椿、ヤマカガシ、メンダコ

 酒井さんとは特別仲良しではない、ただのゼミ仲間くらいのつもりだった。ところがたまたまタイミングが重なって、沼津土産のメンダコマグネットを彼女にあげたところ、どうもいきなり親友認定されたらしい。異様にしつこく絡んでくるようになったので「さすがに付き合いきれない」と突き放した。するとぱったりと連絡が途絶え、大学でも姿を見かけなくなった。

 その代わり彼女は、一日に一度必ず、我が家の垣根の向こうに立つ。

 わたしも負けず嫌いなもので、気づいても頑として無視している。が、それでも彼女は一向に覗きを止めようとしない。

「あの人、美佐子のお友だちなの?」

 母に聞かれたので、「違う。ただの同級生」と答え、ついでに事情を聞いてもらった。

「執念深いのねぇ、蛇みたい」

 母は呆れたように言った。

 蛇が本当に執念深い生き物かどうか、わたしは知らない。でもその日以来、酒井さんがよく着ている黒と茶色のまだら模様のセーターが、ヤマカガシの柄に見えるようになってしまった。垣根の向こうに立つ姿が、次第に人ならざるもののように感じられてきて、気味が悪かった。


 その日は重たい曇天の、いかにも雪が降りそうな空模様だった。わたしは家の中で日曜日の午後をのんびり楽しんでいたが、ふと雪が降り始めたかどうか気になって障子を開けた。

 すると小さな庭越しに、垣根の向こうに立っている酒井さんと目が合った。

(うそでしょ? こんな寒い日に)

 気味が悪くなってすぐに障子戸を閉めようとしたその時、酒井さんの首が突然、椿の花みたいにぽろっと落ちた。

「あっ!」

 思わず声をあげて、一瞬目を閉じた。再び瞼を開けたときには、垣根の向こうにはもう誰の姿もなかった。


 酒井さんが亡くなったと聞いたのはその次の日だ。自宅で首を吊ったらしい。亡くなったのは半月ほど前らしいと聞いてぞっとした。ここ半月、わたしは毎日彼女の姿を見ていたというのに。

 酒井さんは針金のようなもので首を括ったらしく、発見時には首が千切れ、胴体と一緒に床の上に転がっていた――そんな噂も聞いた。本当かもしれない、と思った。

 あれ以来彼女が垣根の向こうに立つことはなくなったが、今でもふとした瞬間、茶色と黒の斑が視界の隅を通り過ぎたような気がして怖気をふるうことがある。メンダコとヤマカガシはすっかり苦手になってしまった。

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