Episode3

外伝 佐山莉奈①


「うわぁぁぁああああ!?」

「ちょ!? ……ま、待てよ!」


 慌てふためき、我先に逃げ出す勇者と呼ばれていた――仲間たち。


「えっ!? ま、待って……」


 私は縋るように仲間の方へと手を伸ばす。


「うるせえ! 全部お前が悪いんだ!」

「莉那の我儘に私を巻き込まないで!」


 仲間人たちは、私に罵声を浴びせて元来た道を走り去る。


 仲間だった人たちは逃げ出した。残されたのは足を怪我して動けない私と、物言わぬ亡骸と化した仲間だった人たち。


 そして――


「さてと、お仲間は全員逃げたけど、どうする? ――黒剣の勇者様?」


 惨劇の元凶である――銀髪の魔王は私を見下ろし、冷酷な笑みを浮かべるのであった。



 私はどこで選択を誤ったのだろうか?


 運命を決定付ける分岐点はいくつもあったと、思う。


 この不可侵地帯を攻め入ると決めた選択が誤りだったのか?


 勇者と囃し立てられ、分不相応に調子に乗ったのが選択の誤りだったのか?


 政府に担がれ、自身を勇者と錯覚したのが誤りだったのか?


 あの日の誘いに乗ったのが……誤りだったのか?


 一つ確かなのは――私の命はあと少しで朽ち果てるという残酷な事実だけだった。



 ◇



 20XX年某日。


 全人類のスマートフォンが一通のメールを受信。


 翌日、世界各地に不可侵地帯が出現した。不可侵地帯は、森の形であったり、山の形であったり、大きな一枚岩の形であったり、都市の形であったり……形状は様々だったが、人類が一切踏み込めないと言う現象のみが共通していた。


 不可侵地帯で生活の基盤を築いていた人類は、いつの間にか不可侵地帯の外側へと追い出された。政府は、追い出された人々の保護に努め……人類に残された土地には仮設住宅が溢れた。


 後の調べで判明したが、全世界に発生した不可侵地帯の数は約100万。不可侵地帯一つ当たりの面積は6k㎡。600万k㎡にも及ぶ土地が、人類にとって不可侵の土地となった。地球の陸地の総面積は、147,244,000k㎡。単純に計算すれば、不可侵地帯は地球の陸地の4%。しかし、現実はそこまで甘くは無かった。


 理由は解明されていないが、不可侵地帯は人口が密集している地域に多く発生した。


 日本ではおよそ1万6千もの不可侵地帯が発生した。不可侵地帯が占める総面積は9万6千k㎡となる。日本の陸地の総面積は36万5千k㎡。日本は26%もの土地を不可侵地帯に侵されていた。更に都市部まで落とし込むと、私の住む金沢市では60もの不可侵地帯が発生。不可侵地帯が占める総面積は360k㎡。金沢市の総面積は467k㎡。金沢市は77%もの土地を不可侵地帯に侵されていた。


 この状況は、一言で表すならば絶望だった。


 多くの人たちは不可侵地帯が少ない田舎へと疎開を始めたが……圧倒的な土地不足は解消されなかった。電気、ガス、水道、通信などのインフラはかろうじて無事であったが、居住地と食料が危機的状況に陥っていた。


 このままでは遠くない未来に、日本の人口は1/10以下になるだろう。と、テレビのコメンテーターは話していた。


 そんな絶望に包まれた世界の中で、学生でしかない私――佐山さやま 莉那りなは、惰性的に世の中の流れに身を任せるのであった。



 ◆



 不可侵地帯が発生してから30日後。


 大きな転機が訪れた。


 その転機は、仮設住宅地として活用されている大学のキャンパス内を歩いている時に、舞い降りた。


 その転機は、突如告げられた――『女神からの啓示』だった。


 某日。AM10:00。


『道に迷いし人類よ。愛しき我が子よ。今、貴方たちの世界は絶望に覆われています』


 啓示は天から、脳に直接語りかけるように聞こえた。


『愛しき我が子よ、絶望するなかれ。私は貴方たちに力を授けましょう。絶望を振り払う力を授けましょう。愛しき我が子よ、立つのです。人類を絶望に包み込む支配領域を、その手で解放するのです』


 神秘的で荘厳な声は啓示を続ける。


『私は貴方たちの端末――スマートフォンに絶望を打ち破る力を宿しました。支配領域を支配する存在は強大にして凶悪なり。愛しき我が子よ、敵の力を侮るなかれ。敵には貴方たちの力――叡智の結晶たる科学は通用しません。愛しき我が子よ、私が与えた力をもって、人類に、その手に、未来を取り戻すのです』


 この声が聞こえているのは私だけはない。周囲を見渡せば……目に映る全ての人が、戸惑いながらも、脳に直接語りかける声に集中している様子だ。


『愛しい我が子よ。貴方たちを苦しめる支配領域の門戸は、解き放たれます。愛しい我が子よ、私は願います。貴方たちが、この世界を救済することを――』


 啓示は終了した。


 五里霧中。今聞こえた声は一体?


 私を含めた周囲にいた人たちが、ざわめきだす。


「莉那! 莉那! 聞こえた? ……今の声? ヤバくない!?」


 隣を歩いていた、友人――香山かやま 沙織さおりが私に声を掛ける。沙織は、中学時代から6年以上もの付き合いになる友人だ。明るく脱色された茶色の髪に、少し露出が目立つキャミソール。小動物を思わせるクリクリとした瞳が特徴の少女だ。高校時代まではもう少し、素朴だったのだが、いわゆる大学デビューを果たした友人だった。


「えぇ。聞こえた」


 私は高いテンションで話す沙織とは対照的に、端的な返事を返した。


「何だろうね! 今の声って神様? 女神様? すっごい神秘的な声なのに『スマートフォン』とかってヤバくない!?」


 私は沙織の言葉で、ふとスマートフォンに宿したと言う力が気になった。


「ね! ね! 今からテニパラ行くけど、莉那も一緒に行かない?」


 沙織はなおも興奮状態で、私に声を掛ける。テニパラとは、沙織が所属しているサークルの名前だ。テニスを中心に楽しそうな事は何でもやると言う、よくあるサークルだった。


「ごめん。パス」


 私は沙織に軽く謝り、4人の学生でシェアしている仮設の住まいとなっている部屋へと戻った。



 ◆



 現在、私は通っていた大学の一室で生活をしていた。家族はすでに、遠い親戚を頼って珠洲に疎開している。私が残った理由は2つ。1つは、大学の在学生には優先的に仮設住宅を兼用している部屋が与えられたからであった。もう1つは……家族と顔を合わせるのが辛かったからだ。


 部屋には、ルームメイトが1人残っていた。


 私はルームメイトに軽く会釈し、自分の私有地とも言える2段ベッドの上へと登った。


 私はベッドで横になりながら、スマートフォンを操作する。


 ――?


 スマートフォンには見慣れないアプリがインストールされていた。


 アプリの名称は――『世界救済プロジェクト』。


 スマートフォンにアプリをインストールする女神様か。神様もハイテク化が進んでいる。


 私は『世界救済プロジェクト』と銘打たれたアプリを起動する。


『愛しき我が子よ、まずは貴方自身の適正を知るのです』


 画面に表示されたのは、女神の言葉と思われる文章。


 文章を先送りすると、画面には……【ステータス】? が映し出された。


『名前 :佐山 莉那

 適正 :ロウ

 クラス:戦士

 LV :1

 肉体 :F

 知識 :G

 魔力 :H

 BP :3

 特殊能力:スラッシュ

      剣術E  』



 ――?


 これは何かの冗談?


 私はスマートフォンに映し出された表示を目にして、首を捻る。


 まるで手抜きのゲーム画面を見ているようだ。


 ゲームをやった経験はないが、知識としてなら何となく知っていた。


 戦士? LV? ……何の冗談?


 これだけ見せられていたら、私は性質の悪いイタズラだと思っただろう。


 でも、現実に不可侵地帯と言う不可思議な現象は発生して人類は絶望に追いやられているし、先ほどの脳に直接語りかけてきた声は、私以外の人にも聞こえていた。


 ここ最近で相次ぐ異常現象。


 ならば、この陳腐なゲームの様な画面が示すことは真実なのだと思う。


 それにしても……【剣術E】ね。


 Eは何かの略称だろうか? それとも、E,D,C,B,Aと言う順番に強くなる、アルファベットの並びなのだろうか。


 後者なら笑わせてくれる。私の剣術はEランクと言うことを世界が証明したのだ。


 証明しなくても知っている。


 私が捨てた過去は、こんなコワレタ世界になっても私を追いかけてくるのか?


 自嘲する私は、画面を次へと先送りするのであった。

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