外伝 ヤタロウ


「ん。ヤタロウ様。情報の収集、完了」


 額に小さな角を生やした漆黒の鬼が、音も無く儂の目の前に現れる。


「カエデよ。ご苦労であった」


 漆黒の鬼――カエデへ労いの言葉をかける。


「ん。ありがと」

「して、状況は?」

「支配されるのは時間の問題かも」

「ふむ……」


 儂は白髪と化した顎髭を一撫でしながら、思案する。


 カエデに探らせていたのは、ここから20kmほど離れた先にある内灘町の支配領域の一つであった。その支配領域は、現在人類ではなく……魔物の集団からの襲撃を受けていた。


「強さはどうじゃった?」

「ん。つおい」

「カエデ……ぬしよりもか?」

「1対1なら、勝てる……かも?」


 カエデは苦虫を潰したような表情を浮かべる。


 1対1なら……か。しかし、相手は魔物の集団だ。1人ではない。


「奴らの目的は、儂かのぉ?」

「たぶん〜」


 困ったのぉ。奴ら――金沢市の全ての魔王を倒した魔王の狙いは、儂の支配領域か……。大人しく野々市かかほく市へ侵攻すればいいものを……。


 奴らの首魁の名前は何と言ったか……? 儂はスマートフォンを操作して、情報を確認する。


 ――魔王シオン。


 ハザードランクSの支配領域の支配者にして、最凶と名高き吸血鬼の魔王。


 厄介な相手じゃ。


 儂のセカンドライフ――魔王としての生を終わらせぬ為、足掻くとするかのぉ。



 ◇



 20XX年。


 儂――鞍馬くらま 弥太郎やたろうは、海に面した故郷内灘町で慎ましい年金生活を過ごしていた。


 教員職を定年退職してから10年。儂を訪ねてくれる教え子などおらず、長年連れ添った妻には先立たれ、息子は東京に生活の基盤を移し、儂はローンを完済した家で1人寂しく生活を過ごしておった。


 唯一の趣味と言えば、ボケ防止の為に始めたスマートフォンのゲームじゃな。最初は何が楽しいのかわからなかったが、これがなかなかどうして……中毒性があった。一度、どうしても欲しいキャラクターがおって、その月に支給された年金額以上の金額を課金に費やしたときは、息子に酷く叱られたものじゃ。今では、ペアレンツ設定にて儂の課金額は息子に管理されていた。


 ペアレンツ設定は、親が子供を管理するものであって、息子が親を管理するものではないと思うのじゃが……当時、息子からの金銭援助を受けた儂は強く反論が出来なんだ。


 まぁ、儂には時間が沢山ある。妻があの世から迎えに来る日まで……儂はこの子達 (ゲームのキャラクター)に愛情を注ぎ、立派な子に育てるとするかのぉ。


 そんな達観した人生を過ごしていたある日――全世界の人類が一通のメールを受信した。


 ――『世界救済プロジェクト』


 そして、儂の魔王としてのセカンドライフが始まったのじゃ。



 ◆



 魔王になってから120日目。


 儂のセカンドライフの行く末を左右する転機が訪れた。


 その転機とは――《乱数創造》。


 《乱数創造》は、レベルが5へと成長したときに習得した特殊能力の一つじゃった。


 《乱数創造》――『己の全てを捧げ配下を創造。全てのCPを消費する必要がある。創造される配下は乱数の女神に委ねられ、女神が微笑めばユニーク配下が創造される。』


 小難しい説明がグダグダを書かれているが、要はガチャじゃ。


 己が魂の全てを指先に込め……SSRを祈る神の所業じゃな。


 ふむ……最初はタワーディフェンス系をモデルとした世界と思ったら、ガチャを導入するとは……運営め。中々やりよるわい。


 儂は己が指先に魂を込め、《乱数創造》を実行した。


 結果として創造されたのはランクCの配下『ピクシー』。


 むむ……これはハズレかのぉ? CP600を費やして、創造出来た配下はランクC。これは、期待外れと言わざる終えないのぉ。


 ぐぬぬ……。続けて《乱数創造》を実行したいが、《乱数創造》を実行するためには10時間待たなければ無理じゃった。まさかの、スタミナシステムを現世で味わうとは……。課金システムは無いのかのぉ?


 儂はその日から狂ったように《乱数創造》を実行した。気付けば、無数に創造したはずの配下の数も二桁となり、窮地へと陥ってしまった。


 このままではヤバいのぉ……。《乱数創造》は辞めるべきか……。しかし、あと一回、あと一回で……SSRが出る気がするのじゃ……。


 儂はBPを魔力に振り、自身が侵略者を倒すことにより……綱渡りのような支配領域の維持を努めた。


 ハァハァ……そろそろ限界じゃろうか……。


 侵略してくる人類の強さは日々増していた。更には、近隣の支配領域から魔物までもが侵入してきた。


 今回でラストじゃ……今回で《乱数創造》はラストにするのじゃ……。


 儂は何度も唱えてきた言葉を繰り返し、魂を込めた指先で《乱数創造》を実行する。


 む? オーガか?


 光り輝く五芒星から出現する角の生えた小さな人影を見て、嘆息する。


 オーガにしては、ちと線が細いのぉ……。


「ん。お館様。よろしくなのね」


 ――!?


 儂は、目の前に起きた現象に驚愕する。


 配下が……鬼が……日本語を喋りおったじゃと!?


 『ギィギィ』と話すゴブリンや、『バウバウ』と鳴くコボルト、『#&%$』と最早意味不明な発音をするレッサーデーモンはおったが、日本語を話す配下は存在しなかった。


 儂は震える手で、スマートフォンを操作して配下の情報を確認する。


『影鬼――ランクB。影に潜みし異形の鬼。潜伏能力に優れており、音も立てずに相手を殺す生粋の暗殺者。創造CP:創造不可』


 ――!


 こ、これは……SSRじゃ! ランクがBと表示されるのは、不満じゃが……間違いなくSSRの配下じゃ!!


 儂は遂に手にしたSSRの配下に狂喜乱舞する。人間であった頃なら、高血圧で倒れるまでに興奮する。


 折角手にしたSSRを失う訳には行かんのぉ。儂はこの日から《乱数創造》を2日に1回と己を律した。それは辛く、厳しい制約であったが……手に入れたSSRの配下の為、そして儂自身のセカンドライフを続けるために、必須の制約じゃった。


 それは、《乱数創造》を習得してから40日目の出来事であった。



 ◆



 魔王になってからおよそ1年。


 儂は眷属の影鬼――カエデの特性を活かして、支配領域を広げていった。


 攻め入る支配領域は、隠密性に優れたカエデが事前に調査。敵の構成を研究し、弱点を探り《乱数創造》にて創造した様々な種族の配下を編成。周辺の魔王は基本単一種族。鬼種も妖精種も獣種もエルフ種も悪魔種もドワーフ種も全て配下におる。研究するのは容易であった。力業でくる阿呆もおったが、儂のカエデのほうが一枚上手じゃった。流石はSSRの頼れる配下じゃ。


 防衛に関しても、CPの消費を抑えるために罠の配置、配下の運用に最大限の注意を払った。足場の悪い沼地を形成し浮遊できる配下を配置し、転がる岩で侵入者を誘導した先に、力自慢の配下たちを配置した。


 強力なアイテムは侵入者や侵略先から奪い取り、配下の装備も充実させた。


 内灘町という地域においては最大勢力を築けた。


 儂の魔王としてのセカンドライフは充実していたと言えるじゃろう……。


 ――金沢市から奴らが侵略するまでは。 

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