群雄割拠・新幹線・海月

 後輩の幹下という男が、一人暮らしを始めるにあたって事故物件を借りたという。

「平屋建ての一軒家、2LDKでなんと月五千円すわ」

「は? 安過ぎくね?」

「建物古いし、めちゃ人死出てるんで。なんか霊感のあるやつに聞いたら、トイレに首吊った男がいて、風呂場に血まみれの女がいて、キッチンに真っ黒い人影がいて、リビングにも……」

「めっちゃいるじゃん」

「群雄割拠すわ」

「かっこよく言うな」

 ともあれ広いし隣家も遠いので、音楽をやるには最適だという。後輩は会社員の傍ら、曲を作っては動画サイトで公開し、メジャーデビューを夢見ていた。

「まぁオレは幽霊とか見えないんで、全然平気っすね……」

 と余裕をぶっこいていたのは最初の一ヶ月ほど、五月の半ばには青い顔をして、俺のアパートに駆け込んできた。

「なんかぁ、住んでるうちにチャンネルが合ってきちゃったみたいでぇ」

 グズグズ泣きながら話し始める。

「なんかぁ、半透明の海月みたいなものが部屋のなかフヨフヨしてるのが見え始めてぇ、海月じゃ別にいーやと思ってたんですけど、昨日気づいたんすよぉ。それ髪の長い女の生首なんですよぉ……」

「もう出てけよ、そんな家」

「でもここ出てったらオレ、自費で新幹線通勤しなきゃなんなくってぇ」

「どっから通うつもりだよ、バカ」

 幹下は最悪のルームメイトだった。換気扇をつけずに煙草を吸うわ作り置きのおかずを食うわ夜中にギターを弾くわで、俺は一週間もしないうちにバカをうちから叩き出した。

 その後どうしたか、なにしろ幹下がめっきり連絡をよこさなくなったので知らなかった。が、最近会った共通の友人によれば、幹下は今もまだ群雄割拠ハウスに住んでいるらしい。

「なんかあいつ、女と同棲してるらしいよ」

 世間話の延長で、「どんな子なん? 彼女」と聞いてみたらしい。そしたら幹下は「髪の長い、海月みたいな女すわ」と答えて、ニヤニヤ笑ったという。

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