高野豆腐、指輪、栞
半年前に別れた女の子が、ある日突然アパートまでやってきてピンポンを鳴らす。あまりにうるさいので出てみると、「貸してた一万円返して」とまるで身に覚えのないことを言われた。
なんでも交際していた頃、俺から本を借りたことがあったが、その本を返すときに勝手に挟んでよこしたらしい。
「だって圭くん、金欠だ金欠だって言ってたから喜んでくれるかと思って」
喜ぶわけねぇんだわ。気づいてすらいねぇんだわ。確認してみると、確かに二章と三章の間に一万円が栞よろしく挟まっている。
「ほらぁお金あったじゃん」
元カノはドヤ顔で言い放つが、どうしてそんな顔をしていられるのか俺にはよくわからない。よく見ると元カノの左手の薬指には、誕生日にねだられて俺が買ってやった五千円くらいの指輪がはまっていて、こいつもしかしたらまだいっぱし現役彼女のつもりなんじゃないかと思うと鳥肌が立つ。
「とにかく一万円返すから帰れよ」
「利子は?」
「勝手に貸した金に利子なんか払うかよ」
「もしかしてまだお金ないの? じゃあ今度おかず作ってくるね!」
「人の話聞けよ」
帰れ帰れと言いながら粗塩を撒いてやると、元カノは歯をむき出した悪鬼羅刹みたいな顔をして帰っていく。ほぼ悪霊である。
その翌日、クソデカタッパーに高野豆腐の煮たやつをみっちり詰めた元カノが、俺のアパートに来る道中で居眠り運転のトラックにはねられて突然死んだ。
あれでも一応一度は好きで付き合ってた子なので、さすがの俺も訃報にちょっとセンチメンタルになってしまう。が、それからというもの夜中になると出汁の匂いがする半透明の女がうちのピンポンをピンポンピンポン鳴らすようになったので、すぐ真顔になった。
なお帰れ帰れと言いながら粗塩を撒いてやると、元カノは歯をむき出した悪鬼羅刹みたいな顔をして消えるようになり、立派に悪霊である。
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