外伝 クロエ


 私の名前はクロエ=シオン。偉大なる創造主(マスター)と同じ名前を連ねし、ダークエルフ。


 私達はこの世界に生み出された瞬間から、己の宿命を理解していた。


 己の宿命――創造主たるシオン様に従い、怨敵を討ち滅ぼす。これこそが、私の生きる意味であり、目的であった。


 創造主であるシオン様は、無知たる私の語彙力では表現出来ないほどに偉大な御方だ。そのお姿は種族を問わずに魅了し、叡智溢れるお考えは未来予知を思わせた。


 今でも、創造主に牙を突き立てられたときの感覚が、創造主の生命たる【血の杯】の味が、私の五感を刺激する。


 ハァハァ……マスター……私の偉大なる創造主……ハァハァ……全知全能にして、私の全てを捧げし御方……。


「まーたクロエがトリップしてるっすよ」

「いつものことだ。放っておけ」

「クロエさんにはもう少し自重を覚えて欲しいですけど……しょうがないですよね」


 嘆息するゴブリンは、私と同じシオン様の眷属ブルー=シオン。こいつは、己の立場をわきまえていない愚か者だ。シオン様への忠誠心が足らず、不敬な言葉を口にするときがある。シオン様からの制約が無ければ、真っ先に殺している。手にした強さが、シオン様から下賜されたアイテムのお陰だと理解していない、愚か者だ。


 偉そうな態度のコボルトは、シオン様の眷属シルバー=シオン。こいつは、ブルーと違ってシオン様に絶対的な忠誠心を抱いている。盾の扱いも巧く、頼りになる存在だ。シオン様から最も多くのアイテムを下賜されている事実は癪に障るが、シオン様への感謝を忘れていないので、許すとしよう。


 気弱な発言を繰り返すライカンスロープは、シオン様の眷属ホープ=シオン。こいつは、雑魚だ。シオン様から下賜された剣はあるが、扱いは稚拙で、戦力としては期待出来ない。屋外の夜間であれば戦力として期待出来るのだが……強さが限定的すぎる。何より気に入らないのが、シオン様から優先的に育てるように命じられている事だった。


 シオン様からの恩命を受けた私たち4人の眷属は、それぞれの配下4体を合わせた8人で徒党を組み、シオン様の支配領域から離れ、活動をしていた。



  ◆



 支配領域の外で活動を開始から10日目。(=シオンが魔王になってから70日目)


 最近になって、支配領域の外側に人類以外の敵対勢力――シオン様以外の魔王の眷属を目にする機会が増えてきた。


「匂うな……」

 嗅覚に優れるシルバーが敵の接近を察知する。


「確認するっす」

 小癪な事にも、器用なブルーがシオン様より下賜されたアイテム――望遠鏡を覗いて、敵の姿を確認する。


「どうだ?」

 私はブルーに状況を催促する。


 私たちには、シオン様から厳命されたことがある。その内容とは――死ぬな。慈悲に溢れた恩命だ。下卑なる私の命だけでなく、下等なゴブリンの命までもを気にされるとは……シオン様は慈愛に満ち溢れた創造主だった。


 シオン様の恩命は絶対だ。この身、シオン様の為ならばいつでも投げ出す覚悟はあるが、シオン様が死ぬなと言うならば、絶対に死ぬことは出来ない。例え、羞恥を晒してでも、私たちは生き延びなければならない。


 つまり、敵を確認して、少しでも危険ならば、私たちは撤退しなくてはいけない。


「同族っすね。数は10体っす」


 ブルーの同族。つまりは、ゴブリンだ。下等な雑魚とは言え、油断は出来ない。


「装備は?」


「オイラ達よりも、低ランクっすね」

 ブルーが答える。


「勝てそうなのか?」

 シルバーが会話に割って入る。


「余裕っす」


 ブルーの言葉を聞いて、私たちは戦闘態勢へと移行する。


 すると、


 ――『全員、物陰に隠れよ』


 私たちの脳に創造主の恩命が下される。


 創造主はいつでも、私たちの様子を確認して下さっている。


 私は昂ぶる気持ちを抑えて、恩命に従う。


 ――『ゴブリンアーチャーとダークエルフは弓の準備』


 創造主は、私とブルーの配下に恩命を下す。


 ――『クロエは、攻撃魔法を準備』


 はっ! 私はお姿の確認出来ない創造主に、頭を垂れる。


 ――『遠距離攻撃で奇襲後、シルバーは姿を現して敵の意識を引け』


 恩命を下されたシルバーは天を仰いで、胸に手を当てる。


 ――『敵が突っ込んできたら、ブルー、コボルトファイターで挟撃。安全が確認されたら、ホープとライカンスロープも戦闘に加われ』


 恩命は下された。


 私は廃墟と化した家屋の上で、下賜された杖――炎の杖に魔力を注ぐ。隣では、私の従者であるダークエルフとブルーの従者であるゴブリンアーチャーが下賜された弓の弦を引いている。


 まぬけな10体のゴブリンが射程圏内へと進んできた。


 ――《ファイヤーボール》


 炎の杖より放たれた炎の塊は、10体のゴブリンの中心部にて、盛大な炎を巻き起こす。


「だ、誰っすか……!?」

「「「ギィ!? ギィ! ギィ!」」」


 鉄製に斧と胸当てを装備した一体のゴブリン。言葉が通じることから眷属のゴブリンが狼狽すると、周囲のゴブリンが騒ぎ出す。


 騒ぎ立てるゴブリンに弓矢が降り注ぎ、炎に巻き込まれたゴブリンと合わせて3体のゴブリンが地に倒れる。


「我が名はシルバー=シオン! 有象無象なる――」


 ――『シルバー! 正体を明かすな!』


「オンッ!」


 勝手に名乗りを上げたシルバーはシオン様に叱責され、情けない声を上げる。


 耳と尻尾が垂れたシルバーへ生き残ったゴブリンが押し寄せる。


「今っす!」

「バウバウ!」


 シルバーへ押し寄せるゴブリンへ、潜んでいた家屋から飛び出したブルーとコボルトファイターが挟撃する。


 私も絶えず魔法を打ち続け、ゴブリンはその数を1体、また1体と減らしてゆく。


 ゴブリンの数が3体になったところで、ホープとその従者も戦闘に参加。


 僅か3分にも満たない時間にて、10体のゴブリンは全滅したのであった。


 私たちは、時折下される恩命から戦い方を学習する。


 余り賢くないシルバーは、同じミスをよくするが、私たちは成長を続けていた。次は恩命なしでも、同じ戦い方をしてみせる。


 そして、敵を打ち倒した私たちにはするべき事があった。


 ――剥ぎ取りだ。


 ブルーが嬉々として、物言わぬゴブリンの亡骸を漁る。


「炎の魔法は自重して欲しいっす。燃えたら、使い物にならないっす」


 ブルーが恨めしそうに、焼け焦げたゴブリンの亡骸を見下ろす。


「マスターの御命は絶対だ」


 私はマスターに命じられて魔法を使ったまでだ。下等なゴブリンに文句を言われる筋合いはない。


「へぃへぃ。そうっすね……って食料発見っす! こんな使い捨てのような扱いの同族ですら、食料を持っているのに……オイラ達は……」

「ブルー! 不敬が過ぎるぞ!!」


 尚も愚痴るブルーを叱責する。シオン様の恩命がなければ……始末したものを。


「私達には、そんな食料とは比べものにもならぬ装備品の数々を下賜されているだろ!」


 ブルーが持つ斧にしても、ゴブリンであるブルーを生み出す何十倍もの労力を費やしてシオン様が創造された逸品だ。


「それはわかってるっすけど……オイラは普通に食料を――」

「ブルー。言葉が過ぎるぞ」


 私だけでなくシルバーもブルーを叱責。ブルーは旗色が悪いことに気付いたのか、口を噤み静かに剥ぎ取りを行う。


 剥ぎ取りを終えた私達は再び、敵を求めて活動を続ける――僅かとは言え、創造主たるシオン様にお力を届ける為に!



  ☆



 支配領域の外で活動を始めてから18日目。(=カノンがシオンに降伏した翌日)


 シオン様より、恩命が下された。


 ――『周辺の支配領域に生息するモンスターの種類を調査せよ』


 周辺の支配領域の調査。この恩命の意味することは――。


 私は高鳴る胸を抑え、周辺の支配領域の調査へと乗り出した。


 シオン様の覇道を成すために!

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