外へ


 魔王アリサを倒してから10日後。


 リナとクロエによる支配領域の侵略は順調に進められていた。


「例の2人の魔王がいる支配領域と隣接する為には、後5つの支配領域を支配すればいいのか」

「魔王アリサ以降は、特に強い魔王はいないですからねぇ」


 俺は、リナとクロエの様子をスマートフォンで確認しながらカノンとのほほんと会話をしていた。


「リナの部隊が次に侵略する支配領域は……エルフ種の魔王が支配する森林タイプの支配領域で、クロエの部隊が次に侵略する支配領域は……吸血種の魔王が支配する洞窟タイプの支配領域か……丁度いいな」


 クロエが侵略する予定の支配領域を見て、ほくそ笑む。


「お!? と言うことは……つ、遂に!? シオンさんは引き籠もりから脱却するのですかぁ?」

「誰が引き籠もりだよ! ってか、魔王は全員強制的に引き籠もりだろうが!」

「イヒ!?」


 無礼な発言をしたカノンは乾いた笑い声のような悲鳴を上げる。


「俺は出掛けるが……カノン、支配領域の防衛は大丈夫だろうな?」

「《分割》して支配者としての権限を頂くことは可能ですかぁ?」

「暴走はするなよ?」

「大丈夫ですよぉ!」


 支配領域を分割して支配者の権限を渡すと、仮の支配者は脳内に委任された支配領域の状況が浮かぶようになるらしい。真の支配者たる魔王はスマートフォンで地道に確認する必要があるのに……この差は酷いと思う。


「まぁ、支配者権限がないと防衛は難しいだろうから、仕方ないか」

「ふっふっふ……大船に乗ったつもりでお任せなのですよぉ」

「その大船……泥で出来てないよな?」

「――な!?」


 今のところ防衛を任せられる人選は、悲しいことにカノンのみだ。カノンは一応、俺に常に連れ添っていたので、俺の考え方も理解している。カノンの生殺与奪権は俺にあるし、裏切る心配もないだろう。


「《分割》を実行したらCPは一時的に枯渇する。配下の数は問題ないな?」

「はい! イザヨイさんもいるので、大丈夫ですよぉ」

「配下の食料の備蓄も問題ないな?」

「はい! 最近は食料の生産体制も整っているので、心配無用ですよぉ」

「アイテムの備蓄は問題ないな?」

「はい! 侵入者から奪い取ったアイテムもあるので問題ないですよぉ」

「何かあったらすぐに連絡しろよ?」

「はい! お任せ下さい!」

「連絡先として俺の電話番号は――」

「大丈夫ですってば! シオンさんは私の保護者なのですかぁ!?」


 俺からの小言にカノンは癇癪を起こし、


「保護者じゃねーよ……支配者だよ」


 俺はそれに笑って答える。


「最後に……死ぬなよ」

「……はい!」


 俺は最後となる命令を下し、支配領域分割を実行したのであった。



 ◆



 支配領域の《分割》も無事終わり、カノンに支配者権限の使い勝手を確認。


 カノンには、敵対勢力と隣接する全ての支配領域の権利を委譲した。


 周辺に強い魔王は存在しない。人類が俺の支配領域をターゲットとした大規模掃討作戦でも実行しない限り、問題はないだろう。


「では、行ってくる」

「いってらっしゃい~」

「シオン様……ご武運を!」


 カノンとイザヨイに見送られ、俺はクロエがいる位置から一番近い支配領域の出口へと転移するのであった。


 転移を終えた俺は、外へと続く支配領域の出口を前に身震いをする。


 ははっ……支配領域の外に出るのはいつ以来だ?


 俺の支配領域内には居住区、生産区と呼ばれる屋外タイプの階層も多々存在している。


 太陽の下に出るのは怖くない……。と言うか、今は夜だ。外に出ても俺が弱体化する心配はない。


 なのに……この体中に走る震えは何だ? 外の世界に怯えている? 俺が? 金沢市で最強の魔王と名高い俺が……外の世界に怯えている?


 配下に出口まで見送りに来させなくて、本当に正解だった。こんな姿……とてもじゃないが、配下には見せられない。


 俺は震える足でゆっくりと、外の世界へと続く地面へと歩みを進める。


 ほら……怖くない。


 一歩、また一歩と外の世界の地面を踏みしめる。


 穏やかな夜風が俺の頬を撫で、どこか懐かしい外の空気が俺の鼻腔を刺激する。


 いつの間にか、足の震えも止まっていた。


 俺は両手を天へと大きく掲げ、外の新鮮な空気を大きく吸い込む。


 目に見えぬ恐怖は消え去った。


 ふぅ……。少し遅れたな。土産でも持参するか。


 俺は食いしん坊のブルーを想像しながら、質の良い肉を錬成しようとするが……。


 ――?


 スマートフォンを操作し、慣れた手付きでアイテム錬成を行うが、錬成は一向に成功しない。


 ――まさか!?


 一つの可能性に気付いた俺は、様々なアイテムの錬成、配下の創造、果ては――《血の杯》の創造を行うが、結果は全て失敗。


 支配領域の外に出ると創造、錬成は出来ない……?


 配下を倒されたら、その場で創造して配下を補充。毒に侵されたら、毒消し薬を錬成……そして、魔王を眷属にする為に《血の杯》を創造する。


 俺の想定していた戦略は全て無に帰した。


 本番前にわかっただけでも……良しとするか。


 っと、あいつらを待たせすぎたな。


 よし、行くか!


 俺はクロエの部隊が待つ場所へと、足早に外の世界を駆けるのであった。



 ◆



「待たせたな」


 俺は侵略する支配領域のすぐ近く、朽ち果てた公園にて待機していたクロエの部隊と合流を果たした。


「滅相もございません」

「お土産の肉は――ギャッ!?」


 片膝を付いて深く頭を下げるクロエと、クロエからの裏拳を食らって身悶えるブルー。クロエ同様に深く頭を下げているのは、新たに眷属となったダークハイエルフ――クレハ。軽く頭を下げる2人の巨躯を誇る鬼――ノワールとルージュ。その他に眷属の配下として、リビングメイルが3体。ダークエルフが2体。ダンピールが2体。


 これらが侵略部隊として活動しているクロエの部隊に編成された配下であった。


「早速であるが、支配領域の侵略を開始するとするか」

「ハッ! 此度の方針は?」


 意気込む俺にクロエが方針を問い掛ける。


 俺は、クロエとリナに対して侵略する支配領域ごとに方針を伝えていた。


 方針は大きく2つ。


 1つは、殲滅。


 1つは、敵の被害を抑える。これは、俺の創造出来ない敵の魔物を配下として迎えるのが目的だ。


 ならば、伝えるべき方針は――、


「殲滅だ」


 今回侵略する支配領域の魔王は吸血種。挙げ句に、確認されている魔物は大多数がグール。つまりは、創造のランクはC。苦労してまで手に入れたい配下は皆無。ならば、レベルアップの糧とするのが最善だ。


「「「畏まりました!」」」


 士気が最高潮の配下と共に、俺自身は初となる支配領域の侵略へと繰り出すのであった。


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