vs魔王ヤタロウ②


 2人の魔王が支配する支配領域の侵略を開始して12時間。


 現在は2階層を侵略中だった。


 絶妙な位置に仕掛けられた罠の数々、設置された罠の種類と迎撃の為に配置された魔物の相性の良さ……同じ支配領域を支配する立場としては、感心することが多く、侵略する立場としては、ストレスが増大する――そんな支配領域であった。


「リナ。この支配領域の印象は?」

「侵略する難易度はかなり高いな。ハザードランクはBではなくAが正当な評価だろう」


 隣を歩くリナに尋ねると、リナは真剣な表情で答える。


「確かにそうだな。配置された魔物のランクは決して高くない。装備しているアイテムもせいぜいDランクだ。とは言え、難易度は高いな」

「そうね。遭遇する魔物は総じて練度が高い……と言うより、何かひとつのルールに従って動いているのだろう。動きに迷いが見られない」

「罠へ誘導するゴブリンに、攪乱目的のウルフの群れ、入り組んだ地域には必ず遠距離攻撃を仕掛けてくる魔物。ここの魔王は相当クレバーなようだな」


 俺が注目している点は、CP効率の高さだ。どこぞの変態魔王サブロウは、コスパ重視でグールとジャイアントバットのみを大量創造していた。変態魔王サブロウをフォローするのであれば、多くの魔王は同様の運用方法を用いていた。しかし、この支配領域を支配する魔物は、低コストのウルフやゴブリンに魔族種特有の魔物――インプを上手く活用していた。


「私が気になるのは……遭遇する魔物の種類の多さだ。これは、今まで支配した支配領域から隷属させた魔物なのだろうか?」

「どうだろうな? 普通に考えればそうだが……運用方法に慣れすぎているのが気になるな」


 インプの放った火球から発生した炎を《自然操作》で煽るピクシー。腕力に優れるオーガを設置し、側面から攻撃を仕掛けようとすると狙ったように地面に埋め込まれた罠。耐久性に優れるドワーフを盾にして、遠距離攻撃を繰り出すエルフ。


 そして、何より気になるのは魔族種が創造出来ない魔物はピンチになると即逃亡する。


「エルフやピクシーはすぐに逃亡するだろ?」

「そうだな」

「理由は、創造出来ない唯一品のような配下だからだろうが……」


 俺も同じ理由で、オーガやピクシーなど創造出来ない配下の命は大切にする。


「何か気になるのか?」

「ここの魔王が支配している支配領域って7つだろ? そんなにも見事に多種多様な魔王が近隣に存在するか?」

「今までの経験から言えば、多かったのは鬼種と妖精種の魔王だな。エルフ種の魔王は1人しか見たことがない。言われてみれば、不自然かも知れない」

「――っと、お喋りは中断だな」


 道行く先には蒸気の立ちこめる紫色の沼――毒沼が設置されており、毒沼の中には同色のスライムが蠢いている。毒沼の奥には弓を構えた複数のダークエルフと、巨大な斧を手にした褐色の悪魔――レッサーデーモン。更には――。


「ジャイアントバットかよ」


 レッサーデーモンの上空を飛び交う巨大な蝙蝠が3体。


「毒消しの常備は十分にある! 各自、毒は気にせず戦え!」


 備えあれば憂いなし。毒沼によるスリップダメージ。体感的で言えば、風邪の状態が近いだろうか。胸がムカムカして、吐き気が生じる。戦闘に支障をきたす程ではないが、放置しておくと、疲労感が増幅する。毒沼とはそういう効果だった。


 毒沼に入りたくない俺は、攻撃魔法の準備を進める。


「ダクエル! 目障りな蝙蝠を撃ち落とせ!」

「ハッ!」


 ジャイアントバットの超音波は、精神集中を阻害する。弱点は弓による攻撃。俺はリナに先駆けて、ダクエルに命令を下す。


 残りの配下たちは各々行動を開始する。


 アイアンが盾を打ち鳴らすと、レッドは怯むことなく毒沼に突入し、紫色のスライム――ポイズンスライムを鈍器で叩き潰す。レイラは氷の弾丸をインプへと放ち、フローラもレイラの攻撃に続く。リナとガイは毒沼を駆け抜け、レッサーデーモンと対峙する。


 ――《ダークアロー》!


 俺は無数の闇の矢を毒沼の向こう側へいる敵と無差別に放ち続けた。


 5分後。


 リナの放った斬撃がレッサーデーモンの首を跳ね飛ばすと、敵の前線は崩壊。後は個の力に物を言わせて、行く手を阻む敵を1体ずつ仕留めたのであった。



 ◆



 2人の魔王が支配する支配領域の侵略を開始して5日目。


 全部で9階層からなる支配領域の侵略が完了。1つ目の支配領域の支配に成功した。


「ん? どうかしたのか?」


 支配領域の支配を終えた俺に、リナが声を掛けてくる。


「あぁ……。少し気になることがあってな」

「気になること? 確かに配下を2人失ってしまったが……眷属は全員無事だ。今回の侵略じゃないのか?」


 リナの言うとおり、今回の侵略で2体の配下――リビングメイルとウェアウルフを1体ずつ失った。育っていた配下だったので、惜しい気持ちはあるが……必要な犠牲だったと割り切っている。


「リナ。今回侵略した支配領域は9階層だっただろ?」

「そうだな。9階層の支配領域は珍しいが、何か不安要素があるのか?」

「9階層と言うことは……魔王のレベルは?」

「9だな」


 俺の質問にリナは即答する。


「俺の支配している支配領域の数は知っているか?」

「確か……この支配領域を含めて45だったか?」

「正解。俺のレベルを知っているか?」

「10になったと、前にカノンが言っていたが……11になったのか?」

「いや、まだ10だ」

「つまり……シオンは強いと?」


 リナは俺が何を言いたいのか分からずに、首を捻る。


「俺がレベル9になったのは魔王カンタを倒した頃だ」

「魔王カンタ……懐かしいな」

「あの頃、俺が支配していた支配領域の数は24だ」

「ふむ。あの頃から大分成長したのだ」


 リナは的外れな意見を繰り返す。


「対して、ここの魔王が支配している支配領域の数は7だ」

「今は6になったな。クロエたちも侵略が終われば、残りは5か」


 カノンならここら辺で俺の言いたいことを言い当てる。カノンが賢いのか、リナが鈍いのか、或いは……リナはカノンと違って魔王の経験がないから、考え方に相違が生じるのか。


「回りくどかったな。支配領域が7つしか無いのに、レベルが9もある。つまり――この支配領域を支配していた魔王は、自らの手でかなりの数の侵入者を倒している。そうは思わないか?」

「魔王は、自分の手で敵を倒した方が成長は早い……そういえば、そういう生態だったな」

「生態と言われると……まぁ、そうだが。つまり、俺が言いたいのは、ここの魔王は自らも前線で戦えるタイプの魔王だ」

「なのに、今回は姿を現わさなかった? それが、懸念事項か?」


 リナがようやく俺の伝えたかった答えに辿り着く。


「そういうことだ。これだけ面倒な罠を仕掛け、魔物の運用に優れた魔王だ。挙げ句に前線で戦えるタイプの魔王。懸念材料にするには十分だろ」

「なるほど。シオンは前線に立っていても、常に思い悩むのだな……それが強さの秘訣か」

「思考を止めたら淘汰される時代だからな」

「ハッ。私の主は頼もしいな。これからも、私を……そして仲間を導いてくれ」


 カノンとは違い話し合いには発展せず、リナは俺の言葉を聞いて上機嫌に笑い声をあげるのであった。


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