第15話

辺境伯の乾杯の音頭に合わせてグラスを掲げる。俺以外の家族は全員成人しているのでグラスの中身はワインだけど俺のグラスはベリーシロップを水で割ったものだ。

今日は辺境伯が居るので食事の給仕も大変だ。一番大変な辺境伯への給仕は家令頭のエイギットが勤めている。

今日はコースなので順番に料理が給仕されてくる。前菜のピクルスやチーズの後、スープがやってくる。


「ほう、これはなかなか素晴らしいスープだ。野菜の旨みがバターのコクと溶け合って…、ん?これは何の動物だろうか。」


「こちらは雪洞うさぎでございます。」


「ほう!うさぎの甘味か。私はうさぎ肉の甘味が少し苦手でね、普段はあまり食べないがこの雪洞うさぎはとても美味しいな。」


今日のスープはエレナ姉さんが作っている。俺が満腹になるようにとカブやニンジンなどをたくさん入れてじっくり煮込んだ野菜の旨みたっぷりのうさぎスープ。雪洞うさぎは雪で出来た洞窟に住む珍しいうさぎだ。毛皮も青銀色に輝いて美しいし、常に雪に覆われた洞窟で過ごすためその身は脂をたっぷりと蓄えている。肉も美味しいので俺にとっては良い獲物だ。


雪洞うさぎはいい所がたくさんあるがあまり知られていない。それは生息地が帝国内でもかなり北にあることと、住処である雪洞を見つけるのがとても難しいことが原因だ。

まぁそもそもこんな所までやって来るハンターはほとんど居ないし、領民は他の魔物を恐れて森の奥に入らない。だから今のところ俺くらいしか狩らないのだ。


俺も今日の流氷グマとの戦いでお腹が減っているので早速スープに口をつける。なみなみと注がれた俺用の少し深いスープ皿の中は溶けた雪洞うさぎの脂がスープの表面を黄金色に覆っていた。


口に入れた瞬間広がる野菜の甘味とぎゅっと凝縮されたうさぎ肉の旨み。うさぎ肉から出た出汁をたっぷり吸いこんだカブは舌で潰せてしまうほど柔らかく、噛んだ瞬間にスープが溢れだす。ニンジンも土臭さなんてどこにもなくて丁寧に下ごしらえされているのが分かる。


ごろごろ入っているうさぎ肉はしっかり旨みが残っていて噛めば肉汁がこぼれ、むっちりした噛みごたえが楽しい。俺のスープ皿の肉だけ大き目に切られているところを見るとエレナ姉さんがわざわざそうしてくれたんだろう。エイギットも気がついて多めによそってくれたのかな。

下品にならない程度に気をつけながらスープをあっという間に飲み干すと、いつものようにお代わりを頼む。


「おや、ウォルダー君はおかわりかい?いいことだ、君くらいの子はたくさん食べなければね。」


「はい。今日はたくさん魔法を使ったのでお腹が減りました。」


まだスープの途中だった辺境伯が俺のお代わりに気づいて笑いかける。姉さんたちはいつもどおり微笑ましそうに俺を見ているけど父さんは辺境伯が俺の食べる量を知って驚かないか心配しているようだ。


そうしているうちにスープのお代わりが届く。さっきと同じくらい注がれたスープとたっぷりの具に感謝しながらまたスープを味わう。

結局他の家族たちがスープを終えるまでに俺は合計3杯のうさぎスープを飲み干した。二杯目までは微笑まし気な辺境伯だったが三杯目もあっさり飲み干した俺にかなり驚いているようだった。


「これはすごいな…。まだメインも来ていないが大丈夫かね?」


「はい。大丈夫です。」


「辺境伯様、ウォルダーは魔神経過剰結合症候群ですから…。」


「話には聞いていたが本当によく食べるのだな…。」


驚いている辺境伯だけど俺はまだまだ空腹だ。スープが終わり、いよいよメイン皿が運ばれてくる。今日のメインは大きなオーズィラックスのムニエル、付け合わせは無いけどエレナ姉さん特製ソースが敷かれている。


「ヒュオル湖産オーズィラックスのムニエルでございます。」


「おお、ウォルダー君が釣っていたオーズィラックスだね。いや、本当に立派なサイズだった。」


辺境伯が手をつけたのを見てから俺もムニエルに手を伸ばす。ムニエルは表面がぱりっと焼けていて切り分けるときの身の弾力がすごい。食べやすい大きさに切り分けてから姉さん特製ソースに着けて一口。


かりかりに焼けている衣とじゅわっとにじむ魚の旨みと脂。氷の下で活動するオーズィラックスの身はこの時期一番脂が乗る。身はほっくりしていて姉さんの作った特製ソースの酸味がよく絡む。


「…!これは美味い!脂の乗ったオーズィラックスの身もそうだがこのソースがさっぱりとしていてどんどん食べられてしまうな。このソースの色と香りからすると…ベリー系かね?しかしそれにしてはベリー特有の甘さがないが…。」


「お気に召して頂けて嬉しいです。こちらのソースにはベリーそのものではなく、ベリーから作った酢を使っておりますの。」


「なるほど、ベリー酢か。確かにそれならば甘さを出すことなく爽やかな酸味とベリーの香りがソースに使えるな。いや、これは素晴らしい。」


エレナ姉さんと辺境伯が話しているが俺はムニエルに集中していたのであまり聞いていなかった。いつだってエレナ姉さんの料理はおいしい。姉さんに感謝しながら夢中になって平らげる。俺の手のひらくらいの大きさだったムニエルもあっという間に俺の胃袋へ消えていった。

おかわりを頼めば俺の様子に気づいたエレナ姉さんが微笑んで声をかけてくれる。


「あらウォル、ムニエルのソースがそんなに気に入ったの?」


「はい。とても美味しいです。」


「よかったわ。あなたが満足するまで、好きなだけ食べていいのよ。」


慈愛のこもった姉さんの笑顔にこちらもうれしくなってにこにこ笑う。母さんから貰えない分を補うどころか、それ以上の愛情をエレナ姉さんもフェルナ姉さんも俺に惜しみなく与えてくれる。


本当に優しい、俺の姉さん達。俺の母親代わりでもある姉さんたちに恩返しがしたい。…そうだ辺境伯がなんでも願いを聞いてくれると言っていた。俺の願いは姉さんたちが幸せになることだ。俺の将来は別に自力で何とかすればいい。


姉さんたちが幸せになるように辺境伯にはあれを頼もう。父さんや兄さんとも相談しないといけないかもしれないけどきっと賛成してくれるはず。

悩んでいた辺境伯への願いも決まって安心した。おかわりのムニエルもやっぱり美味しくて最終的には6切れ程食べた。


「いやはや、本当にすごい。これは確かにある程度裕福な家庭ではないと育てるのが難しいと言われるわけだ。」


俺の食べっぷりに頷きながら辺境伯はグラスをあおる。メインが終わり、最後はデザート。デザートはフェルナ姉さんが作っていたけど何を作ったんだろう。


楽しみにしながら待っていると運ばれてきたのは森リンゴの蜜漬けとベリーのコンポートだった。辺境伯や他の家族の皿にとろりと艶めきながらしっかりと形を保った果物たちが美しく飾られている。黄金に輝く蜜煮にそっと寄り添うようにベリーの鮮やかな赤紫が皿を彩る。


「森リンゴの蜜煮と三種のベリーのコンポートでございます。」


「森リンゴか。うむ、美味いな。蜜煮とは思えないほどジューシーな果汁が溢れてくる。ベリーもそれぞれ味わいが違うのに自然に調和している。いや全くグラント家の料理人は優秀ですな。」


「はは、皆よくやってくれています。エイギット、今日のデザートは誰が作ったのだ?」


「フェルナ様にございます。旦那様。本日のお食事はエレナ様が取り仕切られました。」


「なんと!ご息女方が。それは素晴らしい。話ではエレナ嬢は家政が得意だとか…。」


デザートに手をつけながら辺境伯は父さんたちと談笑している。その間にぺろりとデザートを平らげた。

森リンゴの蜜煮はフェルナ姉さんの得意料理。それとエレナ姉さんが作っておいてくれたベリーのコンポートでデザートをまとめたのだろう。焼き菓子を作るには時間が厳しかったからね。


蜜煮はフェルナ姉さんが冬の間俺がひもじくなることが無いようにとエレナ姉さんと協力してせっせと作っておいてくれた。でも蜜煮の備蓄はもう残りはわずかだったはず。冬明けでろくな果物もなかったから姉さんたちはデザート作るの大変だっただろうな。春になったらまたたくさん集めてこないと。


談笑する辺境伯や家族の様子を見ながらおかわりを頼む。蜜煮もコンポートもとても美味しいんだけどこれだけだと少し物足りない。そんな今までだったら絶対に思わなかったわがままに驚きながら二皿目を待つ。


運ばれてきた二皿目は一皿目とは違う点があった。蜜煮たちの上に砕いたクッキーみたいなものがかけられている。運んできてくれた使用人の顔を見ればそっと微笑んでいる。口の動きだけでお礼を言って嬉しい追加をにこにこしながら完食した。

何度かおかわりをしてある程度満足するまで食べ終える。もう食事はおしまいの合図にカトラリーをきちんと指定の場所に置く。

それに気が付いた辺境伯がわざと残していた蜜煮の最後の一切れを口に運んで夕食会は終わりだ。


「いや、本当に素晴らしい食事だった。」


「閣下がお気に召して頂けたのであれば我がグラント家にとって大変名誉なことでございます。」


「うむ。すまないが明後日まで世話になるよ。ではグラント夫人もご息女方もここで失礼させていただく。」


「はい。」


「では、ウォルダー君また明日。」


「はい。閣下。」


そう言うと辺境伯はエイギットの案内で用意された客室へ戻っていった。


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