ニーハイ・宣言・三温糖
突然私の部屋にやってきたマチコは、「今日から自炊する」とこれまた突然に宣言する。だから車出してよふみちゃんとまた突然の要請、だから車を出してやると、ちょっと離れたところにある大きなスーパーマーケットに行きたいという。
ちょっと高いものばかり売ってるそのお店で、マチコは出汁とり用の昆布だの三温糖だのナツメグだの八角だの、それはもうある程度料理をする人向けのラインナップじゃないかなぁという調味料や、牛肉や豚肉の塊や変わった形のパスタや、とにかく色々買い込んで私の車にどんどん積み込む。
「相変わらず金あんね〜」
トランクを閉めるマチコの背中に、私は話しかける。
「まぁね」
マチコは短く答える。バタンと音をたててトランクが閉まる。
私のアパートではなくマチコのマンションに向かう。なんか知らんけどお金持ちの男のひとにもらったとかいう広めの1LDK、それがこんなことでいいのかよっていうくらい散らかっていて、いつ脱ぎ捨てたかわからないニーハイが抜け殻みたいにベッドの下に落ちている。私がガラガラの冷蔵庫の中に買ってきたものを詰める間、マチコはスマホでレシピを検索しながらうんうん唸っている。
「なんか作ろうか?」
声をかけるとおねがーいと返ってきて、すぐに何かに気づいたのか、バタバタとこっちにやってくる。
「いやいや頼まないしあたしが料理するんだって」
マチコは思いの外真剣に私に詰め寄る。
私が勝手に部屋の掃除をするのを尻目に、マチコはいつ手に入れたのか無駄に高い鍋を取り出して塊肉を煮始める。鼻歌が聞こえる。
私は勝手に洗濯機を回す。浴室で洗濯物を干しながら、心の中で語りかける。ああマチコ、あんたまた恋をしてるんだね。肉料理が好きな男を好きになったんだ。そうでしょ。
私の視線の先で、換気扇が埃をぷらぷらさせながら回っている。
洗濯物を干し終える頃には早くも不穏な匂いが部屋中に漂い、肉がもったいないなと思いながら私は部屋中の窓を開ける。
「ねぇーふみちゃんどうすんの? これどうする? おいしくなる? これ」
「なんないよ、豚に謝りな」
私はマチコの頭をぐりぐりと撫でる。
一週間後、マチコはまた突然私の部屋にやってくる。
「これいる?」
差し出したエコバッグには三温糖と高い味醂とナツメグと、こないだ買った諸々が入っている。私はそれらを仕分けしながら、また心の中で語りかける。マチコあんたまた失恋したんだね。あんた綺麗だけどどうしようもないバカだもんね。私は好きだけど。
もちろん口には出さない。
「ありがとマチコ、全部もらうわ。ご飯食べてく? 凝ったものは作らないけど」
そう尋ねると、マチコは「食べる」と答えて私のベッドに倒れ込む。
「ふみちゃんみたいな女の子になりたかったな」
小さくぼやく声が聞こえる。
私はばれないように口元だけで笑う。小窓の外、太陽が街の向こうに沈んでいく。
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