イザヨイ


 魔王アリサの支配領域を支配してから48時間後。


 リナとクロエは眷属と配下を引き連れて、内灘町の支配領域へと至る道中に存在する支配領域への侵攻を開始した。調べる限り、道中に高レベルの魔王は存在していない。1ヶ月にも満たない期間にて、内灘の支配領域への道は切り拓かれるだろう。


 レベルが10へと成長した俺も侵攻に参加したかったが、今回対象となる支配領域は共に屋外タイプ。俺との相性は最悪なので、支配領域の防衛に専念することにした。


 現状、南方面と北方面から侵略してくる人類は漏れなく殲滅。ハザードランクSの支配領域と呼ぶに相応しい仕様へと仕上げてある。西方面から攻めて来る人類は、3割殺し。配置する配下も低ランクを揃えることにより、初心者に優しい仕様へと仕上げてある。東方面から侵略してくる人類は、5割殺し。適時高ランクの配下を配置し、中級の冒険者が夢見る仕様へと仕上げている。


 しばらくは、この仕様を維持し、人類向けの情報掲示板に積極的な情報操作を仕掛けることにより、侵略者の棲み分けが完成することを期待している。


 配下の配置と実際の運用も24時間ではあるが、確認出来た。目標の殲滅率に近付けるために多少の微調整は必要だが、ある程度は放置していても平気だろう。


 ふぅ。疲れたな。魔王は睡眠も食事も必要ないとは言え……業務過多だな。まぁ、それを解消するために【分割】が存在するのだろうが……安心して任せられる配下はまだ存在していない。


 いつの日か過労で倒れる魔王も……って、ソレを防ぐために魔王を不眠不休で動ける仕様にしたのかっ!? 黒幕恐るべし……。


 と、冗談はここまでにして。


「イザヨイ。行けるか?」

「そのお言葉、お待ちしておりました」


 俺は隣に控えたイザヨイに声を掛けると、イザヨイは恭しく頭を垂れる。


「デビュー戦だな。期待を裏切るなよ?」

「ハッ! この命を賭して!」


 冗談っぽく激励する俺の言葉に、イザヨイは真剣な声音で答えるのであった。



 ◆


 今回の侵略者は、北側から侵入してきた12名の人類。レベルは推定20前後。


 ネットで調べる限り、支配領域 (ダンジョン)の侵略を生業としている人類の平均レベルは20。世界規模で見れば、確認出来る最高レベルの人類は63。国内規模で見れば、確認出来る最高レベルの人類は52。県内規模で見れば、確認出来る最高レベルの人類は39。


 魔物に置き換えると、ランクE (ラットなど)はレベル1~2相当。ランクD (ゴブリンなど)はレベル3~5相当。ランクC (コボルトなど)はレベル6~20相当。ランクB (ダンピールなど)はレベル21~50相当。と言われている。但し、装備するアイテムによって強さは大きく変動するし、魔物も成長するので、あくまで創造したばかりの魔物に限るという当てにならない目安だ。


 イザヨイのランクはB。創造したばかりの配下なので、人類のレベルに当てはめればレベル21~50相当。装備させたアイテムも加味すれば、1対1であれば侵入者に遅れを取ることは無いだろう。デビュー戦としては、手頃な相手を選択したつもりであったが……。


「お前とイザヨイ……どっちが強い?」


 俺は同行させたランクBの配下であるダンピールに声を掛ける。


「恐れながら、イザヨイ様かと」


 だよな……。ランクのみ判断すればダンピールと同等だ。但し、目の前で繰り広げられている一方的な蹂躙を見ると、ダンピールとは同格とは思えない。


 イザヨイの強さは底が見えなかった。


「ヒ……ヒィ……な、なんでこんな低層で魔王が出現するんだよ……」


 一瞬にして4人の仲間を失った人類が、恐怖に顔を引き攣らせる。


「我が魔王……? 貴様! 我如き脆弱な存在をシオン様と見間違うとは……死して、その罪を悔い改めよ!」


 激昂したイザヨイは、手にした槍で腰が引けた人類の胴体を貫いた。


 誰が脆弱な存在だよ……。俺はイザヨイの言葉に思わず苦笑する。


 ナイトメア・ヴァンパイア――闇の中で真価を発揮する恐るべき吸血鬼。開戦と同時に、圧倒的な殺意の籠もった闇の矢で2人の人類を葬り、流水のように流れるような機敏な動きで次々と人類を葬り去る。


 一応バックアッパーとして、10体のダンピールとリビングメイルを控えさせておいたが、その配慮は杞憂となった。


 侵入者たちは、完全にイザヨイの強さに呑み込まれた。言わば、恐慌状態だ。平常心を保って、数の利を活かせば、イザヨイを倒せないまでも……善戦は出来たであろう。


 今回の戦いは、最初の一手――開戦と同時にイザヨイが放った《ダークアロー》の恐怖に呑み込まれた時点で決していた。


 イザヨイ強いな。最大CPを消費するのは痛いが、もう1人ヴァンパイア・バロンを創造しようかな……。


 最大CPが減少するデメリットと、ヴァンパイア・バロンを創造するメリットを天秤に掛けながら、様々なシミュレーションを頭の中で繰り返す。


 最大CP減少の最大のデメリットって、時間経過で回復するCPの減少なんだよな……。一時間で回復するCPが100も下がるデメリットはやはり大きいか……? 今は魔王アリサとの戦いで消耗した配下やアイテムを復旧する必要もあるからなぁ……。


 と、思考の海に溺れている間に、生存する人類は1人となっていた。


 ――イザヨイ、控えよ!


「ハッ!」


 慌ててイザヨイに命令を下すと、イザヨイは俺の側へと移動して恭しく頭を下げる。


「後は俺の手で処分する」

「畏まりました」


 今回の戦闘の目的は、イザヨイの強さの確認と、新たに習得した特殊能力偃月斬の試し斬りであった。


 残り1人なら、安全だし《威圧》の確認もしてみるか。


 俺は手にしたゲイボルグの柄を地面に突き立て、口上を述べる。


「我が名はシオン! 我が領土を侵す不敬なる者よ! 我が名を土産に死地へ旅立つがよい!」


 《威圧》の発動には口上が不可欠であった。文言は多少変更可能だが……こればかりは仕様なので仕方がない。


 《威圧》を受けた侵入者は、その場で尻餅をつき震え上がる。


「ん? どうした? 来ないのか? ならば……」

「うわぁぁああああ!」


 侵入者は涙を浮かべながら、手にした剣を振り上げて俺へと一目散に突っ込んでくる。


 俺以外の存在が認識出来なくなるのか……。


 俺はゲイボルグの柄を両手で握り締め、力を込めて振り下ろす。


 ――《偃月斬》!


 凄まじき勢いで振り下ろされたゲイボルグは、その刃先に衝撃波を纏い……突っ込んできた侵入者を両断した。


 ふむ。動作は大きいが、威力はかなり高いな。


 俺は新たな特殊能力――《偃月斬》の威力に満足し、笑みを浮かべた。


「さてと、お前たちは侵入者の身包みを剥いでおけ」


 俺は同行した配下に指示を下し、一足先に住処へと戻るのであった。


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