カノン①


 この振動は地震ではなく――支配領域が大きく変わる時の兆候だ。


 俺は支配領域の状態を確認しようと、スマートフォンを手に取ると、


 ――目の前の地面が五芒星に光輝き、眩き光の中から小さな人影が姿を現した。


 虫? じゃなくて、こびと?


 現れた小さな人影は、背に透き通った蝶の様な一対の羽を生やした、ライムグリーンの柔らかそうな長い髪の、眼鏡を掛けた少女だった。


 先ほど、チラッと見たスマートフォンには、非常に重要そうな文章が書かれていた。そして、目の前には謎の羽根を生やした少女。


 さて、情報過多だ。何から、処理すべきか?


 浮遊する目の前の少女は、自分自身を確認するように広げた両手を眺めている。


 害は無いよな?


 俺は、キョロキョロと周囲を見渡す少女を後回しにして、スマートフォンの画面を確認した。


 ――!?


 これは……スマートフォンの情報から確認して正解だったかな。


 別に人見知りとか、何て声を掛ければいいのだろうか? ……面倒だな。とか、思ったわけで無く、スマートフォンを先に確認した、自分の判断を自画自賛する。


 スマートフォンには――


『>>魔王カノンの支配領域を支配しました。


 >>支配領域統合の為、異分子を排出します。


 >>異分子の排出に成功しました。支配領域の統合を行います。


 >>支配領域の統合に成功しました。これより24時間【擬似的平和】が付与されます』


 矢継ぎ早に、表示された重要な情報。


 異分子の排出。24時間の【擬似的平和】。この2点がもたらす影響は計り知れない。


 俺は続けて、支配領域に状態を確認しようとしたが、


「あの~? 聞こえていますかぁ? 見えていますかぁ?」


 か細い声が俺の思考を中断させる。


 俺は顔を上げて、か細い声の主である少女に視線を送る。


「あ!? 気付きました!? えっと、初めまして……カノンです」


 浮遊する眼鏡を掛けた少女――カノンがペコリと頭を下げる。


「えーっと……初めまして。シオンです」


 対する俺も、カノンに軽く頭を下げる。


「ふぅ……。ビックリしました。いきなり、知らない場所に飛ばされたかと思えば、目の前の人は私を無視してスマートフォンを操作するじゃないですかぁ。てっきり私は見えていないのかなぁと思いましたぁ」

 カノンはホッと胸をなで下ろす。


「その、なんだ、なんか……すまん」

 俺はどう対応すべきなのか? とりあえず、謝罪した。


「いえいえいえ! シオン様は私の命の恩人です。お忙しい時期に、お邪魔してしまい、こちらこそすいませんでした」

 カノンは慌てて手を振ると、最後はペコリと頭を下げる。


 日本人特有の謝罪合戦。人の記憶は全て失った俺であったが、このやりとりには、どこか懐かしさを感じる。


 そして、しばし流れる沈黙。


 属性:孤高ぼっちの俺に、この沈黙を打破すべく話題を思いつくはずも無く。俺は置かれた状況から、今からすべきことを頭の中で組み立てる。


 猶予は24時間。広がった支配領域に、配下となった元魔王の少女。


 確か、この少女――カノンは自己申告となるが、知識がBのはず。まずは、情報収集をすべきだろう。しかし、情報と言っても、何を聞けばいい? 相手の情報量が分からない状態でのフリーの質問は本当に難しい。


 あ!?


 俺は最善の手段を思いつく。


「えっと……」

「あの……」


 奇しくも、沈黙を打ち破る声が二人同時に上がる。「どうぞ、どうぞ」と日本人特有の譲り合った結果、発言権は俺となった。


「えっと……」

「はい?」

「噛み付いていい?」

「……え?」


 生殺与奪権を俺に握られた少女は、ドン引きした表情を見せるのであった。



  ◆



 その後、俺は絶対零度の気まずい空気が漂う中、弁明の言葉を重ねた。


「つまり、君の知識Bで得た情報が必要だから、手っ取り早く《吸収》をだな……」


「あ、あの……シオン様の言いたいことは、理解しました」


「そうか、なら……」


「理解した上でお伝えしますが、私の生命を《吸収》しても、私の知識は吸収出来ません」


「へ? そうなのか?」


 俺は間の抜けた声を漏らす。


「はい。試してもいいですが、私の生命を《吸収》しても得られる能力は、固有能力である《瞬間記憶》と、種族能力である《言語 (妖精)》と《自然操作》のみです。ステータスに依存する能力は《吸収》出来ません」


「は? マジで?」


「マジです。補足をするなら、《瞬間記憶》は一度見た内容を瞬時に記憶する能力。《言語 (妖精)》は妖精種の言葉を理解する能力。この能力があればゴブリンの言葉も理解出来ますので、《言語 (ゴブリン)》の上位互換とも言えます。《自然操作》は自然現象に干渉出来る能力ですが……」


 《自然操作》。名称的に非常に強力そうな能力だが。


「これは、実践した方が伝わりやすいですね」


 カノンはそう言うと、両手を突き出して、念じる。


 ――ヒュー……。


 俺の頬をそよ風が撫でる。


「えっと、ダークエルフさん。簡単な炎魔法を使ってくれませんか?」


 カノンがダークエルフに話しかけると、話しかけられたダークエルフは確認するように、俺へと視線を送るので、俺は黙って頷く。


 ダークエルフは、右手を突き出し、念じる。


 発生した炎の塊は、何も無い地面に着弾。跡には、消え入りそうな残り火が揺らぐ。


 カノンは、残り火に両手を突き出し、念じる。


 ――ボッ!


 残り火が、一瞬、大きく揺らいだ。


「ふぅ……。こんな感じです」


 カノンは一息吐いて、俺へと視線を戻す。


「つまり……?」


「《自然操作》は、火、水、風と言った自然現象に干渉出来ますが、干渉出来るのは、今見せた程度です。また、魔法には干渉出来ません。今の事象で例えるなら、ダークエルフさんの放った《ファイヤーボール》には干渉出来ませんが、《ファイヤーボール》によって発生した火には干渉できます」


「火を操ったり、風を操ったりは出来ない……と?」


「そうなりますね」


 《自然操作》。名称とは裏腹に、妖精のイタズラと言うべきか、可愛らしい特殊能力だった。


「《自然操作》については理解した……残念な結果ではあったが……。話は変わるが、一つ質問してもいいか?」


「はい。何でしょうかぁ?」


「さっきダークエルフに話しかけたよな?」


「はい。ダークエルフさんは炎魔法を使えるので」


「君はダークエルフの言葉がわかるのか? それとも、ダークエルフは妖精種なのか?」


「ダークエルフさんの言葉はわかりますよ。ちなみに、ダークエルフさんはエルフ種です」


「君が持っている特殊能力は《言語 (妖精種)》だよな? 何でわかるんだ?」


「あ!? シオン様が《吸収》出来る能力が《言語 (妖精種)》であって、私は《言語 (亜人種A)》、《言語 (亜人種B)》、《言語 (魔族)》、《言語 (天族)》、《言語 (人種)》、《念話 (スライム)》、《念話 (獣)》、《念話 (精霊種)》を習得しています」


「は?」


「えっと、ダークエルフさんの言葉は《言語 (亜人種B)》で理解出来ます。ちなみに、知識Dで習得する能力です」


「へ? つまり、知識のステータスを成長させれば、他種族の言葉が理解出来たのか?」


 カノンからもたらされる膨大な情報の波に、俺の頭はパンク寸前だ。


「はい。知識がBになれば《言語 (人種)》を習得するのですが、これは日本語以外の言葉……英語とかドイツ語とか中国語とかを全て理解する能力です。昔、あんなにも必死に、英語の勉強をしたのに……何か切ないですよね」


 カノンは冗談めかして苦笑するのであった。

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