珠洲市役所への侵攻19


「は? シオン! 何で撤退したんだよ!」

「あーしも不完全燃焼みたいな?」


 支配領域に戻ると、案の定タカハルとサラが俺へと詰め寄ってくる。


「はぁ……。お前たちはバカか? ……ん? バカか」


「「バカじゃねーし!」」


 ため息と共に吐かれた俺の言葉に、タカハルとサラは相変わらず綺麗なハモりで反論してくる。


「今攻めたら……敵は万全の体制を整えているだろ?」

「そうだな」

「何が悲しくて……わざわざ敵が万全の体制を整えているときに、攻める必要があるんだよ?」


 俺は嘆息と共に、今回の攻撃の真意を話すことにした。


「そりゃあ……アレだ! 宣戦布告したからだろ!」

「俺は攻撃を仕掛ける……と、宣言しただけだ。戦うとは言ってない」

「は? 今の攻撃に意味はあるのかよ?」

「約束を破ると、今後の俺の信用に影響が出る。だから、宣言通り攻撃を仕掛けた」

「は? そんなのありかよ!」

「ありだろ。人類とは試合をしている訳ではない。戦争――殺し合いをしているんだ」

「そ、そうだけどよ……。んじゃ、俺の出番はいつだよ!」

「機が熟したら……としか、答えられないな」


 俺はタカハルの質問に肩を竦めながら答えるのであった。


 その後も、配下を引き連れて矢を放って撤退を繰り返す日々が続いた。


 俺は繰り返される無意味のような日々を利用して、眷属を量産し続けた。


 数は力だ。


 今後の展開を視野に入れても、支配領域の外に出られる配下の数――眷属の数は重要だ。


 俺は内部の力を着実に増やしながら、人類の精神を磨り減らす日々を続けるのであった。


 10日後。


 今日も、あの日から変わらない日々が続いていた。


 理想としては、痺れを切らした人類が攻めて来ることであったが、珠洲市役所の人類は慎重なのか、臆病なのか……珠洲市役所から出ることはなかった。


 ならば、俺は無駄とも思える日々を続けるだけだ。緊張感を保つというのは、意外に体力と精神力を消耗させる。半ばルーティンと化した矢を放って撤退する日々は……確実に人類の精神力を削っているはずだ。厳戒態勢を敷き続けるのにも限界はあるはず……。


 俺は機が熟すタイミングを計り続けるのであった。



 ◆



 珠洲市役所への嫌がらせを始めてから21日目。


「シオン。今日辺りが良い頃合いかもしれん」


 防衛を任せていたヤタロウから報告があがった。


「と言うことは……」

「うむ。現在、支配領域に侵入している侵略者の数は0じゃ」


 毎日6時間置きに矢を放って撤退する嫌がらせを始めてから21日。珠洲市役所の人類の精神は十分に削れているだろ。


 そして、今――俺の支配領域には侵入者が存在しない。


 人類にせよ、魔王にせよ……今から侵入してきても【真核】に辿り着くまでは、適当な配下を配置していても、7日間は必要だろう。つまり、今から6日間は防衛に回していた戦力――イザヨイ、サブロウ、セタンタも珠洲市役所の侵攻に動員することが出来る。


 まさしく、最適のタイミングと言えるだろう。


 ――総員に告ぐ! 本日の18:00より珠洲市役所への侵攻を開始する! 今回の侵攻はヤタロウとカノンを除いた全ての眷属を参加とする! 各自、準備を始めよ!


 俺は全ての配下に侵攻の開始を告げるのであった。



 ◆



 18:00。


 ヤタロウとカノンを除いた全ての眷属と4000体を超える配下を引き連れて、珠洲市役所へと進行を開始した。


 ――放て!


 俺の命令に従い、弓を扱える配下が珠洲市役所へと矢を撃ち込む。


 ――中央を空け、左右に展開しながら後退せよ!


 配下たちは左右に広がり、珠洲市役所を覆う壁の門へと通じる道を空けながら後退する。


 ここまではいつも通りだ。俺たちも珠洲市役所の人類たちも見慣れた光景だ。違うとすれば、左右に広がる、中央を空けると言う点だが……普段から攪乱目的に、様々な奇行を繰り返しているので、この程度の行動に違和感は覚えないはず。


 人類の動揺を一番誘った奇行は――3日前の、矢を撃ち込んだ後にヒビキが無駄に《パーフェクトボディ》を披露するという行動だった。他にもバイクに乗ったタカハルが、ゴブリンのバイカー集団を引き連れてアクセルを吹かす、配下全員で謎の合唱を始める、後ろ向きで進みながら撤退するなどの奇行を繰り返していた。


 しかし、今回の行動は奇行などではなく――意味のある行動だった。


 珠洲市役所の人類たちは後退していく俺たちをいつも通り、ただ眺めている。


 ――出番だ! かちこめ!


 俺は、重要な指示を出していた1体のゴブリンに命令を下した。


 命令を下すと、後方――俺の支配領域の方角から砂煙を巻き起こしながら暴走するトラックが姿を現わした。


 トラックを運転するのは勇敢なる1体のゴブリン。トラックの荷台には、統治したときに徴収した解体用のダイナマイト。


 火薬庫と化したトラックは、俺の空けた道――珠洲市役所へと通じる門目掛けて爆走する。距離があるので、言葉までは聞き取れないが……珠洲市役所からは人類たちの狼狽する声が風に流れて俺の耳へと届いた。


 異変に気付いた珠洲市役所の人類たちは、慌ててトラックに矢を射るが……暴走するトラックは止まらない。


 そして10秒後――


 ――!


 暴走するトラックは珠洲市役所の壁の門に衝突。周囲には地響きと共に、耳を劈く爆発音が響き渡る。


 ――総員、突撃!


 俺は侵攻に参加した全ての配下に命令を下す。


 珠洲市役所の人類との最後の戦いが幕を開けたのであった。


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