押し花・踊り場・待ち合わせ

 家の階段の踊り場に栞が落ちていた。

 菫の押し花をあしらった水色のそれは、確かに姉のものだ。どうしてこんなところに落としたのだろう。

 待ち合わせに遅れそうな私は、その栞を姉に届けず、踊り場の窓の縁に置いておくことにした。ここなら姉が気づくだろう。それより急がないと、電車に乗り遅れてしまう。

 玄関で靴を履きながら私はふと、姉が五年前に亡くなっていることを思い出す。読書と花が好きだった彼女のために、お気に入りの栞を挟んだ向田邦子の『夜中の薔薇』を、お棺に入れてやったじゃないか。どうして姉の死も、栞のことも忘れていたのだろう。

 慌てて踊り場に引き返すと、窓枠に置いたはずの栞はなかった。その時玄関の外で物凄い音がして、家が揺れた。

 家の前でハンドルを切り損ねたトラックが、我が家の門柱に突っ込んだのだ。栞のことがなければ、そこには急いで外に飛び出した私が立っていたかもしれなかった。

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