侵略開始!


 シオンの支配領域から遠征に出掛けて三日目。


 昨日までは、C地区にて新たな仲間と共に連携の確認を踏まえて、戦闘を経験した。


 タンクを務めるのはリビングメイルのアイアン。ミスリル系の装備一式を身に纏う、寡黙な騎士だ。寡黙と言うか、アイアンは話すことが出来ない。念話と言う技法にて、脳に直接語りかけてくる。アイアンの最大の強みは、その強固さ……と言いたいが、人間の私から見れば、アイアンの最大の強みは、恐怖心が存在しないことだ。金沢市の選抜メンバーをしていた時のタンク役はユウヤだった。彼は優先的に高ランクの防具を支給されていたが、痛みや恐怖心から……タンクの役割を全う出来ないことがあった。しかし、アイアンにはそれがない。まさに、頼れる騎士と言える。余計なことを言わない点も高評価だ。


 私と共に前線でアタッカーを務めるのはウェアウルフのガイとオーガのレッド。ガイは武器を一切扱えないが、その鋭い爪から放たれる一撃は、強烈だった。レッドは金棒を振り回す、力任せのアタッカーだ。人間の私から見たらあり得ないその力には、驚異を覚えた。しかし、技量が稚拙で素早い動きをする魔物への命中率が著しく低いという欠点も併せ持っていた。後、バカだった。


 ダンピールのレイラは、前衛も後衛も出来るバランサーだ。前衛では鞭を扱い、後衛では魔法を放つ。容姿も整っており、非の打ち所の無い仲間だ。ただ、感情が読みづらく何を考えているのか分からないのが難点かも知れない。


 後衛を務めるのはリリムのフローラとダークエルフのダクエルだ。フローラは後衛から魔法による攻撃で、ダクエルは弓による攻撃で支援をしてくれる。フローラは仲間の中では一番多弁だ。しかし、全ての言葉が薄っぺらで、言葉に重みがなかった。ダクエルは私を敵対視している節が見え隠れする。シオンに絶対的な忠誠心を誓っているので、裏切る心配はないと思うのだが……出来れば仲良くしたいものだ。


 他バックアッパーの5体の仲間も、言葉は通じないが従順で頼りになる。


 金沢市の選抜メンバーと比べると、動きに柔軟性が無く連携力は劣るが……シオンを崇拝しているので裏切る心配がないと言うのが何よりも安心出来る材料だった。そして、個々の技量は人類に見劣りするが……それを補って余りあるシオン手製のアイテムの性能が大幅に私たちの戦力を底上げしていた。


 そんな頼れる仲間たちを率いて、私はA地区の支配領域の入口に辿り着いた。


「これよりA地区の支配領域の侵略を始める」

(承知)

「……フッ」

「おうよ!」

「……はい」

「は~い」

「……」


 団結力はまだまだだな……。一部を除いて、気のない返事をする仲間たちとA地区の支配領域への侵略を始めるのであった。



  ◆



 A地区の支配領域に出現した魔物はゴブリン、ウルフ、スライム、バット、ラット。所謂『稼ぎ場』と呼ばれる支配領域の構成であった。シオンの初期の支配領域との違いは、序盤からゴブリンがフル装備で出現する点だろうか。ゴブリンが装備するアイテムも鉄製なので、カノンの言葉を借りるなら『創造E 錬成Dの魔王』となる。注意すべき点は魔王本人の強さらしい。


 危なげなく1階層を侵略し続ける私たちであったが、道中で一つの誤算にぶつかった。


 その誤算とは――【休憩所】。


 金沢市の選抜メンバーとして支配領域を侵略していた時は、【休憩所】の位置を把握するのが最優先事項であった。【休憩所】を拠点に周辺をマッピングしながら、奥へと目指す。これが支配領域侵略の原則であったのだが……。


「そうか……。私は人間を辞めていたのか……」


 【休憩所】――魔物が立ち入ることの出来ない聖域。食事をするにしても、睡眠を取るにしても、支配領域を侵略するうえで欠かせない場所であった。


 冷静に考えたら、私以外は全て魔物だ。入れる訳が無い。私だけが休憩しても無意味だし、そもそも私も【休憩所】に立ち入ることは出来なかった。


 シオンに与したとは言え、私には食事も睡眠も必要だ。アイアンは不明だが、他の仲間たちも普通に食事も睡眠も必要だった。


「どうする?」

「交代で見張り」


 私の問い掛けに、レイラが代表して答える。


 私たちは行き止まりになっている袋小路で、交代制にて休息を取ることにした。


 シオンが言うには、魔王は私たちの様子をスマートフォンで常に確認出来るらしい。現在侵入中の支配領域の魔王も、私たちが休息をしていると知っているのだろう。袋小路で休息を取る私たち目掛けて、魔物たちが殺到したのであった。


 狭い通路と個々の力を活かして、何とか交代で各自3時間の休息を取ることが出来た。


 魔王の配下としての支配領域の侵略は人間であった頃よりも過酷なものであると理解した瞬間となった。



  ◆



 三日後。


 度重なる魔物の襲撃と、迷路のように入り組んだ1階層を進み続け、2階層へと至る階段を発見。


「ようやく2階層か」

「もう少し歯ごたえのある奴が出てこねーかな」


 2階層に辿り着くとガイが嘆息し、レッドが指を鳴らして獰猛な笑みを浮かべる。


「無駄口を叩くな」


 レイラがレッドを叱咤すると、行動を確認するように私へと視線を送る。


「先へ進みましょう」


 私は仲間たちの顔を見回して、進軍を宣言した。


 暫く進むと、ここ数日で何体も討伐したゴブリンが群れで姿を現わす。


「まーた、ゴブリンかよ」


 レッドは露骨に不満そうな表情を浮かべる。


「アイアン。任せた」

(承知)


 アイアンは盾を構えて、ゴブリンの群れへと突き進む。ゴブリンとの距離を一定まで詰めると、手にした槍で盾を激しく打ち鳴らすと、アイアンの盾から黒い靄が吹き出る。


 《カースヘイトレッド》――周囲に憎悪を撒き散らし、敵を引き付ける効果のあるアイアンが習得している特殊技能の一つだ。恐るべきは、躊躇無く《カースヘイトレッド》を使用するアイアンだ。人間にも似た特殊能力を持つ者は存在したが、誰もが己の死の危険から使用出来なかった。


 ゴブリンたちがアイアンに群がり、私とガイはアイアンに群がるゴブリンを側面から攻撃。私の振るったダーインスレイブの一撃は、まるでバターを斬り裂くように易々とゴブリンを両断し、ガイの振るった凶悪な爪の一撃が着実にゴブリンの命を奪い去っていく。


 レイラから放たれる氷の弾丸はアイアンに振り下ろされるゴブリンの武器を次々と凍らせ、固まったゴブリンにはフローラの魔法が降り注ぎ、瀕死になったゴブリンの頭部にはダクエルの放った矢が突き刺さる。


 アイアンをすり抜けて後方へと駆けるゴブリンはバックアッパーを務める仲間たちに抑えられ、私たちは必勝の態勢にてゴブリンの数を次々と減らしていった。


 15分が経過する頃には、周囲に50を超えるゴブリンの亡骸が地に横たわっていたのであった。


「あん? もうしまいかよっ」


 レッドはゴブリンの血で染まった金棒を肩に担ぎ、悪態をつく。


「フッ。確かに、物足りないな」


 ガイは爪に付いたゴブリンの体液を布で拭き取り、冷笑を浮かべる。


「ふふっ。もう少し歯ごたえのある殿方を所望ですわ~」

「戯れ言は終了だ。さっさと、シオン様に支配領域を献上するぞ」

「マスターの為に!」


 フローラは艶美な笑みを浮かべ、レイラとダクエルはいつも通りシオンへの忠誠を示す。


 こうして考えると、階層ごとに趣向が異なっていたシオンの支配領域は異常であったのだろう。私は自分の主となったシオンの恐ろしさを再認識したのであった。

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