ダーク某①


 3体のリビングメイルを先頭に支配領域の中へと足を踏み入れた。


「ほぉ……」

「マスター、如何いたしましたか?」


 整然と立ち白い大理石の壁で囲まれた通路を見て、思わず感嘆し漏れ出た俺の声にクロエが反応する。


「何でもない。気にするな」

「ハッ! 失礼しました」


 俺の返答に応え、クロエは素早くあるべき隊列へと戻った。


 クロエやリナの視点を通じ、スマートフォンを介して多くの支配領域を見てきた。しかし、画面越しに見る景色と実際に自分の目で見る景色は全くの別ものであった。


 白の大理石で統一された壁に通路。目を凝らせば、壁には絵画や調度品が飾られていた。


 あの絵画……正確には壁に埋め込まれた調度品は、不壊にして、取り外し不可。見栄えのみを重視した、オブジェクトだ。創造CPは十枚で1だったか? 俺から見ればCPの無駄遣い以外の何ものでも無いのだが……これも魔王の個性の一つなのだろうか。


 俺は自身の支配領域――岩肌が剥き出しで、申し訳程度に設置されているオブジェクトは岩のみという、シンプル構造を思い浮かべる。


 この支配領域はダンジョンと言うより、遺跡だな。


 まぁ、真似しようとは思わないけどな。ここの魔王は、暇人なのだろう。


 と、初めての他者の創造した支配領域を観察していると……。


「「「#$%&!!」」」


 前方から見知った魔物――グールの集団が現れた。


 相変わらずの間抜け面だな。と言うか、俺に襲いかかってくるグールか。ある意味、稀少な体験だな。


 俺は微笑を浮かべながら、戦闘態勢へと移行した。


 現在、俺が《吸収》している能力はダンピールのレイラではなく、隣に並ぶダークハイエルフのクロエの能力だ。


「クロエ、クレハ!」

「「ハッ!」」


 名前を呼ばれた2人のダークハイエルフは、俺が指示を与えるまでもなく、俺の意図を汲み取る。


「「「――《ファイヤーアロー》!」」」


 俺はクロエ、クレハと共に、グールの弱点である炎属性の矢を無数に放つ。


 ――見敵必殺!


 放たれた無数の炎の矢は両手を振り上げて突進してくる、無数のグールを葬り去る。


「「「グォォォオオオ!」」」


 しかし、後列から次々と湧き出るグールは知性の全く感じさせない瞳で、雄叫びを上げながら突っ込んできた。


「どこのグールもアホには変わりないか。ノワール! ルージュ!」

「「あいよ!」」

「間抜けなグールを蹴散らすぞ!」

「「おう!」」


 俺は愛槍――ゲイボルグを手にして、2人の鬼と共にグールの群れへと突っ込んだ。


 ――《偃月斬》!


 力強く振り下ろしたゲイボルクは、目の前のグールを両断しただけに留まらず、刃先から発生した衝撃波が後方から迫る無数のグールを薙ぎ払う。前方に目を向ければ、凶悪な笑みを浮かべる男女の鬼が、鈍器を振り回しながら、次々とグールの頭を吹き飛ばしている。俺も負けじとゲイボルクを振り回し、迫り来るグールを倒し続ける。


 ――!?


 僅かな耳鳴りが鼓膜に響いた。


 ジャイアントバットか……。あいつの超音波を受けると、こんな感じになるのか。


「クロエ! クレハ! ブルー! 蝙蝠を全て撃ち落とせ!」

「「ハッ!」」

「了解っす!」


 クロエとクレハと放った矢が巨大な蝙蝠を射貫き、ブルーは軽快な身のこなしから、大きく跳躍。手にした斧で巨大な蝙蝠の頭を打ち砕く。


 いつもはスマートフォンの画面越しに見ていた、クロエたちの中に俺がいるのか。俺は不思議な高揚感に包まれながら、ゲイボルクを振るい続けるのであった。



 ◆



 1時間後。


 目の前に広がるのは整然とした大理石の通路に横たわる、無数のグールとジャイアントバットの亡骸。


 配下のランク、練度、装備したアイテム……全てが上回っている俺たちに負ける要素は何一つなかったことが、証明された。


 多少は疲れたが、こんなものか。一定以上の力を持った強者の前に中途半端な雑魚を差し向けても、得られる成果は侵略者の体力を僅かに奪う程度か。せめて、ここの支配領域の魔王が創造Bであったなら……リリムやダンピールを創造して、グールの近距離+遠距離攻撃による防衛体制も築けただろうが……、グールのコスパは優れている。しかし、俺ならゴブリンとかも創造して弓矢で……って、つい癖で支配領域の防衛を分析してしまうな。この世界でたらればは通用しない。弱い者は滅び、強い者が生き残る。


 今のコワレタ世界は、シンプルにして、無慈悲な世界と再認識したのであった。


 その後も、俺たちは慢心せずに支配領域の侵略を進めた。



 ◆



 支配領域侵略開始から24時間。


 二回の食事休憩と3時間の仮眠を挟みながらも、俺たちは3階層へと辿り着いた。道中で出現した魔物はグールとジャイアントバットのみ。


 グールとジャイアントバットはコスパに優れているとは言え、もう少し応用を利かせるべきだろ? よく、今まで生き残れたなと感心すら覚えた。


 調度品に気遣う余裕があるなら、罠とか、魔物の運用にもう少し気を遣えよな……。


 最初は、新鮮さと少しの緊張感を持って挑んだ初の支配領域の侵略であったが、今ではかなりリラックスした状態だ。今後、経験値を稼ぐ意味でも定期的に支配領域の侵略に参加しようかなと、将来の行動方針を頭に思い描きながら、侵略を進めていると……。


「クックック。不敬なる侵略者よ。貴様達は我が輩の眷属の血を流しすぎた。よって、判決を下す――死刑だ!!」


 4階層へと続く階段の前に、数多のグールを引き連れた黒のタキシードにマントを羽織った男が姿を現わした。


「眷属……? ひょっとして、今まで倒したグールの中に眷属が混ざっていたのか?」

「ハッハッハ! 言葉の綾だ! 正確には配下だ!」


 男は、なぜかドヤ顔で先程の言葉を訂正する。その表情と口調はスキルを用いているのだろうか? 俺のヘイトをかなり高める。


「ってか、お前、誰だよ?」

「ハッ! 人様の支配領域――『白亜宮殿チャークパレス』に勝手に侵入しておきながら、戯れ言を。まぁ、よい……。我が輩こそは、『白亜宮殿』の主にして、絶対強者っ! 全ての闇を統べる帝王にして、至高なる存在――ダークネス・ドラクル三世で――」


 ――《ファイヤーランス》!


 俺は冗長にして不快な口上に、思わず炎の槍を放ってしまった。


「――ぬぉ!? き、貴様ぁぁぁああ! 貴様から名前を聞いておきながら……名乗りの最中に攻撃をするとは……貴様は矜持を持ち合わせておらぬのかっ!」


「すまん……暴発した」


 激昂するダークネス某に、俺は軽く頭を下げて謝罪する。


「嘘を付くなぁぁあぁああ!」


 ――!?


 俺は激昂するダーク某に驚愕する。


「む? 貴様……何を驚いておる?」

「いや、何で嘘とバレたのだろうと……」


 目の前のダーク某は間違いなく、知能Gランクだ。気付く余地などないと高を括っていた。


「わからいでかっ!」


 激昂するダーク某に俺は拍手を送る。


「えっと……ダーク……ねす? ど、ど……三世だったか? ひょっとして、お前は眷属のダンピールか?」


 魔王の名前は人間だった頃の名前がそのまま継承される。流石に、現代日本。しかも、石川県の内灘町にダーク某三世なんて珍妙な名前の人物は存在しないだろう。ってか、ここの魔王ってダンピール創造出来るのか? と言うより、あんなにも日本人顔剥き出しのダンピールが創造されるのか……?


「き、貴様ぁぁああ! 我が輩の話を聞いておったのか! 我が輩は『白亜宮殿』の主にして、闇を統べる帝王にして、至高の存在――魔王ダークネス・ドラクル三世ぞ!」

「さっきは魔王とか肩書きは――」

「黙らっしゃい!」


 ダーク某は顔を赤面させながら激昂する。


「まぁ、細かいことはいいか。ダーク某。降伏するなら、命だけは助けてやる。どうするか、即決めろ」


 俺はダーク某に勧告を促す。今まで、目の前のダーク某のアホな会話に付き合っていたのも、全てはこの為だ。腐っても魔王。腐っても吸血種。ある程度は強いだろう。しかし、同時に魔王は倒したときの恩恵――経験値は大きい。断るようであれば、俺の成長の糧になってもらうとしよう。


「ハッハッハッ! 我が輩の眷属を倒した程度で調子付いたか! 愚か! 愚かの極みなり! 我こそは『白亜宮殿』の主にして、最強の存在! 今までも、眷属を倒して調子に乗った数多の愚か者を葬り去った。貴様も死して、愚行を悔いるがよい!」


 ダーク某は大声で笑い苛つくドヤ顔を披露する。要は、この支配領域が今まで無事だったのは、この目の前のアホが肉体か魔力、或いは両方にBPを振り分け、自らが防衛をしていたと言うことなのだろう。


「降伏はしない……と、言うことでいいな?」

「ハッ! 無論! 今宵も我が輩の『サウザンドニードル』は血に飢えておる! 不敬なる劣等種よ、死ぬが――」

「は? 俺が劣等種ならお前は劣等種の下等種だぞ?」

「は?」


 ダーク某は間抜け面を浮かべる。ちなみに、血に飢えている『サウザントニードル』はランクCのアイテム『レイピア』にしか見えない。


「気付いていないのか? 俺も吸血種の魔王だぞ?」

「――!? な、な、何を言っておる!?」

「は? お前は俺を何だと思っていたんだ?」

「人間」

「こいつは?」


 俺はクロエを指差して尋ねる。


「にんげ……ダ、ダークエルフかっ!?」

「正解」


 何故か大袈裟に驚くダーク某に、俺は冷静に答える。


「こいつは?」


 ダンピールを指して尋ねる。


「に、人間と……?」

「ハズレ。こいつは?」


 リビングメイルを指して尋ねる。


「フルプレートを装備した人間」

「ハズレ。この2人は?」


 ノワールとルージュを指差して尋ねる。


「大柄な外人? ……鬼か!?」

「お!? 正解。最後にこいつは?」


 ブルーを指差して尋ねる。


「ペットのゴブリン」

「正解」

「違うっす! オイラはゴブリンチェイサーっす! そしてペットじゃなくて眷属っす!」


 ダーク某の答えにブルーが異論を唱える。


「と言う訳で、俺は魔王シオンだ」

「――!? バ、バカな……!? あり得ない! 魔王は支配領域の外には出られぬ!」


 ダーク某は俺の答えを聞いて狼狽える。


「その疑問を解消する答えは持ち合わせているが……説明する義理はないか」

「き、貴様は何者だ!?」

「人の話を聞いていたのか? 俺の名前は魔王シオン――これから、お前が死ぬ前に最後に会話を交わした存在だ」

「――!? そ、その言い回し……今度使わせてもらおう!」


 俺の言葉を聞いて、ダーク某が驚愕する。


「どこに感心しているんだよ……。まぁ、いい。こいつは、俺がる。お前たちは邪魔をするなよ?」

「畏まりました」


 俺の言葉にクロエが代表して答える。


 ――但し、いつでも攻撃が出来る準備だけはしておけ。


 念話にて、伝えた指示にクロエたちは黙って首肯する。


「それじゃ死合うか! ――我が名は魔王シオン! 我が名を土産に冥土へ旅立つがよい!」


 挨拶代わりの《威圧》を放ち、ダーク某との死合いを開始するのであった。


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