第14話

真剣な顔でこちらをじっと見るグラント卿に負けぬようこちらも腹に力を入れる。ここが正念場であろう。


「ああ、普通の魔法使いはあの大森林には行きたがらない。行くとしても軍属としての配備のため命令どおりにしか動かないし森林内の移動に慣れていない。私が欲しいのは大森林の中を問題なく行動でき、侵入者や魔物に素早く対応できる魔法使いなのだ。」


その点ウォルダー君は実に理想的だ。幼いころから森を歩き回り、魔物を狩る生活をしているためこちらの求める条件をすべて満たしている。あの流氷グマを狩るだけの実力があり、自分の限界を見極めて効率よく動く頭の回転もある。独学で魔法を学んであれだけ動けるのだからきちんと学院で学べばもっと強力な魔法も使えるようになるだろう。是非とも今のうちに確保しておきたい人材だ。


「どうだろうか。確かに危険な地域ではあるがウォルダー君の才能を生かせる場所でもある。」


私の言葉に黙り込むグラント卿。しばらく待つとグラント卿は大きく息を吐いてこちらを見た。


「ウォルダーの意思を確認してからになりますがそのお話をお受けしたいと思います。」


「おお、受けてくれるか。勿論ウォルダー君の援助は惜しまないとも。今更の話にはなるが我々は寄り親と寄り子の関係なのだ。寄り子の子弟を寄り親の私が援助するのは当然だとも。」


話を受けてくれたグラント卿にとってもこの話は悪い話ではない。勿論私だけが得するなんてことが無いように取り計らう。ウォルダー君の存在は困っていた私にとって渡りに船の存在だが命の恩人でもある。できる限りの援助をしよう。





結局泣いてしまった姉さん達を宥めてから服を着替えて夕飯の仕込みの手伝いに向かった。本当なら食事の用意なんて使用人の仕事だから仮にも貴族の子息である俺が手伝うのは良くないんだけど…。


ただでさえたくさん食べる俺のためにいろいろ工夫して料理を作ってくれるエイギットや、姉さん達に大量の食材の仕込みまでやってもらうのは申し訳ない。調理は姉さんたちがやってくれるから俺は獲物の解体や魚をさばいたりする仕込みまでは手伝っている。他にも食事を十分にとれるようになって俺の力はずっと強くなったから力仕事を主に手伝うようになった。


竈の薪を薪小屋から運んだり、酒樽を運んだりと力仕事はたくさんある。今日の夕食は辺境伯が来ているからいつもより品数は増えるし、食材も豪華だ。いつもならエイギットも料理長として調理するのだけど、辺境伯をもてなすために本来の役職である家令頭としての仕事が忙しい。ただでさえ使用人が少なくて大変なのに秘蔵のワインを地下室から取ってきたり、食堂の飾りつけ準備を指示したりでとても厨房での仕事はできない。


エレナ姉さんが陣頭指揮をとって数少ない使用人たちと一緒に夕食の仕込みをする。パン一つとってもいつもなら朝に焼いた黒パンを出すだけだけどわざわざ貴重な小麦粉を使って白パンを焼いている。


俺はその間にオーズィラックスの仕込みだ。途中で辺境伯に呼ばれたけど残りを他の使用人がやっておいてくれたらしい。三枚に下ろされたオーズィラックスの大きな半身を一人分ずつに切り分けていく。


何しろ捌いた半身ですら50センチはある。姉さん達女性用は身の大きさは同じにして、厚みを調整する。父さんたちの分はちょっと厚めに切って、俺の分はかなり厚めに切る。


メインは俺の釣ってきたオーズィラックスのムニエル。普段ならソテーだけど今日は白パン用に小麦粉を出したのでムニエルになった。

切った切り身を使用人たちが手際よく味付けして焼いていく。その反対側では姉さんがムニエルにかけるソースを作っていた。


「ごめんなさい、遅れちゃったわね。」


みんなで協力しながら夕食を作っていると母さんと一緒に辺境伯のお相手をしていたフェルナ姉さんが手伝いに来てくれた。エレナ姉さんから夕食作りの状況を聞くと忙しくてまだ誰も手をつけられなかったデザートのほうへフェルナ姉さんは回ってくれた。


フェルナ姉さんも手伝ってくれたおかげで何とか一般的な夕食の時間までに大体の夕食を作り終える。

まだ完成ではないけど俺や姉さんたちは辺境伯と一緒に食事をするので略式だが正装に着替えなければならない。姉さんたちの支度時間がかかるから先に母さんの部屋に送り出して俺はある程度残りの作業をしてからエイギットの待つ部屋へ行った。


「ウォルダー様。お待ちしておりました。こちらになります。」


「ありがとう、エイギット。父さんたちは?」


「すでにお支度はお済です。まだ居間で辺境伯様とご歓談中ですがもう間もなく食堂に向かわれると思われます。」


「分かった。急ぐよ。」


エイギットの用意してくれた略式礼装に素早く着替える。礼装なんて俺は持ってないからこれはきっと兄さん達のものだろう。もう少し時間があればフェルナ姉さんが俺の身体に合わせて仕立て直してくれたかもしれないが今回は急なことだったから仕方ない。


さっと着替えておかしなところがないかエイギットに見てもらう。失礼の無いようによく確認してから俺も食堂に向かった。

食堂にはすでに母さんや姉さんたちがいた。ミレーネはまだ幼いために正式な夕食の場には出せない。多分どこかで使用人と食事を取っているんだろう。

食堂に入ってきた俺に気づいた姉さんたちが口々に俺に声をかけてくれる。


「あら、ウォル。その礼装とても似合っているわよ。ウォルも大きくなったからサイズが合わないかもしれないと思っていたけど安心したわ。」


「本当。少しだけ型があってない所もあるけど大丈夫そうね。また今度の体に合うように仕立て直しましょうね。」


「ありがとう、エレナ姉さん、フェルナ姉さん。もうすぐ父さんたちも来るみたいだよ。」


姉さんたちにお礼を言って席に着く。母さんは姉さん達と話していたみたいだけど俺が来たことで口をつぐんでしまっている。それに気がついた姉さんたちは母さんに責めるような視線を送るが母さんはこちらを見ない。


分かってはいたし、母さんに無視されるのは悲しいけど慣れている。姉さんたちの話だと俺のことを完全に嫌っているとかそういう訳ではないらしい。ただどんなに俺の話をしても聞いてはくれないようだった。

少し気まずい空気の中でしばらく待っていると辺境伯と父さん、兄さんが食堂に入ってきた。


「待たせてしまったかな。」


「いえ、そんなことはありませんわ。」


辺境伯が一番上座に座り、その左右を父さん、母さんが座る。兄さんは父さんと俺の間にある席に座った。本当ならバルド兄さんの席があるけど今日は居ないし変に空席があるのもおかしいから繰り上げで俺の席になった。

みんなが席に着いたことを確認して辺境伯がグラスを片手に話し始める。


「さて、今日は本当にありがとう。ウォルダー君には命を救われた。本当に感謝している。」


「いえ、自分にできることをしただけです。」


「それでも立派なことだ。なかなかできることではないよ。」


「ありがとうございます。」


辺境伯に褒められたのできちんと礼をする。辺境伯は満足そうに微笑むとグラスを高く掲げた。


「それでは我がベルダン辺境伯家とグラント騎士爵家のこれからの交友を祝って乾杯!」


「「「乾杯」」」

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