カノン②


 俺が唯一BPを振らなかったステータス――知識。


 知識が与える恩恵は言語のみではない。


 知識がもたらす恩恵は、他のステータスと比べても遜色のないものであった。


 情報と言うのは、戦略を大きく左右する鍵となる。


 俺は人間だった頃は、ごく普通の大学生だった。戦争や戦いの経験などない。あるとすれば、仮想世界(ゲーム)の中だけだ。


 例えばゲームであるなら、同じゲームでも、初めてプレイした時と、二回目にプレイする時で、進行速度は大きく変化する。理由は、プレイヤースキルの上昇もあるが、それ以上にシステムの習熟度が影響した。


 カノンは、《降伏》と言う、この世界の仕様を知っていた。


 カノンは、ダークエルフが、炎魔法が扱えること知っていた。


 カノンは、《吸収》の効果を、習得している俺よりも理解していた。


 ――彼を知り己を知れば百戦殆うからず。


 孫子の言葉だ。意味は、敵と味方の実情を知れば、百回戦っても負けない。とか、そんな感じだった記憶がある。


 今までは、だましだまし推測を重ね乗り越えてきたが――いつか、大きな過ちを犯すだろう。


 例えば、俺が最初に振ったBP。何も知らずに連打した結果、錬成に17も振ってしまった。Bへと成長はしたが、結果としては所持CPが不足して、ほぼ意味を成さなかった。


 今なら、カノンから聞いた情報でBからAに成長させるのに必要なBPが50と知っている。知らなかったら、無駄に振って絶望していたかも知れない。


 俺が蔑ろにしていたステータス――知識は重要なステータスであった。


 とは言え――


「君のレベルはいくつだ?」


 俺はカノンに質問を投げかける。眷属を創造できるのでレベル3以上は確定だが……。


「……3です」


 カノンは俺から目を逸らし、呟くような声で答える。


 カノンの答えを聞いて、俺はカノンが《降伏》した理由を察した。


 カノンの知識はB。知識をBに成長させる為に、必要なBPは17。俺の様に選ばれし魔王――ボーナスでBPを10獲得していない魔王であれば、レベル3までで獲得できる総BPは初期の10にレベルアップ2回分の10を足した20だ。


 つまり、知識をBに成長させた時点で残るBPは3。残ったBPでは、一つだけ、しかもEからDへと成長させるのみとなる。


 どれだけ知識があっても、その状況は詰んでいる。


 仮に創造を成長させていたとしても、最強の配下はコボルト。しかも、俺のコボルトと違って満足な装備は与えられない。錬成ならば、Dだと何が創れるのだろうか? 仮に鉄シリーズなら、鉄シリーズを装備したゴブリンが最強の配下となる。肉体や魔力を成長させていたのであれば、更に悲惨だ。


 どの、選択肢でも詰んでいる。


 侵略してくる人類から守れる術はない。


 むしろ、よく今まで無事だったと、感心する。


「知識以外には、どのステータスを成長させたんだ?」


 俺は世間話の延長として尋ねる。


「えっと……知識以外のステータスを全てDに成長させました。レベル3に上がった時に得られたBPは、まだ振っていません。ただ……」

「へ? ……あ、いや、すまん。ただ? どうした?」


 俺の推測を裏切る答えに思わず間の抜けた声を上げてしまうが、カノンは話の途中だった。話の続きを促した。


「はい。ただ……【創造】と【錬成】の項目は《降伏》をした影響なのか……魔王でなくなってしまった為なのか、消失しました」


 押し寄せる未知なる情報の波。


 今の会話だけでも、気になることが2つもある。


 【疑似的平和】の有効時間は24時間だよな。足りるのか?


 俺はとりあえず軽い質問から投げかけることした。


「えっと、まず君のレベルは3だよな?」


「はい。えっと、あの~……」

「ん?」


「こう言うことをお願いできる立場でないのは……理解していますが……」

「どうした?」


「出来れば、『君』と言う呼び名は止めて頂いても……」

「あぁ……」


 カノンは言いづらそうに要望を、俺へと伝える。


 確かに、『君』と言うのは他人行儀と言うか、冷たい壁を感じさせる。とは言え、何と呼べばいい? カノンさん? 《降伏》した相手に、さん付けは変なのか? 見た目は可愛らしい妖精だから……カノンちゃん? HAHAHA。出会って1時間も満たない相手をちゃん付け出来るなら、属性:孤高には至らない。


「えっと、出来れば……カノンと呼んで頂ければ……」


「カノン……カノン……っと。わかった。今度からはカノンと呼ばせてもらう」


 俺は何度か名前を口に出し、カノンの要望を了承する。


「ありがとうございます!」


「代わりと言っては何だけど……君、じゃなくてカノンも俺のことをシオン様と呼ぶのは止めてくれないか?」


 様付けは何だかこそばゆい。せっかくの機会なので、俺も要望を伝える。


「何と、お呼びすれば……?」


「シオンでいいよ」


 初めて出会った女性に名前で呼んで欲しいと言われ、俺も応えるように名前で呼んで欲しいと伝える。これは、あれか? 属性:孤高から、属性:リア充になってしまうのか!?


 俺は18年間連れ添った属性に別れを告げるという、嬉しさを照れ隠す。


「いえ、見た感じシオン様は年上なので……シオン……さん? でいかがでしょうか?」


 甘酸っぱい関係には至らなかった。


「……了解。それでいいよ」


 俺は素っ気なく答えるのであった。


「そういえば、見た感じって言ってたけど、今の俺ってどんな感じだ?」


 支配領域の中には鏡がない。創造すれば、似た感じのオブジェクトは創れるし、シルバーシールドをよく見れば、姿が反射するのだが、魔王(吸血種)に進化してからは、自分の容姿を確認していなかった。


 何となく、身長が少し伸びて、筋肉も多少は付いて、髪は銀髪になったのは知っているが……他人の目から映る自分の姿が気になった。


「えっと、そうですね……。綺麗な銀色の髪で、ぱっと見ですが20代前半くらいに見えます。顔立ちは整っていると思いますよ」


 20代前半と言う実年齢よりも年上に見られる容姿を、大人っぽいと喜ぶべきなのか、老けたと悲しむべきなのか? 顔立ちは整っているらしい。これは素直に嬉しい。


「ただ……少し、不健康そうというか、顔色がよくありませんね」

「なるほど。ありがとう」


 俺はカノンに礼を述べた。実は18歳だ! とか伝えると、また話が脱線しそうなので、俺は本題へと会話を戻すことにした。


「話を戻すけど、カノンはレベル3だよな? 何で知識をBに成長させて、更に他のステータスをDへと成長出来たんだ?」


「あ!? それは……『世界救済プロジェクト』のアプリを初めて起動した時に、【スペシャル】と言う項目があったのですが、シオンさんもありましたか?」


「どんな質問でも一つだけ答えるってやつか?」


「はい。そうです。それに質問をしたら、マーベラスと答えが返ってきて、ボーナスとしてBPを10獲得しました」


「……なるほど」


 あれは、俺だけが得た特典じゃないのか。てっきり、俺は選ばれた魔王なのでは? と浮かれていたよ。


「ちなみに、どんな質問したんだ?」


「えっと、それは……あの……その……」


 カノンが返事を言い淀み、意を決して答える。


「『この世界って救済する必要があるのですか?』と質問しました」


 なるほど……。


 カノンは可愛らしい妖精の姿だ。先ほどから、俺の質問にも従順に答えてくれる。


 しかし、忘れてはいけない。


 カノンは適正調査の結果【カオス】に分別された、元魔王だった。


 こんな見た目と話し方だけど、この子結構ヤバいのか?


 俺は、笑顔を浮かべながら浮遊する妖精――カノンが元魔王であると再認識するのであった。


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