ガトリング砲・砂糖菓子・ふくらはぎ

「神崎くん、ひさしぶり……ふふふ、びっくりした? 結構変わっちゃったから、恥ずかしいな……」

 そう言って岬さんは、へへ、と照れ笑いを見せた。


 高校の同窓会の会場だった。到着するや否や、僕は十年ぶりに会う懐かしい旧友たちの間に、岬サクラさんの姿を探した。

 僕だけでなく、クラス皆の憧れだった岬さん。ふんわりとした茶色の髪に白い肌、人形のように華奢な手足。まるで砂糖菓子のように繊細で愛らしい美少女だった彼女。十年の月日は、果たして彼女をどう変えているのだろう……それは僕に、期待と共に怖れをも抱かせていた。

 十年ぶりに会った岬さんは、クラスの誰よりも目立っていた。ちょうど僕たちが高校生だった頃のように――いや、違う。全然違う。目立ち方が何から何まで違う。

「えへへ。ちょっと色々あってね……」

 最新のサイバネ化技術によって、今や彼女の身長はおよそ二メートルに達し、華奢だった全身は、黒光りする甲冑のような外骨格に覆われていた。セーラー服のスカートからすらりと伸びていた、僕の夢に度々出てきたまぶしいほど白いふくらはぎは十倍ほどの太さになり、突き出した三本のパイプがなぜか白煙を吐いている。

 カマキリと般若面を掛け合わせたようなマスクがプシューと音を立てて外れた。その奥にあったのは、年月を重ねてさらに美しくなった彼女の、やっぱり砂糖菓子のように繊細な美貌だった。

 そして冒頭の「神崎くん、ひさしぶり……」である。

「あっ、あの、そうだね、うん」

 僕は噴き出す汗に脇下を激しく濡らしながら、言葉を探していた。手に持ったウーロン茶のグラスがカタカタと震えた。

 これ、「ほんとだねめちゃくちゃ変わったね」なんて言っていい場面なのだろうか。「全然変わらないよ」と言うのが望ましいのだろうか。いや、変わっているのは誰がどう見ても明らかなんだから、それはそれで失礼かもしれない。いやこれホントどうするのが正解なんだろう。間違えた答えでもって彼女を怒らせたらどうなるのか。もはやデコピンひとつでさえ僕にとっては致命傷になるのではないか。なんてこった。人の心はなんて難しいんだ。

「……神崎くん? 顔色が悪いけど、どうかした?」

 岬さんが、三十センチは高いところから僕を見下ろして小首を傾げた。

「あっ、いや、大丈夫何でもないよ! えーとえーと、岬さんは相変わらずその、きれいだなと思って」

 あながち嘘というわけでもない。だって金属に覆われた彼女の顔は、ほんとに美人なのだから。

「ふふ……ありがとう。神崎くんは相変わらず優しいね。でも、ちょっとかっこよくなったかな」

「そ、そうかな……」

 僕は照れて頭を掻いた。やっぱり岬さんに褒められると、それがほぼ機械でも悪い気はしない。

「実は私ね、二十歳の時に事故に遭って……何度も手術を受けて、やっと一人で外に出られるようになったの」

 岬さんはそう言いながら、左右七本ずつの指を持った大きな手を広げ、影のあるまなざしで見つめた。僕はギクリとした。彼女にそんなことがあったなんて知らなかった……。

 僕はなんて失礼な奴なんだ。岬さんの事情も知らず、勝手にドン引きして、がっかりして、恐がったりして。岬さんは岬さんだ。優しくて可愛らしい、あの頃の彼女と何が違うんだ……。

 そのとき、会場の入り口付近から悲鳴が上がった。巨大なグリズリーの頭部を持った屈強な大男が、突然押し入ってきたのである!

「見つけたぞ岬サクラ! こいつを食らえぇ!!」

 男は両腕に移植された巨大なマシンガンをこちらに向けて乱射した。不幸な同級生たちが次々と倒れていく。僕だってただの一般市民、生身のスーツ姿の人体になすすべはない。

 しかしその時、岬さんのふくらはぎのパイプが青い炎を噴き上げ、一瞬にしてグリズリー男の目前に立ちはだかった! その外骨格で銃弾をはじきながら、彼女の胸部が観音開きの扉のように開き、そこからガトリング砲が武骨な姿を現した。

 数秒のち、血まみれで床に倒れ伏していたのは、グリズリー男の方だった。

「一昨日来やがれ!」

 岬さんはペッと唾を吐き、ガトリング砲を格納した。振り向いた彼女と目が合った。

「へへ、恥ずかしいとこ見せちゃった……ごめんね」

 そう言って岬さんは、あの頃のように可憐に笑った。


(おわり)

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