隣人からのSOS


「俺の言葉は分かるか?」

 俺はズタ袋を被せられたゴブリンに声をかける。


「わ、わかるっす」

 ゴブリンは震える声で答える。


 眷属になったら、本格的に人語(日本語)を習得するのか。俺は、ゴブリンの返事を聞いて、別のことに感心する。


「それで、俺の支配領域に来たのは偶然か?」


「偶然じゃないっす!」


「ならば、目的は何だ?」


「届け物っす! お頭から頼まれて届け物を持ってきたっす!」


 ゴブリンは自分を創造した魔王のことを『お頭』と呼ぶ。つまり、こいつは魔王からの届け物を持ってくるために、俺の支配領域に来たと言っている。


「届け物……? 何だ?」


「これっす!」


 ゴブリンは腰蓑の中に手を突っ込んで、しわくちゃの紙を差し出す。


 俺は、ゴブリンに近づいて、ゴブリンが手に持った紙を奪い取る。


 しわくちゃの紙を広げると、綺麗な日本語の文字が並んでいた。


 手紙か?


 俺は、手紙に書かれた文章を読む。


『顔も名前も知らない魔王様、初めまして。私は貴方様の支配領域に隣接する支配領域を治める魔王、カノンと申します。この手紙を託したゴブリンはゴブ太と言います。貴方様に危害を加えないように伝えてありますので、丁重な対応をお願いします。


 貴方様に『降伏』を願い出るため、筆を執らせて頂きました。本来であれば、直接出向いて願い出るところ、私は支配領域から出られない身の為、代理の者を遣わせた無礼を、謝罪致します。


 貴方様が『降伏』を知らないのであれば、『降伏』について簡単にご説明します。『降伏』とは、魔王が魔王に対してのみ行使出来る行為となります。『降伏』した魔王は、『降伏』を申し出た魔王に支配領域および生殺与奪権を捧げることになります。


 貴方様のメリットは、私の支配領域を得られること。そして、忠実な配下として私を得られることです。私は知識のステータスがBです。貴方様の知らないことをご説明出来ます。これは、大きなメリットだと思います。


 誠意の証として、デメリットもお伝えします。貴方様が他の魔王の支配領域を正規の手段で支配すればDPの上限が100増加します。但し、今回のように『降伏』によって支配領域を支配した場合は増加するDPの上限は50となります。


 私の命の灯火は僅かとなっています。


 『降伏』を受け入れて頂けるのあれば、下記の番号にご連絡願います。


 080-××××-××××。


 金沢市△△町 魔王 カノン』


 手紙には、読みやすい字で、丁寧な文章が紡がれていた。


 要約すると、死にそうです。降伏するので、助けて下さい。で合っているのか?


 ご丁寧なことに『降伏』の詳細な仕様まで記載してある。デメリットまで記載してあるのは、好感が持てる。


 問題となるのは……『降伏』。 そんな仕様は本当に存在するのか?


 手紙の内容が真実の場合、手紙の主――カノンのメリットは生存だ。


 虚偽の場合、カノンのメリットは? 俺を悶々とさせる精神攻撃? いや、あり得ないだろ。


 そう考えると、手紙の内容は真実なのか?


 『降伏』を受け入れるメリットは理解出来た。デメリットに関しても、今の俺から見ればデメリットとは捉えづらい。侵略中の相手ならばともかく、現状は静観状態の相手だ。


 そう考えると、受け入れるべきなのか? でもなぁ……。


 俺は降って湧いた問題に頭を悩ませる。


「お願いっす! お頭を助けて欲しいっす!」


 悩み続ける俺に、ズタ袋を被ったゴブリン――ゴブ太だったか? が、懇願の声を叫ぶ。


 俺はゴブ太に近づき、被せられたズタ袋を外す。


「質問だ。なぜ、そこまでして助けたい?」


「……? なぜ? っすか?」


「そうだ」


「オイラがお頭を助けたいというのは当たり前ッす。お頭はオイラの全てっす!」


「当たり前? 全て? ……つまり、お頭――カノンはお前の創造主だから助けたいと?」


「違うっす! それもあるっすけど、違うっす! お、お頭は優しくて、強くて、聡明で……パーフェクトっす! だから、助けたいっす!」


 ゴブリンという種は、総じて賢くない。目の前のゴブ太にしても、言葉が要領を得ていない。


「強くて、聡明で、パーフェクトなら降伏する必要ないだろ?」


 久しぶりのイエスマン以外との会話に、俺は思わず意地悪な質問を投げかけ、会話という行為を楽しんでしまう。


「うぅ……。で、でも、そ、それは……人間が意地悪で、卑怯で、お頭は頑張るんすけど……オイラ達の力が足りなくて……お頭はパーフェクトっすけど、オイラがパーフェクトじゃなくて……」


 ゴブ太は支離滅裂な答えにもなってない言葉を――必死に紡ぐ。


「これを見て欲しいっす!」

「ん? ……は?」


 ゴブ太が必死の思いで差し出した――白銀に輝く球体に視線を奪われる。


 【真核】……?


「なぜ、お前がこれを?」


「お、お頭から……信頼の証にと、渡されたっす」


 【真核】。詳細は不明だが、魔王に奪われたら支配領域は支配され、人類に破壊されたら支配領域が解放される――魔王が最も守らなくてはいけない代物だ。


 そんな大切な代物をこんな瀕死のゴブリンに預ける程、切羽詰まっているのか?


 言い換えれば――【真核】を差し出すほどに、真剣な話なのか?


 正直、まだ罠である線も捨てきれない。罠の内容が不明だが、失敗のリスクが眷属のゴブリン1匹だけだったら、適当に会話を楽しんで経験値の糧にしようと思っていた。


 しかし、失敗のリスクが【真核】となると……話は変わる。いささかリスキー過ぎないか?


 罠じゃない? 本当に降伏の申し出なのか?


 俺の思考は、カノンの手紙が真実であるという流れに傾く。


「わかった」

「だから、お頭は……え? いいんすか?」


 ゴブ太はキョトンとした、間の抜けた表情を浮かべる。


「この手紙に書いてある番号に電話すればいいんだろ?」


「詳しくは知らないッす!」

「知らないのかよ……」

 俺は苦笑してしまう。


 俺はスマートフォンを操作して、手紙に記載された番号へと架電(コール)する。


 ――ツー・ツー・ツー・ツー……プルルルル・プルルルル。


 独特のトーン音に続いて呼び出しのコール音が流れる。


『も、もしもし……』


 スマートフォンからか細い女性の声が聞こえてくる。


「もしもし。ゴブリンから手紙を受け取った魔王だが、カノンさんでいいか?」


『は、ひゃい! △△町の魔王カノンです』


「○×町の魔王シオンだ」


『えっと、それで、手紙の件ですが……』


「『降伏』の件か?」


『いかがでしょうか……?』


「そうだな……」


 俺はまだ自分の中で結論を出していなかった。目の前では、ゴブ太が必死に俺を拝み倒している。


『あの……その……、自分で言うのも何ですが、私はシオンさんのお役に立てると思います。知識特化と言うか、知識がBなので沢山の事を知っています』


「例えば?」


『えっとですね、シオンさんが魔王(吸血種)に進化したこと、ステータスをCからBに成長させるのに必要なBPは10で、BからAに成長させるのに必要なBPは50です。他にも、直接倒した方が経験値が増えるとか、支配領域の外で眷属が得た経験値の配分は少ないとか……えっと、えっと、魔王(鬼種)は眷属を創造する時は、相手を屈服させる必要があるとか、他には……』

「もういい。十分だ。言っている内容が真実かどうかの判断は出来ないが、真実なら俺の知らないことを沢山知っているのは理解した」


 カノンが言った言葉に中には俺の知らない事が多数あった。ってか、BからAに成長させるのに必要なBPって50も必要なのかよ……。


『なら……』

「いや、内容が内容だから慎重に吟味して――」

『ダメです! それでは、間に合いません! 早急にお返事をお願いします!』


 切羽詰まった声が俺の言葉を遮る。


「ピンチなのか……?」

『はい! 絶体絶命です! 支配領域を守る配下は全滅しました!』


 支配領域を守る配下が全滅。なるほど……絶体絶命だ。


「わかった。『降伏』を受け入れよう。どうすればいい?」

『ありがとうございます! ゴブ太から【真核】を受け取って下さい!』


 カノンの言葉を受けて、眼前のゴブ太に命令する。


「ゴブ太。お前のお頭からの命令だ。【真核】をよこせ」

「了解っす!」


 ゴブ太は【真核】を俺へと手渡す。


「受け取ったぞ」

『ありがとうございます。私の言葉の後に「了承する」と気持ちを込めて答えて下さい』

「お、おう」


『私――魔王カノンは、魔王である生を捨て、汝――魔王シオンに『降伏』します』


 カノンが唄うような響きで宣言する。


「――了承する」


 俺は気持ちを込めて言葉を発した。


 ――!?


 ゴブリンから受け取った【真核】が眩い光を放ち、俺の手の中から消失。同時に、足下が、空間が、支配領域が激しく振動したのであった。

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