第9話

「ウォル。今回父上が出した狩りの自由権のことなんだけど。」


「うん。」


「これからウォルが狩った魔物で珍しいものがあったらその肉はお前がすべて食べていいからそれ以外のもの、例えば骨とか毛皮とか魔石とかもらっていいか?」


「今すぐ?」


「いいや。お前が安定して狩りが出来るようになって、満腹になるだけ肉が手に入るようになってからでいい。俺ももうしばらくしたら狩りに出るんだがその時に手に入れた毛皮とかを行商人に売る予定なんだ。その時にお前の毛皮とかも一緒に売ればお前も現金収入が手に入るぞ。」


「本当!?」


「ああ。もちろんお前の獲物を売った代金はきちんとお前に渡す。ただそのうちの二割を俺が預かってもいいか?」


「うーん。」


俺は二切れ目のパウンドケーキを食べながら考える。確かに俺はまだ狩りを始めたばかりで安定して獲物を得られるとは限らない。たくさん狩れた時の余分な毛皮とかを売ってお金を確保しておけば獲物が無くても買い物で食糧調達できる。


まだまだ先だけど独り立ちしたとき用に貯金も欲しい。子供だから行商人に直接売っても買いたたかれるかもしれない。それなら兄さんに二割のお金を払っても兄さんに頼んで売ってもらったほうがいいかな。


「うん。わかった。余った獲物は兄さんに渡すよ。」


「そうか。ありがとう。」


俺がそういうと兄さんはほっとした様子で礼を言った。そんな兄さんの様子を不思議に思う。俺は弟でしかも見捨てられた子だ。貴族、庶民に限らず帝国では家長と長男の権利は強い。獲物の自由権を手に入れたからって俺はまだまだ子供なのだから魔物の肉以外は渡しなさいと言われるのかと思った。


あと兄さんの口調が違う。父さんの書斎にいた時は仕事用だったのかな。

二切れ目を食べ終えて、三切れ目を手に取る。最後の一切れだからこれはゆっくり食べよう。

じっくり味わいながらパウンドケーキにかじりつく。

パウンドケーキを楽しんでいる俺を見て兄さんは籠に残っているクッキーを紙に包んだ。


「ほら、これも全部食べていいから。部屋で楽しみなさい。…すぐに死んでしまうのならこういう楽しみを教えるのは惨いことだと思ってお前に与えなかったが狩りが出来るようになったのならそれも変わるだろう。世界にはまだ美味しいものがあるのだと、これで知ったと思うから、それを目標にして成人まで頑張れ。」


パウンドケーキを食べ終わった俺にクッキーの包みを持たせた兄さんは俺の頭を撫でた。


「部屋に戻る途中を邪魔して悪かったな。俺はお前の兄だけどこの領地を預かる次期当主でもある。できる範囲でお前のことも助けてやるが基本的には自力で頑張りなさい。」


「はい。兄さん。」


兄さんにクッキーを持たされて頭を撫でられて、兄さんの気持ちを知った。兄さんも悪い人じゃなかった。ただ次期当主としての責任感が強いだけなのだろう。厳しいかもしれないけどこの土地で俺が生き残るためにはまず自力で生きる力を手に入れるまで存在を認められなかったのだと思う。

俺は狩りで自分の食い扶持を稼ぐその力を示した。そうすることで兄さんにも存在を認められた。俺はここで生きていっていいのだ。俺は父さんに褒められた時以上に嬉しくなった。


頑張ろう。俺はここで生き抜くんだ。


部屋に戻って棚にクッキーの包みをしまう。さっき兄さんの所でおやつを食べたからお腹は少しふくれたけどまだ満腹にはならない。

エレナ姉さん達が夕飯を作り終えるまでまだしばらくかかるだろうから魔法の本でも読もう。


本棚に数冊ある古い魔法の本を持ってきてベッドに座る。兄さんたちの部屋と違って俺の部屋にソファは無い。部屋は兄さんの部屋の半分くらいの大きさで家具は少ししかない。部屋に入ってすぐ右側に壁に埋め込まれているタイプの本棚があって、窓の近くにベッドがある。

机は左側にあるけど椅子が無い。あるのは木箱だ。台所でいらなくなった野菜の木箱をもらって椅子代わりにしているけどガタガタして座り心地が悪いからあんまり座らない。

基本的にベッドの上が俺にとってソファであり、机であり、寝床だった。


壁を背もたれにして魔法使いの歴史の本を開く。

この世界には魔法使いが存在している。大抵の魔法使いは火を出したり、風を起こしたり、水を生み出したりと自然現象を起こすものが多い。

その中でも自然関係の魔法ではなく、別の魔法を使えるものもいる。

例えば空間と時空に関係する魔法で経年劣化を防ぐ魔法が存在するらしい。この魔法は誰でも使える魔法だけどその劣化防止魔法の効果と道具の容量は使った魔法使いの魔力量によって変化する。


だから力のある魔法使いがこの魔法を使えば長期間効果を保つ道具になる。しかしそう簡単には作れないのでものすごく高価な魔道具として取引されているらしい。特に商人や軍の兵站部が喉から手が出るほど欲しがるものだとか。


確かに経年劣化が防げるのなら商人は商品を安い値段の時に大量に買い占めて、価格が上がった時に売りさばけばとてつもない利益を出すことが出来る。

軍の場合、行軍に時間がかかり、かつ軍の運用の時に一番のネックとなる物資の運搬がこの魔道具一つで済めば素早い軍の展開が行える。

帝国の防衛のために日々奮闘している帝国軍としては確かに欲しがるものだ。


魔法使いが使う魔法は二つに分類されている。自然関係の魔法や先ほどの道具にかけると便利な魔法たちは生活魔法に分類されていて、もう一つは攻撃魔法だ。

こちらは生活魔法の威力をあげて攻撃力を高めたもので軍に所属している魔法使いや騎士なんかはこちらを習得している人が多い。


魔法使いは数が少ないけど帝都にはそれなりの人数がいて日々研究がされているらしい。まず成人まで生き抜くのが目標の俺には関係ない話だ。今の俺に必要なのは獲物を捕らえるために使える魔法を覚えること。


「俺はまだ使える魔法が少ないし、たくさんは使えない。エネルギーだって自由には使えないから効率のいい方法を見つけないと。」


効率よく魔法を使えるようになるための訓練方法を探すがやはり本に載っている訓練方法は普通の魔法使い向けのものばかりでなかなかいいものがない。というかそもそも魔神経過剰結合症候群の人間は魔法を使うために身体に魔力を浸透させるという初歩的な訓練をしなくてもいい。


普通の魔法使いは魔法を使うのに少し補助がいる。身体から魔力を放出するには魔神経に魔力を通さなければいけないが魔神経に魔力を通すことに普段から慣れていないととっさに魔法を使うことが出来ない。


しかし魔神経過剰結合症候群の魔法使いは全身の器官に魔神経が絡みつき生命活動をするだけで魔力を使っている状態なので意識しなくとも常に全身に魔力が満ちている。なので魔神経過剰結合症候群の魔法使いは素早く、かつ威力の高い魔法を扱える。


効率よく最小限の魔力で魔法を使うには魔法を正しく理解しなければいけないがこんなド田舎に魔法を教えてくれるような人間はいない。

俺が使える魔法は風を操るものと水を生み出す初歩的なものだけ。それでも風の魔法を石に使って威力を上げれば魔物の傷つけるくらいの威力が出せるし、水を生み出す魔法も解体の時や、血の匂いを消したいときにハーブと一緒に使うことで魔物除けの薬を作り出せる。


狩りをするには問題ないが身を護るには少し足りない。できれば火を起こすものも覚えられたらあの川にある広場で簡単な食事を作るくらいはできるようになるのではないだろうか。


「できたら土を扱う魔法も覚えておきたいなぁ。」


土魔法を覚えたら落とし穴を作って大物の魔物も仕留めることが出来るようになるだろう。そうしたらどのくらいたくさんの肉が取れるかな。森に狩りへ行けない日があっても前の日に罠を仕掛けておけば次に行ったときに獲物が取れるかもしれない。


「まず火魔法と土魔法を覚えよう。」


本を片手に魔法の練習をする。さっき兄さんにおやつをもらっておいてよかった。魔法の練習はエネルギーに余裕があるときしかできないから今まで練習できたのが消耗の少ない水魔法と風魔法だけだった。


兄さんに貰ったあのパウンドケーキのおかげでだいぶ余裕がある。この後の夕飯でブルフロッグのローストとデザートが出ることが分かっているからギリギリまで魔法の練習をしていてもエネルギーの補給は問題ない。


「よし。やるぞ!!」


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