魔王トミオ
囲われた魔王の支配領域で神器の試運転をすること3時間。敵のラインナップはウルフからゴブリン、コボルトへと変化。2年間もの間、相当ヒマだったのか……数だけは凄かった。
「お?」
前線で暴れているタカハルの動きが止まる。タカハルは、胸の位置に上げた両手へと視線を向ける。
――!
タカハルの両手に巻き付けていたバンテージ――グローナックルが淡い輝きを放つ。光が収束すると、タカハルの両手には鉄製のメリケンサックが装着されていた。
「ハッハー! イイね! 最高だ! 最高じゃねーか!」
タカハルは豪快に笑うと、バンテージからメリケンサックへと進化を遂げたグローナックルで目の前のコボルトを殴打する。
もう進化するのか? 早いな……。
続いて、敵の攻撃を受け続けていたヒビキのグローガントレットが進化。後を追うようにコテツとリナの神器も進化を遂げる。
進化の条件は敵を倒した数? それとも攻撃回数?
どちらにせよ、進化を遂げていないのは俺とサラとカエデの3人。
「タカハル! リナ! コテツ! 攻撃を控えろ!」
「あん?」
「了解」
「承知した」
俺の命令にタカハルは不満そうに鼻を鳴らし、リナとコテツは従順に従う。
「サラ! 範囲攻撃の使用を許可する! カエデ……殲滅速度を上げろ!」
「り! あげあげ~♪ ――ファイヤーブラスト!」
「……わかった」
俺の命令にサラは嬉々として魔法を放ち、カエデも攻撃の速度を上げる。
「ご主人様! 私は……っ!」
「そのまま殴られてろ!」
「……ありがとうございます!」
俺は悶える
――《五月雨突き》!
神速の連続突きで、ゴブリンの集団を纏めて突き倒す。
――《偃月斬》!
離れたところで固まっているコボルトの群れに衝撃波を放つ。
俺へと群がってきたゴブリンの群れをグローランスの一薙ぎで吹き飛ばし、迫ってくるコボルトの喉元をグローランスで刺突する。
ノッってきた。アドレナリンが全身を駆け巡る。ゴブリン、コボルト程度の魔物であれば……多少の被弾もダメージには至らない。俺は防御をかなぐり捨てて、一心不乱に槍を振り続ける。
「やめろぉぉおおお!」
――?
聞き慣れぬ男の叫び声が周囲に響く。
叫び声の元凶へと視線を向けると――刈り上げた髪型に筋肉が隆々なタンクトップを着用した男が巨大な戦斧を担いでいた。
ここの魔王か?
俺は意識を目の前の得物――ゴブリンへと戻し、槍を振り続ける。
「何をするんだぁぁぁあああ!」
タンクトップの男の叫び声をBGMに俺は槍を振り続ける。
「いぇーい! あーしの神器レベルップ! みたいな」
サラの歓喜の声が俺の耳に届く。俺は焦りを感じながらも槍を振り続ける。
ペース的にそろそろだとは思うが……。
――!
時は来た……!
利き手に持った木の槍――グローランスが淡い光を放つ。光の収束と共に、グローランスが鉄製の槍へと進化を遂げる。
「ふぅ……。待たせたな」
俺は額に流れる汗を拭うと、タンクトップの男へと声を掛ける。
「何者だ! お前たちは何者なんだ!」
タンクトップの男が俺へと戦斧を突きつける。
「人に名前を聞く前に自分から名乗れよ。基本だろ?」
「ふざけるなぁぁぁあ! 人の家に土足で踏み込んで、大切な友人たちを大量虐殺! お前の血は何色だぁぁああああ!」
「え? 赤色だけど? で、名前は?」
「トミオだぁぁあああ!」
タンクトップの男――トミオが自分の名を叫ぶ。
あ! カエデの神器も進化した。
トミオと話している間も、せっせと敵を狩り続けていたカエデの神器がようやく進化を遂げた。
「トミオか……。邪魔したな」
用事が済んだ俺は片手を軽く上げて後退する。
「って、待てぇぇえええ! 俺の友人を虐殺しておいて、他に言葉はないのかぁぁああ!」
「いや、襲われたし。正当防衛?」
「ダウトォォォオオオ! お前たちがロウガを虐殺し始めた頃から俺は見ていた!」
「ロウガ? ……ウルフのことか?」
「ロウガだけじゃない……キバもリュークも全部、全部……お前たちが……お前たちが……」
トミオは手を震わせて、俺を睨み付ける。
「大切なペットなら首輪くらい――」
「ペットじゃない! 友人だ!」
面倒くせーな……帰るか。
俺は叫ぶトミオを放置して撤退しようと試みると……。
「ギィギィ!」
一体のゴブリンが何やら叫び始める。
「聞いただろ! ベルンもお前たちが攻撃を仕掛けて来たと言っているぞ!」
「は?」
「ギィギィ」
「ギィ! ギィギィ!」
「やっぱり、悪いのはお前たちじゃないか!!」
トミオはゴブリンのような鳴き声でゴブリンに話しかけると、ゴブリンが必死な手振りでトミオに鳴き声を上げる。
「へ? お前、そいつの言葉がわかるの?」
「当たり前だろ! 友人の言葉がわからいでか!」
「いやいや、普通わからねーよ……」
カノンのように知識を上げた存在なら理解出来るが……こいつはナチュラルにゴブリン語で会話していた。
2年間もの月日、トミオは一人で来るはずもない侵略者に備えていたのだろう。そして、ヒマを持て余したトミオは独学でゴブリン語を習得したと言うのだろうか……。
「んじゃ、帰るわ」
俺はゴブリン語を扱うトミオに驚愕を覚えながらも、撤退を始める。
「待て!」
しつこいな……。
「待て……か。本当にいいのか? ここいる者は全員、お前を含めたここいるお前の友人を全て葬る力を有している。それを理解したうえで待てと言っているのか?」
「黙れ! お前たちは俺の大切な――」
――《ダークナイトテンペスト》!
荒ぶる闇の気流が無数のゴブリンとコボルトを纏めて葬り去る。
「もう一度だけ聞くぞ? 待てと言ったな、本当にいいのか?」
俺はトミオへと殺気をぶつける。
「……」
トミオは全身を震わせて沈黙する。
「撤退するぞ」
俺は震えるトミオを一瞥することなく、配下と共に支配領域を後にする。
支配領域へと帰還した俺はリナたちに「状況に応じて神器を育てるように」と指示を出し、解散とした。
神器は即効性という面では大きく期待を裏切られたが、将来性という面では非常に面白いアイテムであった。
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