三寒四温・焼き鳥・鯨幕

 我が家で渡り鳥を拾ったのは、冬の初めのことだった。空から落ちて動けなくなっていたのを、高校一年生の長女と中学二年生の長男が拾ってきた。

 フラミンゴとメンフクロウを足して二で割ったような、大きな桃色の鳥である。

 なんでもこの渡り鳥、上空から焼き鳥の屋台を見かけて卒倒したのだそうな。

「どんなの焼いてんだろうと思ったら、鶏肉だったもんだからショックで」

「看板見たんでしょ? なんでわざわざ見に行ったのよ」

「鯛焼きみたいなもんだと思ったのよ」

 言い訳がましく渡り鳥は答えた。

 ともかくその年の冬、我が家の食卓に鶏肉は上がらなかった。鶏のから揚げが好きな子どもたちは文句をたれたが、彼らの祖母、つまり私の姑が一喝して黙らせた。

「あんたたちが鳥ちゃんを拾ってきたんじゃないの。この冬くらい我慢しなさい」

 姑と渡り鳥はうまがあうらしく、夕方になると、ふたり並んで時代劇の再放送などを観ていることが多かった。渡り鳥は、『水戸黄門』のオープニングテーマを覚えてくちずさんだ。

「鳥ちゃんは歌がうまいね」

 姑は渡り鳥の歌を褒めた。なるほど、きれいな声をしていた。

 夫は単身赴任で当時は金沢にいたのだが、一か月ぶりに帰宅したら、我が家に大きな鳥がいたので驚いたらしい。

「いつかちゃんと渡っていくんだろうね。困るよ、社宅なのに」

「ちゃんと管理人さんに許可とったから大丈夫よ。来年の秋ごろまでいて大丈夫だって」

「クリスマスはどうするの?」

 長女が言った。「チキンがだめなら、別のメニューを考えなきゃでしょ」

 で、手巻き寿司になった。渡り鳥は器用に海苔で米をまき、いくらを一羽でバクバク食べて、私に叱られた。

 夜八時を過ぎると、渡り鳥は姑と部屋に引っ込んだ。様子を見に行くと、ふたりはテレビで古い映画を観ていた。

「日本のクリスマスも悪くないねぇ、ご隠居さん」

 渡り鳥が言った。

「そうよ鳥ちゃん」

 姑がそう返した。「お正月も、節分も、お花見も悪くないわよ」

「お花見か。わたし、ご隠居さんと日本のお花見に行きたい」

「行きましょう。鳥ちゃんの羽根の色のような、きれいなお花が咲くのよ」

 ところがその年の二月、姑は亡くなった。脳卒中だった。高齢ではあったが元気な人だったので、まったく突然のことだった。

「これ、お花見の幕じゃないよ。わたし、テレビで見て知ってるんですからね。ねぇご隠居さん」

 白黒の鯨幕を見て、渡り鳥はいかにも文句ありげにそう言った。「なによ、ご隠居さんてば。お花見はどうするのよ」

 寒いからと言って止めたのだけど、渡り鳥は葬儀の間、ずっと上空を飛んでいた。参列客が帰ったころにすーっと降りてきて、斎場のロビーをとぼとぼ歩きながら『水戸黄門』を口ずさんだ。突然その透き通った声が、ぴたりと止まった。

「ご隠居さん」

 そう呟くと、渡り鳥はさめざめと泣き始めた。


 桜が咲く前に、渡り鳥は家を出た。

「もう十分あたたかいし、仲間が心配しているようなので。それに桜を見たら、私きっとまた泣いてしまう」

 長い首を優雅に垂れ、渡り鳥は私たち皆に言った。「たいへんお世話になりました」

 そうやって出ていった渡り鳥から手紙が届いたのは今年の十一月、どうも今は南の国にいるらしい。

『こちらはずっと暖かいですが、そちらは三寒四温の季節と存じます。どうぞご自愛くださいませ』

 長女が手紙を覗き込んだ。

「なんかさぁ、おばあちゃんが書きそうな文章だね」

 私は「そうだね」と返した。それから「遅くなったけれどお礼に」と送られてきた桜色の羽を、お仏壇にお供えして手を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る