。本来であれば5割――二人に一人が戦闘を経験しているなどあり得ない。


 なぜこのような結果に至ったのか?


 生き延びるため? 或いは大切な誰かを守るため? ――理由にはなり得るが、要因にはなり得ない。


 ならば要因は……? ――【世界救済プロジェクト】だ。


 神、女神、黒幕――様々な呼称で呼ばれる正体不明の存在により授与されたギフト。或いは呪いと忌むべき力により、図らずとも人類は戦う術を得た。そして、世界は黒幕の望み通りに争いが容易に繰り広げられる――コワレタ世界へと変貌した。


 俺が相槌を打つと、カノンは言葉を続ける。


「そうなると、金沢市と白山市――県内に残った人類の中で戦える者は20万人。但し、積極的に戦いに身を置く人類の割合は統計によれば全体の3割――つまりは、12万人となります。石川大学は金沢市の人類にとって大切な前線基地。更には、私たちアスター皇国と正面切って争うのは初めてとなります。以上のことから、人類は大部分の戦力――10万人は投入してくるのではないか? と仮定しますが、いかがでしょうかぁ?」


 カノンは最後に笑みを浮かべると、キラキラした目で俺の目を見る。


「悪くない推測だ」

「フフッ……何か補足はありますかぁ?」


 カノンは先程までの凜とした表情はどこへやら、ドヤ顔で俺へと問い掛ける。


「そうだな……。最後まで凜とした表情を続けていたら、参謀になれたかもな」

「――な!?」


 俺は肩を竦めると、再びスマートフォンの画面に集中し始める。


 人類の数が10万人なら2000体のグールでは荷が重い。陽動にここまで成功してしまうのか……。


 魔王カオルが《統治》を仕掛けるまで持つだろうか?


 俺は増援部隊にすぐに動ける準備をするように命令を下す。


『怨敵――魔王シオンに告げる! 我々、金沢解放軍は貴様に屈しない!』


 突如、スマートフォンのスピーカーから若い男の声が流れる。


 金沢市の南部と白山市と統治する人類の集団――金沢解放軍。


 リーダーは『金沢の賢者』と『金沢の聖女』だったか? 声質的に聖女はあり得ない。と言うことは、この声の主は『金沢の賢者』?


『そうよ! 私たちは絶対に屈しない! 私たちはあの頃の私たちとは違うのよ……!』


 続いて、スマートフォンのスピーカーから若い女性の声が流れる。


 この声の主が『金沢の聖女』なのか?


 ってか、『あの頃の私たちとは違う』とはどういう意味だ? 俺の支配領域に侵略してきて逃げ帰った人類の一人なのか?


 稼ぎ場として開放している支配領域であれば……リピーター獲得の為にも、生存率は7割程度に収まるように調整している。支配領域を解放された経験はないが、俺の支配領域を侵略して生きて帰った人類の数は存外多かった。


『今こそ貴様を討ち倒し!』

『私たちの悲願!』

『俺たちの大切な仲間――』

『私の大切な親友――』

『『――莉那の仇を討たせてもらう!!』』


 ――は?


 敵の口から出た聞き慣れた配下の名前に俺は呆然とするのであった。

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