第10話

「ウォル。ご飯よ。」


エレナ姉さんが夕飯に呼びに来るまで本とにらめっこして数時間。なんとなく感覚は掴めるところまで行けたけどどうしても発動まではいかなかった。エネルギーを使いすぎて倒れるようなことが無いようにと恐る恐る練習しているせいかもしれない。でもここで無茶をして明日以降の狩りに行けなかったらそれこそ致命傷になってしまう。


「はーい。」


「あら、魔法の練習をしていたの?ウォルは勉強熱心ね。」


「うん。でも新しいのは覚えられなかったんだ。」


「無理しなくていいのよ。少しずつできるようになればいいわ。」


姉さんに優しく頭を撫でられる。ふんわりと甘いリンゴの香りがする。デザートの森リンゴのコンポートを作っていたのだろう。わずかにシアモントの香りも混ざっていた。


「今日はお代わりしていいのよ。ウォルが取ってきたブルフロッグのお肉をエイギットが量ってくれてね。8キロもあったのよ。」


「ほんと!」


「ええ。たくさん食べてね。」


エレナ姉さんの満面の笑顔にこっちもうれしくなる。今日は姉さん達から分けてもらわなくていい。むしろ姉さん達もお腹いっぱい食べられる。

ワクワクしながら姉さんと一緒に一階の食堂へ向かう。そこにはすでに父さんやバルド兄さん、ルード兄さんが座っており、俺とエレナ姉さんは自分の席へ座った。


少し遅れて母さんが妹のミレーネを抱っこして食堂へやってくる。いつもはルード兄さんの冷たい目線やこちらを視界にも入れてくれない母さんの姿に身を縮めていたが今日はそんなことはしない。俺は自力で狩りをしたのだ。


自分だけじゃない家族の分の食い扶持だって用意することが出来たのだ。それに父さんやバルド兄さんの目が優しい。いつもみたいに無関心じゃない。ごく普通に、家族に向けるような顔だ。それを見てルード兄さんは怪訝な顔をしている。


「ごめんなさい。遅れてしまって。」


最後にフェルナ姉さんが食堂にやってくる。その後ろにはエイギットがいてニコニコ笑っている。エイギットとメイドのハンナが夕食を運んでくる。


パンはいつものライ麦パンだけど今日はスープがブルフロッグと根菜のシチュー、メインにブルフロッグのロースト、デザートには森リンゴのコンポートだ。


お祝い事や何かの行事がないと出ないような豪華な夕飯に母さんとルード兄さんは驚いている。父さんとバルド兄さんはちょっと笑っているし、エレナ姉さんとフェルナ姉さんはニコニコ顔だ。


「うむ。皆そろったな。それでは食事にしよう。ああ、今日の夕食のブルフロッグはウォルが森で狩ったものだ。」


父さんがそういったあと食前のお祈りをする。家族全員が同じようにお祈りしてから父さんが最初に食事を始める。それを見てから他の家族たちも一斉に食事を始めた。


俺も目の前にあるこんがり焼かれてじゅわじゅわと脂を滴らせているブルフロッグのローストにかぶりつきたいのを我慢してシチューに手を伸ばす。

いつもだったらこのスープはもっと具が少なくてライ麦パンを浸したパン粥もどきにしてゆっくり食べる。ゆっくり食べて時間をかけることで空腹をごまかすのだが今日はそんなことしなくてもいいのだ!


ボウルにスプーンを差し入れ中の具を掬いあげればたくさんのカブに混ざってごろごろとブルフロッグの肉が入っていた。大口一杯に口に入れ咀嚼する。

しゃくりとした食感のかぶからは野菜の甘味と肉のうまみが溢れだす。

まだ熱いそれをはふはふしながらかきこみ、飲み込む。あっという間にシチューを平らげるとエイギットがお代わりの為に空になったボウルを受け取ってくれる。


エイギットがシチューのおかわりをよそいに行ってくれている間にメインのブルフロッグのローストに取り掛かることにした。

ブルフロッグのローストには森リンゴのコンポートを作ったときの煮汁を使って作ったソースがかかっている。

ナイフを肉に入れるとパリパリとした皮の下に溜まっていた肉汁がぶわっとこぼれた。一口大に切るのももどかしくてある程度の大きさに切ったらがぶっとかぶりついた。丁寧に擦り込まれた岩塩とハーブが肉の旨みをがっつり引き出していて最高に美味い。

ぷりぷりの肉質を持つブルフロッグの肉はぶつりと小気味よい音とともに噛みきれる。断面から滝のように流れる肉汁は一滴残らず飲み込んだ。

こちらも大した時間をかけずに一人前を平らげる。そのタイミングでエイギットがシチューのお代わりを持って来た。すでに空になったメイン皿をみてちょっと驚いた顔をしていたがすぐにおかわりを用意しに行ってくれた。


この一連の流れを何回と繰り返し、最後のほうではメイン皿にはロースト三人前、シチューボウルも二倍の大きさのものに変えられていた。

生まれて初めて満足するまで食べつくし、デザートのコンポートも3回はおかわりをしてやっと一息ついた。


ふと我に返って家族を見てみると、父さんもバルド兄さんもひどく驚いた顔をしていて、エレナ姉さんにいたってはなぜか涙ぐんでいた。フェルナ姉さんはそんなエレナ姉さんを慰めていて、母さんとミレーネ、ルード兄さんはすでに食堂に居なかった。


「…ウォル。」


「はい、父さん。」


父さんが驚いた顔のまま声をかける。バルド兄さんは何かを考えている様子で姉さんたちはこちらどころではなさそうだった。


「腹は一杯になったのか。」


「はい。お腹いっぱいになりました。」


「…エイギット。ウォルが食べたブルフロッグの肉はどのくらいだ。」


父さんがエイギットに問いかけるとエイギットは一度調理場に戻り、何かを確認して帰ってきた。

何かのメモを持って父さんに一礼したエイギットも驚いている様子で、父さんの問いに答えたエイギットの返答を聞いた家族も驚いていた。


「ウォルダー様がお食べになったブルフロッグの肉の量はローストで約2キロ、スープで1キロ。合計約3キロとなります。」


「一食で3キロもの肉を食べたのか…。」


まじまじと俺を見つめる父さんは生まれて初めて満腹になるまで食べた息子に度肝を抜かれた様だった。俺もまさかそんなに食べたとは思わずびっくりした。

バルド兄さんはどうやら今後の食費でも考えているのか難しい顔になっている。エレナ姉さんは席から立ち上がると俺を抱きしめた。


「ね、姉さん?」


「ごめんなさいね、ウォル。あなたはずっとお腹が減っていたのね…。いくら私たちの分があっても足りなかったでしょう。可哀想に…。」


エレナ姉さんは泣きながら俺の頭を撫でて謝った。俺は慌ててエレナ姉さんを慰めた。

姉さんたちが謝ることなんてない。俺は姉さんたちが居なかったらそもそも生きていない。


「な、泣かないでエレナ姉さん。」


「そうよ姉さん。今日はお祝いなんだからそんなに謝らないの。ウォルが困ってるでしょ。」


「しかし、そうか…この歳でブルフロッグの肉を一気に三キロ食べるとなると将来的には一食にどれほど食べるようになるのだろうな。」


父さんは感心したような、困ったようなそんな声でそう言った。確かに毎食こんなに食べていたらいくら狩りをして自分の食い扶持を稼ぐとはいえ毎日満腹になるほど獲物が取れるとは限らない。

それに食べつくすとは限らないが森の生態系を壊してしまうことも考えながら狩りをしないといけないので、そこにも気をつけたい。


「ウォル、ちょっと早いが俺も狩りに参加しようと思う。」


「バルドお兄様?」


バルド兄さんのほうを見ると計算し終えたのかいつもの顔に戻った兄さんがこちらを見ていた。姉さんと二人で怪訝な顔をすると兄さんは苦笑した。


「いや、先ほども言ったが俺にはやりたいことがあってな。どうせお前の食い扶持も考えないといけないし、将来的に飢饉があったときに森での狩猟が役に立つだろう。いっそ一人より二人で狩ったほうが効率もいい。一緒に行こう。」


「バルド、領内の書類はどうするのだ?」


バルド兄さんが狩りに参加することを告げると父さんが兄さんにそう尋ねた。今バルド兄さんは領地の財政管理をしている。父さんは財政管理が苦手だからバルド兄さんがいないと困るんじゃないかな。


「もう今年の税収に関しての書類は終わりましたし、開墾事業も私が関わる分は終わっています。ウォルの狩りに参加しても領地に問題はおきませんよ。」


「そうなのか。だったらかまわん。ウォルの手助けをしてやれ。」


「はい、父上。まあそれでも準備が必要だから明後日から俺は参加するよ。よろしくなウォル。」


「はい、兄さん!」


こうして俺は父さんと兄さんに認められ家族の一員としてきちんと扱ってもらえるようになった。姉さんたちはニコニコ俺のことを見守ってくれているし、エイギット達も嬉しそうだ。明後日から兄さんとも狩りにいける。自分じゃ運べない大きな獲物にも挑戦できるかもしれない。

これからの未来が楽しみで俺もニコニコしながら家族の団欒を楽しんだ。

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