第12話

思っていたよりずっとまずい状況に慌てて枝を掴んで近くの木に登る。どうやら襲われている老人は魔法具か何かを使っているらしく卵型の青く光る結界の中にいるようだった。ただもう結界はだいぶぼろぼろであと何発か流氷グマの攻撃を受けたら割れてしまいそうだった。


(どうする…。流氷グマなんて初めて見た。あんなにでかいのか!?)


座り込んでいる老人を守っている結界を苛立たしそうに何度も何度もパンチする流氷グマ。その体は恐らく目測で5メートルはある。本来、流氷グマはこのあたりの森よりずっと北の海に生息している。冬の厳しい時期を流氷に乗ってあちこちへ移動し、食料を探して過ごす冬眠しない熊の一種だ。春は繁殖期だとは聞いていたけどもしかしてそのために陸に上がった流氷グマにあの老人は運悪く出会ってしまったんだろう。

ともかく流氷グマを追い払うか、もしくは討伐しないとあの老人を助けられない。


(一番エネルギーを使わないで使える魔法は氷魔法だけど…流氷グマに氷魔法は効かない。槍の形にして刺すか…。でもあの薄青い毛皮の下は分厚い脂肪で覆われてる。)


とにかく老人から注意をそらすために手元に氷の塊を生成する。多分刺さらないだろうけど一応槍の穂先のような形にしてスピードを風魔法で上乗せし、流氷グマの後頭部に向けて思い切りぶつけた。


「ガァァァァァ!!!」


勢いよく後頭部にぶつかった氷の槍はやっぱり砕けてしまった。流氷グマの後頭部には切り傷が出来たけど血の流れ具合からして傷は浅い。

それでも老人からこちらに注意を引けたので牽制にいくつかの氷のつぶてをぶつける。


「おい!こっちに来い!」


怒り狂った流氷グマをさらに挑発しながら近くの枝に飛び移る。次の瞬間にはさっきまでいた枝が流氷グマの一撃で粉砕されていた。


「はっや!」


流氷グマとの距離は十分離れていたのに一瞬で追いつかれた。さっきいた枝だってかなり太かったのに一撃だ。追いかけてくる流氷グマから必死に逃げながら木の枝を足場にしてジャンプする。とにかく地面に降りたらまずい。あの速さじゃすぐに追いつかれる。

「ガァァァァ!」


「ダメだ。全然効いてない!」


少しでも足止めになるように流氷グマが走る進行方向に氷の壁を作っては妨害するが流氷グマの腕の一振りで粉々に砕けていく。

後ろからは怒り狂い、こちらを食い殺そうとする獰猛な叫び声が聞こえてくる。振り返るのも恐ろしいけどなんとか木々の枝を飛び移り普段大物を狩るために作った落とし穴がある場所まで流氷グマを誘導する。


「よし!見えた!」


森の中の少し開けた空間に掘られた大きな落とし穴がある。深さは確か三メートル。そこには水が貯めてあるけど流氷グマのサイズじゃ深さが足りない。

でも穴の底を底なし沼みたいにすれば……!


「これでいけるか…!?」


落とし穴の加工をするために振り返り、氷の壁を何十枚も生成して流氷グマの周囲を囲むように設置する。さっきは一枚ずつだったから一瞬で砕かれてしまったけど流石に50枚以上の氷壁の破壊には時間がかかるだろう。


「ガァァァァ!ガァァァァ!」


流氷グマは閉じ込められたことにさらに怒り、氷壁の中で大暴れしながら確実に氷壁を破壊していく。暴れる流氷グマの目の前に覚悟を決めて枝から飛び降りる。勢い余って着地したときに転んでしまうがすぐに体勢を立て直して落とし穴に駆け寄る。

落とし穴の中はやはり水が溜まっていた。水の力も利用して穴をどんどん深くしていく。

氷壁が砕ける音をドキドキしながら聞きつつ急いで土魔法を使う。しかしさっきから魔法を連発しているせいで少し頭がくらくらしてくる。

脂汗が額から伝う。早く、早く…!

最後の氷壁が砕けたのと魔法を使い終わったのはほとんど同時だった。


「落ちろ!」


氷壁を破壊し終わり俺を殺そうとものすごいスピードで飛び込んでくる流氷グマ。ぎりぎりまで引き付けてから後ろに飛び退る。そのまま流氷グマは落とし穴に落ちていった。


「ガァァァァ!」


だが落とし穴に落ちても油断はできない。落とし穴の底が沼のようになり足場が安定しないのだろう。よじ登れず穴の中で暴れ、もがく流氷グマは大きな口を開けて叫び声をあげている。その大口に狙いを定めて最後の力を振り絞り氷の槍を叩き込む。


「これで終わりだ!!」


ザンッ!!という湿った物を貫く鈍い音と共に流氷グマの喉から大量に血が噴き出す。しばらく暴れていたが段々と静かになっていき流氷グマは何度か痙攣した後に動かなくなった。


「はぁ…はぁ…、死んだ?」


流氷グマは動かなくなったがまだ安心できなくてじっと穴を見つめる。本当に動かなくなったのを確認してやっと息をつくと膝ががくがくと震え立っていられなくなり思わずそこに座り込んでしまった。


「よ、かったぁ…。」


座り込んだまま思わず空を見上げてしまう。本当に死んだかと思った。人助けのためとはいえとんでもない無茶をしたと思う。姉さん達なんて今日の話を聞いたら倒れちゃうんじゃないかな。

とりあえず落ち着くまで座って休憩することにした。正直疲労もそうだけど魔法の使い過ぎで空腹感がすごい。とにかく早く戻って何か食べたい。でもまだ立ち上がる気になれなかった

しばらく休憩していると今まで逃げてきた方向からゆっくりと人がやってくる。それは先ほど流氷グマに襲われていた老人だった。


「これは…すごいな。あの魔物を倒したのか。」


「ああ、お爺さん大丈夫ですか?怪我はありませんか。ごめんなさいちょっと疲れてしまって。」


「ああ、構わない、そのまま楽にしていてくれ。君は命の恩人だ。」

老人は穴の中で死んでいる流氷グマを見るとこちらにやってくる。なんとなく身なりや話し方からしてどうやら身分がある立場の人間のようだ。となるとなんだかおかしい。身分がある人間がお供を連れずにこんな森の奥で何をしていたんだろうか。


まぁお爺さんも来たしそろそろ動けるくらいには落ち着いた。ゆっくり立ち上がって体のあちこちを伸ばす。転んだ時に擦り傷が出来たみたいだけど全然軽い。顔を動かすと頬にピリッと痛んだ。多分枝を飛び移っている間に切れてしまったんだろう。それ以外に怪我はない。流氷グマと戦ってこれだけで済んだんだから勲章ものだろう。


「大丈夫かね。君の方こそ怪我は?」


「大丈夫です。あの、ここじゃ落ち着かないですから移動しませんか?」


「ああ、案内してくれないか。」


穴の中の流氷グマは俺一人じゃ運べない。お爺さんに手伝わせるわけにはいかないし後日兄さんと一緒に取りに来ればいいだろう。腐敗しないように血抜きだけはしたいけどできるかな。

しかし血抜きするには厳しそうだった。穴の中だから引きずり出さないといけないけど今日はこれ以上魔法を使うと空腹で動けなくなる。仕方ないのでせっかくわずかに回復したエネルギーを使って流氷グマを周りの土ごと凍らせる。春先だけどまだまだこの辺りは雪が降るくらい寒いからこうしておけば溶けることもないだろう。


流氷グマの処理をしてからお爺さんを案内しつつまず湖に向かう。あんなところにオーズィラックスを置いてきてしまったけど大丈夫だろうか。他の生き物に食べられていなければいいけれど。

今日の夕食の心配をしながら歩いているとお爺さんが話しかけてくる。


「君はどうしてこんな森の奥に?」


「食糧調達のために湖にオーズィラックスを釣りに来ていたんです。ここは家の所有する森だから他の人が入ってこないので。」


「所有する?もしかして君はどこかの貴族の家の子なのか?」


驚いた様子のお爺さんに苦笑する。確かに俺の服は狩り用の汚れてもいい服だ。頑丈だけど見た目はみすぼらしい。森に入る日は狩りの獲物をあの秘密基地で解体することもあるから仕方ない。とても貴族の子には見えないだろう。


「ここはグラント家の所有する最北の森です。あ、自己紹介がまだでした。自分はウォルダー・グラント。グラント騎士爵家の三男です。」


「おお、そうだったな。私はフリップス・ベルダン。皇帝陛下から帝国の北部を預かるベルダン辺境伯家の当主だよ。」


「え!?」


思わず振り向いてお爺さんの顔をまじまじと見てしまう。辺境伯なんて騎士爵からみたら皇帝陛下並みに雲の上の人だ。

なんでまたそんなひとがこんなところに!?

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