黒幕登場


 ここはどこだ?


 意識はあるが、視界には何も映らない。


 全身が何かに包まれているような……浮遊しているような……。


 例えるなら岩盤浴? 違うな。


 金縛りも宇宙遊泳も経験したことのない俺は、例えようのない状態に陥っていた。


『はろー! えぶりばでぃ! 【カオス】の皆さんこんばんは!』


 ハイテンションな少女の声が聞こえる。


『色々と質問もあるだろうけど、後10時間待っててね! それじゃ、まったねー!』


 そして、一方的に少女は声を打ち切ったのであった。


 その後、1時間置きに少女の声が届けられた。


 内容は後9時間待ってね! 8時間待ってね! という、1時間減少していくだけの、変わらない内容であった。


 とは言え、この状況では有り難かった。身体は動かず、視界には何も映らず、れど意識はある状態。1分が1時間にも感じ、1時間が1日にも感じる、精神が壊れそうな状態であった。その中で、何もなく10時間待っていたら間違いなく発狂していただろう。


 そして、いよいよ後1時間待ってね! の声が届けられる。


 後1時間で、ようやくこの魂の牢獄とも言える状況から脱却出来るのだった。



  ◆



『おっ待たせー! ありゃ? 何人か壊れちゃってるよ。ドンマイ!』


 いつもの少女の声が、いつもと違う言葉を届ける。相変わらずハイテンションだが、内容はかなりえげつなかった。


『【カオス】のみんなには、この世界の創造をお手伝いしてもらうよー! みんなは、自由と混沌を愛する人達だから余裕だよね!』


 自由を愛するのは分かる。誰もが、束縛よりも自由を愛するだろう。しかし、混沌を愛するって何だ? そもそも混沌なんて単語は日常でまず使わないし、意識しない。


『あぁぁぁぁぁぁ!? もう、まずはボクの話を聞いて!! ぐぬぬ……。自由と混沌を愛する【カオス】だと、こうなるのは当たり前なの!?』


 少女の声が発狂する。


『オッケー! 了解! あんだーすたんど! 最後に説明しようと思っていたけど……今回、みんなに起きた現象と理由を説明するね』


 少女の言葉から察するに、見ることも、感じることも出来ないが、周囲にいるであろう【カオス】の人達が少女に質問を投げかけまくっているのだろう。


『まずは、起きた現象は――【世界救済プロジェクト】! は? 意味不明? 話を最後まで聞けー!』


 少女の声は次第に怒気を帯び始める。


『えっとね、みんなのいる世界はざくっと言うと、およそ20年後に滅亡します!』


 え? 百年後じゃないのかよ。20年後だと、俺は38歳か……。


『え? 困る? うんうん。ボクも困るよ! そこで、その滅亡を回避するのが【世界救済プロジェクト】なのでっす! 具体的に言うと、今の世界、ってか、キミたち人間は全然ダメ! もうダッメダメ! 少子高齢化? 子供作れよ! 地球汚染? もっと叡智を絞り出せよ! やる気が無い? はぁ? 何で生きてるの?』


 少女の怒り声は加速する。


『本当は滅亡を大人しく見守ろうと思ったけど……折角ここまで発展したのになぁって想いもあるので、今回だけボクが手助けをしてあげよう! ってことさっ。ところで、キミたち人類が一番頑張る時ってどういう時か知ってるかい?』


 一番頑張る時?


 俺は自分の人生を振り返る。


 ――受験勉強?


『はい! この中に馬鹿がいっぱいいまーす! 正解率はまさかの23%です! 恋愛? 馬鹿か! お前の人生に彼女がいた時間は1秒もないだろう! 受験? 適当に選んだ大学に入学しただけだろう! 仕事? 上司の命令に従っただけだろう!』


 少女の辛辣な言葉が続く。


『っと、ごめんちゃい。話が逸れたね。面倒なので正解を発表しまーす! キミたち人類が一番頑張る時! その答えは――争いでっす』


 争い?


『キミたち人類が一番頑張る――最も進化する時は争ってる時だね。イエス! 戦争をしている時だよ!』


 戦争中は技術が大幅に進歩すると、聞いた記憶はある。


『次点でエロかな? ほんっと、キミたち人類はどうしようもない俗物だよ。っと、また話が逸れちゃうよ。そこで、キミたち人類はこの世界を救うために進化してもらいまーす! とは言え、キミたちの技術力はちょっと進化し過ぎたかな? しかも、ダメな方向に。何がダメって核! あれは絶対にダメ! 普通に戦争してね~ってお願いしてもよかったけど、それだとあっという間にキミたちの世界、と言うか、この星が死滅しちゃう』


 少女の声に熱が帯びる。


『このまま停滞した時を過ごしたら、ゆっくりとキミたちの世界は滅亡します。とは言え、戦争をしたら、あっという間に世界は死滅しちゃう』


 少女はバッドエンドしかない二つの結末を告げる。


『そこで! 今回の問題をまるっと解決するのが――【世界救済プロジェクト】なのです』


 だから、【世界救済プロジェクト】ってなんだよ?


『説明しよう! 【世界救済プロジェクト】とは、全ての人類を【ロウ】、【ニュートラル】、【カオス】に振り分けて争って頂くプロジェクトなのです! 正確には、争うのは【ロウ】と【カオス】ね。日和見主義のどうしようもない人類、ボクからのせっかくの提案を最初から無視した人類が【ニュートラル】だよ』


 ――? 何を言っている? 争う? 


 今の俺は【カオス】だ。つまり、明日から【ロウ】の人間と争えと?


 何のために? 世界を救済するため? は? 意味不明じゃね?


『大丈夫! ちゃんとタネは仕込んだよ! キミたちは襲ってくる【ロウ】の人類をぶっ殺せばいいだけだよ!』


 え? 何? 俺達って襲われるの? しかも、【ロウ】の人間を殺す?


 顔も知らない【カオス】の人間と共に?


『ごめん、ごめん。【カオス】同士は味方じゃないよ。ここにいる【カオス】同士も争うよ?』


 意味不明だ。俺は【ロウ】の人間に襲われ、味方もいない?


『質問多いなぁ……。とりあえず、何から話そうかなぁ……。そうだ! まず、キミたちみたいに【カオス】の適性がある人類は少数派なんだ。このままだと、一方的な展開になって、人類の進化は望めないの。だから、ハンディとしてキミたちには最初に【世界救済プロジェクト】の内容を説明したし、【ロウ】の人類よりも、ほんの少し強力な能力を与えるよ』


 少女の話す話題が変化する。【カオス】の人々からの殺到する質問に追われているのだろうか?


『あぁぁぁぁあああ!? とりあえず、キミたちは自分の支配領域を強化! 防衛! その後、眷属を使って他人の支配領域を奪えばいいの! どゅーゆーあんだーすたん?』


 Do you understand?(理解しましたか?)


 出来るかぁぁあああああ!


 と言う訳で、その後も(認識出来ないが)【カオス】の人間から少女に質問が相次ぎ、【世界救済プロジェクト】の詳細が徐々に明らかになっていた。



  ◆



 その後、数時間に及ぶ質疑応答が繰り返された。


 ちなみに、少女は名前を明かさないので黒幕と称することにした。


 俺が把握できた【世界救済プロジェクト】とは――。


 ① この世界の人類は【ロウ】、【カオス】、【ニュートラル】の三つの適性で分類される。


 ② 【ロウ】と【カオス】の人間が争い、人類を進化させ、世界を救済する。正直、意味不明だ。


 ③ 【カオス】の人間は支配領域を所有し、【ロウ】の人間は支配領域に攻め入ってくる。支配領域の最奥にある【真核】を【ロウ】の人間に奪われると、支配領域は解放され、【カオス】に奪われると支配領域そのものを奪われる。


 黒幕が説明した内容をイメージすると、【カオス】の人間は魔王、もしくはダンジョンマスターのような存在。【ロウ】の人間は勇者のような存在だった。


 ④ 全ての支配領域が解放、もしくは同一の【カオス】の人間による支配によって【世界救済プロジェクト】は終結する。


 補足として――。


 ① 補足と言うには重要すぎる要素であるが、【カオス】の人間は【カオス】になる以前の全ての人々の記憶を失う。また、【ロウ】の人間も【カオス】になった人間の記憶を全て欠落する。


 単純に言うと【カオス】の人間は存在そのものを消去させられた、とも言い換えられた。


 黒幕曰く――『これで気兼ねなく争えるでしょ?』


 ② 【カオス】の適性があった人間は少数派。具体的に言えば、全人類の0.02%らしい。少数派どころの話ではなかった。ちなみに、現在の世界の総人口は約50億。そこから計算すると、【カオス】の人間の数は100万人であった。


 ③ 【ロウ】と【ニュートラル】の人間は支配領域を解放しないと、食糧不足により死滅必至。死に物狂いで襲いかかってくるらしい。


 ④ 【ロウ】の人間が【世界救済プロジェクト】の詳細を知るのは一ヶ月後。その期間までは全ての人類が他者の支配領域を侵略出来ない。


 理解不明な要素について――。


 説明を受けたが、理解不能な要素を列挙する。


 ① 支配領域を増やすポイントは眷属。


 ② 滅びた世界のことわりを導入。何か、理解不能な単語で色々と説明されたが、簡単に言えば、魔法のような特殊能力が使える。相手を倒したら成長する。これは、【ロウ】、【カオス】共に共通。【カオス】のみ、配下が相手を倒しても成長する。


 【ニュートラル】? 黒幕曰く――『ボクの話を聞かない人類までは面倒みないよ』


 ③ 現代兵器は【カオス】の人間及び配下に効果を及ばさないらしい。


 最後に、重要な要素として――。


『滅びた世界の理を、キミたちでも扱えるように最適化してあげたよ! まぁ、簡単に言うとスマートフォンに専用アプリを仕込んだから、それで確認してね』


 この異常な空間から抜け出したらスマートフォンを見ればいいらしい。


 そして、黒幕は最後の言葉を告げる。


『それじゃ、今からキミ達を進化させまーす! 拒否権はありませーん。それじゃ、頑張って世界を救済してね~。ふぁいおっ!』


 軽い口調の黒幕の少女の声を最後に――俺の意識は再び無へと沈んだのであった。 

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