第11話
春、まだ雪の名残が残る深い森の中。氷が張った湖の上に防寒具をきっちり着込んだ少年の姿があった。少年は湖にあけた穴に冬の間コツコツ丁寧に作った釣り糸と釣り針をたらしこの時期に取れるオーズィラックスを釣っていた。
オーズィラックスは寒い湖の中に住むオレンジ色の身が特徴の大ぶりな魚である。大きなものでは60センチから1mにもなる巨大魚でこの地域では春のごちそうとして扱われている。春の終わりに産卵を控えているオーズィラックスはその身にたっぷりと脂と旨みを蓄えており、厳しい冬を乗り越えた人々に春の訪れを告げる素晴らしいごちそうであった。
燻製や塩漬けなど加工すれば半年は持つので保存食としても優秀な食料である。少年の傍にはもう一つ湖にあけられた穴がありそこには絞められて処理が施されているオーズィラックスが網袋に入れられて沈められていた。
「あと6匹は欲しいな…。」
少年は網袋の中のオーズィラックスを確認しながらそう呟く。すでに網袋の中には8匹ほどのオーズィラックスが絞められ、痛まぬように冷やされている。しかし少年にとってはせいぜいが一食分、よくて一日分程度でしかなかった。
家で待つ家族の分も考えるともう数匹は追加で釣って帰りたいところであった。比較的今日の釣果は良いのでもう数時間粘れば必要な分のオーズィラックスが手に入りそうであった。
「まぁ足りない分は何か狩っていけばいいかな。見つからなかったらブルフロッグでも絞めるか。」
そう呟いて垂らしていた釣り糸を揺らした。
俺が初めての狩りをしてからもう6年。俺は12歳になった。森での狩りの自由権を手に入れた俺は長兄バルドと協力しながら魔物を狩る生活を送っている。
基本的に食料確保が目的なのでブルフロッグやエレックをメインに狩り、余裕があれば換金できる魔物を狩ったりしていた。
特に鹿に似た姿の魔物、エレックは長く伸びた角が高く売れるし、毛皮は衣服やバックの素材に使える。肉も柔らかく美味しいので見つけたら必ず狩っている。
それ以外にも美しい新緑の羽が特徴のオオヤマギシや温かい羽毛が取れるコスイ鴨などはよく狩っている。
こうして狩りを続けていたおかげで俺の体は何とか同年代と同じくらいに成長した。狩りを始めた時はバルド兄さんの腰くらいしかなかった身長は兄さんの肩くらいまで伸びて、満腹になるまでとはいかなくても毎日満足できる程度には食事がとれるようになったので筋肉も付きだした。
兄さんは約束通り換金できる獲物に関してはきちんと売り上げの八割のお金を渡してくれた。俺は三男で継げる領地も、畑も、家もなければ仕事もない。二番目の兄さんであるルード兄さんは5年前に学園都市にある騎士学校に行ってそのまま帝都で騎士団に入って働いている。
騎士学校に通っている間ルード兄さんは家に帰ってこなかった。騎士学校のある学園都市とこの領地はすごく遠いし、帰るための馬車代もかかる。だから兄さんは帰ってこられなかった。それに対して兄さんは何も言っていなかったけれど騎士学校を卒業してから段々手紙が届かなくなって最近は年に一回手紙が来るだけになってしまった。
バルド兄さんは今までと変わらない。普段は領地の仕事をして、週に何日か俺と一緒に狩りに行く生活を続けている。兄さんと狩りに行くようになって兄さんと会話することが増えたから分かったこともある。
兄さんは多分家で一番苦労している人だ。元々財政管理が苦手な父さんの代わりにまだ10歳だったのに大雑把だった財政状況を整えて、さらに収入が増えるように開墾や特産品の開発なんかをしていた。そうしてなんとか領地経営を黒字にしたとたん俺が生まれ、今までの苦労が水の泡になってしまった。そこに修復中だった畑が完全にダメになることでさらに経済状況が悪化。
兄さんが俺のことを見捨てていたのも分かる。むしろ生まれて欲しくなかったんだろう。でも兄さんは父さんから俺が病気で亡くなってしまうと聞いていたので可哀想に思いつつ、助かったと思ったらしい。正直今いる家族を飢えさせないようにするので精一杯だったとか。
それでも俺は生き残り、自分で食い扶持を稼ぐようになった。畑や開墾も落ち着いてやっとお金が貯められると思ったら今度は妹のミレーネが生まれてしまった。
兄さんは今度ばかりは父さんにこれ以上子供を増やさないでほしいと言ったそうだ。もうこれ以上は限界だと。正直な話ウォルダーだけでも厳しいのにこのままでは弟たちを自立させてやれなくなるし、妹たちにいい嫁ぎ先を探してやることもできなくってしまうと。
流石の父さんも10歳から領地の財政を支えてきた兄さんの言葉には反省したらしくあれから兄弟は生まれていない。
そして兄さんはもう22歳になったのにいまだに結婚できていない。領地の経済状況はだいぶ安定したらしいんだけどやっぱりこの領地はまだまだ不便で嫁ぎ先として人気がない。
だからいまだに兄さんは結婚できていないし、それは俺の優しい姉さん達もそうだった。
エレナ姉さんは20歳になってしまった。貴族の令嬢としては行き遅れどころではない。エレナ姉さんはとても美しい人で気立てもよく、苦労している母さんを見ていたから家庭内のことは人並み以上にできる。料理も上手で騎士爵家や準男爵くらいまでならもろ手を挙げて喜ばれる存在なんだけど…。
エレナ姉さんの縁談が来たとき、まだ4歳だった妹のミレーネが病気にかかってしまった。幸い命に別状はなかったけれどその時に使った医療費でエレナ姉さんの嫁ぐ際の持参金を用意できなかったのだ。
エレナ姉さんはこのことに対して何も言わなかったけどバルド兄さんは苦い顔をしていたっけ。それから兄さんの狩りの参加率が増えた。多分エレナ姉さんだけじゃなくてその下のフェルナ姉さんの時にも同じことが起こるかもしれないと思ったんだろう。
そんな中で俺は今まで通り狩りをして食い扶持を稼いでいる。将来のことを考えてお金を貯めているけどどうするかはまだ考えてない。多分エレナ姉さんとフェルナ姉さんの持参金のことと、ミレーネの将来のことを考えると俺はルード兄さんのように騎士学校には入れてもらえない。
最低限の教育は一応受けているし、バルド兄さんから算術はしっかり叩き込まれている。身の回りのことも姉さん達から教えてもらっているから生活する力はある。
だから俺が取れる選択肢は二つ。軍学校には行けないから入隊資格の15歳になったら平民のように軍の入隊試験を受けて兵士になるか、魔物を狩る仕事がメインのハンターになるか。
正直どちらもメリット、デメリットがある。軍に入れば衣食住には困らない。でもその代わりに自由がなくなる。ハンターになるならうまくすれば軍で兵士をしているよりずっと多く稼ぐことが出来る。
それに自由だ。俺はこのまま大人になれば強力な魔法使いになるだろうと言われている。だからハンターとしても十分やっていけるとは思う。でもその代わりに生活は安定しない。自分が稼げるかどうかに全てがかかってくる。
どちらを選ぶかまだ決めてはいないけどどちらを選んでも大丈夫なようにとりあえず貯金をしている。今できることはそれくらいしかないし。
そんなことをぼーっと垂らした釣り糸を眺めながら考えていると森の西側から何かが聞こえた気がした。
「ん?」
顔をあげて音がしたような気がする方向を見る。こういう時は気のせいだと思って油断しないほうがいい。釣竿を引き上げてわきに除ける。腰のナイフを確認してからもう一度耳を澄ませる。
「……ぁ…。」
「人の声?…追われてるのか?」
警戒しつつ声の聞こえる方向へ向かう。追われているのが領民なら助けなければ、それが出来なかったらせめて遺髪だけでも回収してやらないと。
進んでいくと叫び声が大きくなっていく。急いで現場に駆け付けるとそこにはこの辺りにはいないはずの流氷グマが身なりのいい老人を襲っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます