第13話
立ち止まってお爺さん、じゃなくてベルダン辺境伯を見つめる。辺境伯は笑って首を振る。
「いやあまり気にしなくていい。何しろ私は君に命を救ってもらった。命の恩人に対して辺境伯だからと言って偉そうにふるまうつもりはないよ。大丈夫だ。それに君が居なければ私はこの森を抜けることもできないからな。」
ベルダン辺境伯はそんなことを言うがこれは急いで家に帰らないといけないだろう。慌てて休憩できるように魔物除けの茂みの近くにある切り株に腰かけてもらい湖に走って戻る。幸い釣竿もオーズィラックスもそのままあった。急いで網を腰に括り付け、釣竿を背負い、辺境伯の元へ戻る。
「すみません。今家に案内します。」
「おお、これが君の釣ったオーズィラックスか。ずいぶん立派じゃないか。八匹もいるがこれは売る分なのかね?」
「あ、いえ。あの自分は魔神経過剰結合症候群なので、たくさん食べないと生きられないんです。」
「なんと…。」
辺境伯は俺の病名を聞くと痛ましそうな目で俺を見る。なんだかその視線にむずむずして辺境伯を促して森を出るための足を速めた。
家に帰って辺境伯のことを話すと我が家は大騒ぎになった。それもそうだ。こんな帝国でも最北の辺境に辺境伯が来るなんてありえない。慌てて以前次兄ルードが使っていた部屋を整えて何とか客間にする。
お風呂を沸かしたり料理の準備をしたりと慌ただしい中、俺は厨房に回ってオーズィラックスの解体作業をしていた。今はみんな忙しいしあとで落ち着いたら流氷グマの話をしようかな。
解体し終わったところでエイギットに見つかる。
「ウォルダー様!」
「どうしたのエイギット。」
「辺境伯様と旦那様が書斎にお呼びです。急いでお支度を!」
慌てた様子のエイギットに連れられてとりあえずお湯で全身を拭かれ、頭を洗われる。
まぁ泥やらなんやらで汚れてたから辺境伯様の前に出すにはふさわしくなかったのだろう。
今までされたことが無いくらい身なりを整えられて父さんの書斎へ向かう。
ノックをして許可を待てばすぐに「入りなさい。」と入室の許可が出た。
「失礼します。お呼びと聞きましたが。」
「おお、ウォルダー君。すまないな、君も疲れているだろうに呼んでしまって。」
「いえ、大丈夫です。」
書斎の中には父さんと辺境伯が居た。辺境伯は普段父さんが座っている椅子に座っており、父さんはいつもバルド兄さんが座っている椅子の方に座っていた。
辺境伯はニコニコしている。父さんはちょっと複雑そうな顔をしている。
「それでウォルダー君。今回は私の命を救ってくれてありがとう。あの森に居たのは事情があるのだがまだ話せない。でも本当に君がいてくれて助かった。ぜひお礼がしたいのだが何か欲しいものや願いはあるかね?大概のことなら叶えてあげられると思うが。なんでもいってごらん。」
ニコニコした辺境伯の言葉を理解するのが一瞬遅れる。なんでも言っていいの?本当に?
不安になって父さんの方を見るけど父さんも困った顔をしている。いきなり言われても困るし…どうしよう。
「ああ、急ぎではないからゆっくり考えてくれ。私は明後日には帰るが手紙でも出してくれればいつでも君の願いを叶えるよ。」
困っている俺の様子を見て辺境伯はそう言ってくれる。それに甘えてもう少し考えることにする。というか多分これは父さんや兄さんたちと相談して決めないといけないものだ。
とりあえずお礼を言って頭を下げる。
そのあとは流氷グマを倒したときの話を詳しく聞かれた。辺境伯はうんうんと頷きながら聞いていたが父さんは顔を青くして聞いていた。
話が終わると辺境伯は改めて俺に礼を言った。それを受けた後に父さんに促されて書斎を出る。どうやら辺境伯を助けたお礼の話をしたかっただけらしい。
まぁ今日は無事に家に帰れたし人助けもできた。死ぬかと思ったけど流氷グマも仕留められた。今日はよく頑張ったなぁ。
このときの俺はそんな風に呑気にしていた。この事件が後々俺の人生を大きく変えることになるとは全く考えていなかったのだ。
ちなみに流氷グマの話を聞いた二人の姉さんには泣かれてしまった。仕方なかったとはいえ姉さん達に心配かけちゃったな。
俺の意識はもう助けた辺境伯のことから今日の夕飯のことに移っていた。
「グラント卿、しばらく世話になる。」
「いいえ、閣下。こちらこそ閣下に十分なおもてなしが出来ず申し訳ありません。」
「いや、私は卿のご子息に助けられなければ死んでいた。その上帰るまでしばらく世話にもなる。この礼は必ずするとも。」
「ありがとうございます。」
こちらが礼を言えばグラント卿も頭を下げる。こちらとしては心苦しいのだが爵位の関係もありグラント卿としては頭を下げなければならないのだろう。
とにかく頭をあげさせて本題に入る。
「それでご子息のことなのだが…。」
「ウォルダーですか?」
怪訝そうなグラント卿の気持ちも分かる。礼も言ったし報奨の話もした。これ以上何かあるのかと不思議に思ったのだろう。
「ああ、ウォルダー君のことなのだが…」
私が想定外の事故、いやあれは何者かの企みなのかもしれないが魔法具の効果で最北の森に落ちてしまい、あの魔物に襲われていたところを釣りの途中だったウォルダー君は助けてくれた。
私は本当に運が良かったらしい。あの魔物は流氷グマと言ってこのあたりの地域では見かけない凶暴な魔物だとか。並みのハンターでは遭遇したら逃げることも難しい危険な魔物だった。それを単独で仕留めたのだ。魔法使いだと聞いたがそれでもすごいことだ。しかも彼は普通の魔法使いよりずっと厳しいハンデを負っていたのに。
「彼は魔神経過剰結合症候群だと聞いた。グラント卿もご子息をあそこまで育てるのはずいぶんな苦労があっただろう。」
魔神経過剰結合症候群は不治の病だ。治ることは一生ない。この病気は裕福な家庭であればあるほど歓迎されるが貧しい家庭に生まれてしまえばそれは絶望となる。
グラント家は最北の辺境にある騎士爵家だ。その経済状況はあまり芳しくないだろう。それにこの辺りには何年か前に大寒波が来ていた。それなのに食費のかかる魔神経過剰結合症候群の子供を育てるのは尋常ではない苦労があっただろう。そう思って敬意を称したつもりだった。
「ああ…、お恥ずかしい話ですが…数年前まで私はあの子をきちんと育てなかったのです。我が家の経済状況ではいつか栄養が足りなくなって亡くなってしまうと思って。」
「そうか…。」
苦い顔をしてそう言うグラント卿の声には深い後悔と諦めの気持ちが混ざっていた。
悪いことを言ってしまった。確かに裕福ではない騎士爵家の領主という彼の立場ではそうするしかなかっただろう。
「だがウォルダー君は生き残った。そうして立派に成長しているのだから問題ないだろう。それで本題なのだが…実は、グラント卿が許可をし、彼が学園都市にある魔法学院に行くことを望むなら…学費の援助をしたいと考えている。」
「え、なぜ…?」
驚いた様子のグラント卿。しかしこちらもただの善意だけでこの提案をしているわけではない。無条件で援助をするという話ではないのだ。
「うむ、私は皇帝陛下より帝国北部一帯の国防を預かっている。管轄する範囲はこのあたり一帯なのだが…ここより東にあるアモンテル大森林も実は私の管轄になっているのだ。」
「アモンテル大森林ですか、ビリオ連邦との国境沿いですな。」
「ああ、アモンテル大森林の中には危険な魔物が多い。それでなくとも魔物の数は普通の森よりずっと多いのだ。それ故に天然の防壁となっているがな。」
アモンテル大森林は帝国の北東部に位置する広大な森林だ。隣り合うのはビリオ連邦。アモンテル大森林を挟んで国境を接しており帝国よりさらに北に位置する。かの国は昔から帝国にちょっかいをかけてくる。ビリオ連邦は帝国の国土が欲しいのではなく本命はビリオ連邦の南にあるプシニ王国が欲しいのだ。だがプシニ王国とはモント山脈という険しい山々によってさえぎられている。大軍を率いて山越えするには厳しすぎる道なのでそちらからの侵略は諦めて帝国側の大森林を攻略しようとしているのだ。
「大森林の中には帝国軍が設置した砦がある。そちらは十分に人員もいるし、魔法使いも配備されている。だが私が担当するエリアの砦には兵士はいるが魔法使いが居ないのだ。だから…。」
「私の息子をそのような危険な場所に連れていくために援助をなさるのですか。」
私の話を遮るように声を出したグラント卿はこわばった顔でこちらを見つめた。
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