第16話

辺境伯が食堂を退室したので母さんや姉さん達が食堂を出ていく。次いで父さんと兄さんが出ると思っていたら父さんがこちらを向いた。


「ウォル、少し話がある。執務室に来なさい。」


「はい。」


父さんに呼ばれたけど何の用だろうか。特に思い当たることはないけどおとなしくついていく。

父さんの執務室に入り、そのまま父さんは執務机の椅子に座り、俺はその前に立った。


「ウォル、まずはよく無事に帰ってきた。辺境伯様を危険な魔物から守ったこともそうだがお前も大きな怪我をしなくてよかった。」


「はい。」


「それで、お前には話が二つある。一つは辺境伯様がおっしゃっていた褒賞の話だ。褒賞の内容についてお前の希望は最大限組むが場合によってはバルドと話して決めることになる。それでいいな?」


「はい。それはわかっています。」


元々褒賞のことは父さんと兄さんと話して決めようと思っていたので特に不満はない。

どちらにせよ姉さんたちの縁談話を用意してもらおうと思っていたのだ。これなら父さん達も反対しないだろう。


「そうか、ちなみになにか願いは決めているのか?」


「はい、姉さんたちの縁談相手を見つけてもらおうかと思っていました。」


「……なるほど、それは確かに頭を悩ましていたところだ。」


父さんは俺の願いを聞くと少し驚いたあと苦い顔をしながら頷いた。

姉さんたちの縁談は早急に解決しないといけない案件だ。

そもそも貴族の女性にはかなり厳格な、というか明確な婚姻適齢期が存在する。

エレナ姉さんはすでに適齢期後半、フェルナ姉さんも適齢期半ばに差し掛かっている。

本来ならエレナ姉さんはもう結婚しているはずだったけど出来ていない。

父さんも正直なところかなり焦ってはいたけど近隣の貴族家には姉さんに合う年齢の男性がいなかった。

そうなるともっと遠い貴族家にお嫁に行くんだろうけどグラント家は騎士爵だし、以前の大寒波のあと金銭的な理由で貴族の付き合いにほとんど顔を出せていなかった。だから伝手もないのだ。


そこで現れた辺境伯だ。辺境伯なら伝手もあるだろうし、そうでなくても自分の陪臣の中に姉さんに釣り合う男性もいるかもしれない。


辺境伯の命の危機と引き換えならきっと姉さんたちにとっていい縁談を手配するくらいしてくれるだろう。


「どうでしょうか。これなら辺境伯様に対して過分な褒賞の要求になるとは思わないのですが。」


「……そうだな。本来なら縁談は家と家の繋がり。その後の家の隆盛にも関わる重要な案件だ。決めるのは当主の私だが今回ばかりは仕方ない。二人の縁談を世話してもらったことで多少ベルダン辺境伯家に影響を受けるかもしれんが元々辺境伯家と騎士爵家の我が家では比べ物にならないほど力の差があるのだ。今更だな。」


父さんも考えてみて問題はないと思ったんだろう。

一応兄さんとも話し合うだろうけど辺境伯に貰う褒賞は姉さんたちの縁談に決まりそうだ。

無事に一つ目の話がまとまったところで父さんは二つ目の話に移った。


「それで二つ目の話だが……お前の進路についてだ。」


「進路ですか?」


父さんが話し出した内容に首を傾げる。

俺は今12歳で、成人するのは4年後の16歳。

帝都の学校に行くなら入学年齢は13歳からだ。でも家の経済状況的に俺を帝都の学校、例えば軍学校や他の学校には行かせられないはず。


今のところ俺は将来ハンターになるつもりだし、ハンターになるなら狩猟協会にハンター登録をするだけだ。何か特定の学校に行くわけじゃないから学費もかからない。

成人するまでに貯めたお金はハンターとしての生活を始めるときに買う装備品や下宿先の宿泊費、ハンター協会での登録料に使う予定だ。

だから不思議に思っていると父さんは驚くようなことを話しだした。


「実は辺境伯様からある提案があった。お前が望むなら条件付きだが学園都市ネーヴァにある魔法学院に進学する援助をしてくださるそうだ。」


「えっ!?」


思わず声が出た。学園都市と呼ばれるこの帝国において最高峰の教育機関が集まっているその都市に帝国唯一の魔法学校がある。そこは帝国中の英知が集中した教育機関兼研究施設になっていると本に書いてあった。


そこへの進学援助?辺境伯が?魔法学院の学費は高額だ。


魔法使いは貴族に生まれやすいので入学者は貴族が多く、彼らは学費の支払いにも問題はない。数が少ない平民生まれの魔法使いは大抵特待生制度を利用して入学する。


だが家は貧乏だし、俺自身も貯金してあるとはいえ魔法学院の学費が支払えるほどは貯まっていない。だから自分の進路の選択肢としては始めから除外していた。


あ、でもただじゃないよな。


「条件ってなんですか?」


「ああ、それが魔法学院を卒業した後、辺境伯様の辺境警備隊に入隊すること。それが援助の条件だ。」


「辺境警備隊って大森林の国境沿いですか?」


「そうだ。北東にある大森林は帝国で一番広い。帝国軍直轄の砦もいくつかあるが森林の一部範囲は辺境伯様が警備にあたっている。だが大森林はこの領地よりも遠く、人里離れている。いくら辺境伯様が警備隊の待遇を良くしても志願者はほとんど居ない。」


「だから俺を?」


「その通りだ。現在警備隊に魔法使いはほとんどいないらしい。しかし魔法使いを配属させないわけにもいかないから辺境伯様は定期的に短期契約だが魔法使いを派遣している。だが短期契約でも魔法使いたちは嫌がってなかなか集まらない。」


「まぁほとんどの魔法使いは貴族出身ですし、そういった魔法使いは宮廷魔法使いとしてか、もしくは実家の領地で働きたがると思います。稀にいる平民出身の魔法使いなどだと余計にそういった傾向があるのではないですか。」


「だろうな。だからこそ辺境伯様はお前に目をつけたのだろう。お前は魔法使いだが狩りの才能がある。

食い扶持を稼ぐために幼い頃から魔物の生息域である深い森の中で活動しているから森林内での警備にも問題ない。そして実家はお前を雇える程度の給金すら出せないほどに貧乏だ。学園を卒業後に約束を反故にして実家に帰ってしまう危険性もない。」


父さんはため息をついた。いや、まぁ実家が貧乏なのは領地が元々貧しいのに連続してやってきた天災も原因だけど父さんの無計画な家族計画も原因の一つだからなぁ。


父さんの気持ちを考えると娯楽が全くないこんな所だからそちらに傾いてしまうのは仕方ないんだろうけど……。


バルド兄さんが頭を抱えるわけだよね。兄弟たちが全員無事に成人したら兄弟たちの婚姻や仕事の世話なんかは全部後継ぎである兄さんに責任が来るんだもの……。


「まぁそういう訳で辺境伯様はお前に期待している。できればここで確実に確保しておきたいんだろう。お前の病気のことにも最大限配慮するとおっしゃっている。」


「具体的にはどのような配慮をしていただけると?」


「基本的に大森林の内部で狩猟した魔物を含む獲物は全てお前が食べていいそうだ。毛皮や骨、羽などの換金できる素材に関しても自分で狩った物に関しては自由にしていい。それらを売った金で食料を追加で買うのもよし、魔道具などを作るための素材としてそれらを自分のものにしても構わないとのことだ。特別手当のようなものだろう。」


「それはかなり優遇されていませんか?他の警備隊員との間に不満などは出ないのでしょうか。」


「その辺りは心配しなくていいそうだ。元々辺境警備隊に所属する者にはそれぞれ何かしらの特別手当が出されている。それらの一種として扱うらしい。それに貴重な魔法使いだからな、文句は出ないと思うが。」


「そうですか……。一晩考えてから決めてもいいですか?」


「ああ、お前の進路だ。じっくり考えて決めなさい。」


そう言った父さんに退出の挨拶をして自室に戻るための廊下を歩きながら考える。

今夜はいつもより廊下に灯されている明かりが多い。きっと辺境伯が泊まるからだろう。

夜に屋敷内を出歩くときに暗くて困らないようにしている。


しばらく照明費がかかるな。せっかく春になり始めて燃料費と照明費が抑えられるようになったのに例年よりむしろ余計にかかる。財政管理のバルド兄さんは予算をやりくりするのに苦労してそうだ。


辺境伯の申し出は普通に考えていい話だと思う。


辺境警備隊とはいえ給料は安定するし、俺の場合は狩りで得た獲物はすべて自分の自由にしていいという特権も手に入る。


生きるために大量に用意しないといけない食料にも困らなくなる。でもハンターのような自由気ままな生活はなくなる。


安定した就職か、それとも不安定な自由か。




「どっちにしようかなぁ……。」


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