タトゥー、山椒、山吹色

 カナコの元彼は、左の二の腕にちょっと大きめのタトゥーを入れていた。

「それが金髪のえっちな女なわけよ」

 セクシーな金髪美女の絵姿は、カナコの目には人間の形をした山吹色の妖怪に見えた。というのも、

「動くんよね、たまに。いやマジで」

 筋肉の動きがそんな風に見えていただけなのか、それともカナコが主張するようになにか不可思議な力が働いていたのかはわからない。ベッドの中などで上半身裸の元彼が寝ているときなど、金髪女は赤い唇を歪めてカナコにニヤニヤと笑いかけたという。

 大して怖ろしいとも思わず、見かけるたびにヘイトを溜めていたときのこと。

「あたし、鰻丼を買って彼んちに行ったのね。シーズンだったし、あたし鰻好きだからさぁ」

 せっかく国産の鰻を張り込んだのに、元彼は「前日飲み過ぎた」と言ってロクに箸もつけず、カナコのことも構わずに寝てしまった。

 タンクトップから出ている左腕には、相変わらず「人間の形をした山吹色の妖怪」がくっついている。見るともなしに見ていたカナコの前で、タトゥーの女は突然大口を開いてゲラゲラと笑い始めた。普段は閉じている口の中に、ピラニアのように尖った白い歯が並んでいるのがはっきりと見えた。

 驚いたが、腹が立った。

 カナコは手つかずの鰻丼のパックから山椒の小袋をとり、女の口めがけてふりかけた。

 数秒後、「ギャーッ」という物凄い悲鳴が轟いた。

 声をあげたのは元彼だった。ガバッと起き上がると、バタバタとトイレの方に駆けていった。

「その格好がマヌケでさぁ」

 カナコの恋は、そのとき突然冷めた。

 鰻丼弁当ふたつを回収すると、彼女はさっさと自宅に帰った。家で鰻丼を食べながら、LINEで男に別れを告げたという。

「鰻は美味しかったけど、山椒が足りなくて残念だったよね。一個金髪女にあげちゃったからさぁ」

 カナコはゲラゲラと笑った。

 なお、この話をするにあたって元彼のインスタを見たところ、夏だというのに長袖を着込んだ写真しかアップされておらず、タトゥーは確認できなかったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る