第8話

父さんの書斎から出てエレナ姉さんとエイギットが調理する台所へ向かう。台所に入るとエイギットが解体用のナイフを洗っているところだった。エレナ姉さんは奥のほうで解体したブルフロッグの骨をまとめて鍋に入れ火にかけていた。


ブルフロッグの骨はよく煮込めば出汁が出る。エレナ姉さんは鍋に洗ったブルフロッグの骨と俺が取ってきたシアモントの枝を叩いて香りを出すと同じく鍋に入れた。これで煮込めばそれだけで美味しいスープが出来る。具が無くても美味しいが今日はブルフロッグの骨からこそげ取った肉の欠片もたっぷり入れてくれるだろう。


鍋の傍にこそげた肉と玉ねぎ、にんじんにカブが用意されているところを見ると具だくさんスープにするつもりらしい。


ワクワクしながらエレナ姉さんの様子を見ていると入り口に立つ俺とフェルナ姉さんに気づいたエレナ姉さんがにっこり笑って手招きをした。


「おかえりなさいウォル。お父様はなんて?」


「うん。俺が取った獲物は全部俺の自由にしていいって。」


「よかった!これから姉さんもたくさん腕を振るえるわね。ウォルの好きな料理たくさん作るわよ。」


「やった!」


「エレナ姉さん、何か私が何か手伝うことあるかしら。」


「そうねぇ…。」


俺の報告を嬉しそうに聞いたエレナ姉さんは腕まくりをしていて、それを見たフェルナ姉さんがエレナ姉さんの手伝いをしようと声をかける。


エレナ姉さんはちょっと悩んだ後に何か思いついたようで小さめの鍋を持ってくるとかまどにかけ、蜂蜜と先ほども使ったシアモントの枝を用意した。


「今日のデザートに森リンゴのコンポートを作るつもりなの。フェルナはそっちを作ってくれるかしら。作ったコンポートを少し使って今日のメインディッシュ用のソースも作るつもりだからお願いね。」


「ええ、分かったわ。ソースのほうも私が作っておくわ。」


「ねぇ。俺もなんか手伝うよ。」


姉二人が料理の支度を始めたので俺も何か手伝おうと思って声をかける。

しかし姉二人はそろって「ウォルは休んでいていいのよ。」と言い、俺を台所から出してしまった。エイギットに助けを求めようと目線を向けるがエイギットは「私はブルフロッグのローストを作らねばならないので…。」と苦笑いしている。


仕方ないので自分の部屋に向かう。屋敷にある俺の部屋は二階の一番東側にある元物置だ。兄2人はそれぞれの部屋があるが姉二人は一つの部屋で、妹は両親の寝室で暮らしている。本来なら一人部屋になるのは父と長兄バルドだけなのだが俺が見捨てられたことにより次兄ルードの部屋に住人が増えなかったという背景がある。



俺が赤子から成長し幼子になってもいつ死ぬかわからないということでルードの部屋に入ることはなく、空いていた小さな物置を片付け、そこに俺は暮らすことになった。


俺の部屋は元物置ということで様々なものがある。本もその一つだ。一応こんなド貧乏でも我が家は貴族家だ。だから図書室はあったのだけどものすごく小さい。というか最低限の本しかなかった。だから図書室を利用する人間なんてバルド兄さんしかいなかったのだがルード兄さんの部屋を作るときに図書室を片付けてしまった。



図書室にあった本はバルド兄さんがほとんど自室に持って行って管理しており、それ以外の本は俺の部屋の物置にしまわれていた。バルド兄さんが持って行かなかった本の中には文字の読み方や計算の方法、魔法について、またこの帝国の歴史の本が残っていた。俺は空腹で動けないときや、動いてエネルギーを減らしたくないときに本を読んで勉強していた。狩りの方法だって部屋に唯一ある魔法使いの冒険譚を読んで学んだのだ。


部屋にある本はもう読みつくしてしまって他の本はバルド兄さんが持っている。今まではバルド兄さんも忙しそうで、俺にも余裕がなかったから本を借りることが出来なかったけど魔物の肉を食べてエネルギーに余裕が出来たら兄さんに声をかけて借りてみたい。


部屋に戻ってもう一度魔法の本を読んでみることにした。今日生まれて初めて魔法を使って実践してみたけどもっとエネルギーの効率がいい方法を見つけなきゃ。


魔物を狩れてもエネルギー切れで倒れたら意味がない。獲物を運べないし、他の魔物に襲われたらそれこそ死んでしまうだろう。


今まで俺は生きながら死んでいた。これからは生きたい。たくさん美味しいものを食べて姉さんたちに恩返ししたい。…いつか母さんに抱きしめて欲しい。


そのためには頑張って生き延びなきゃ。生きてお金を稼いで、この国を回って美味しいものを探すのが今の俺の目標だ。


そんな決意をしながら部屋に戻る途中、俺の部屋の方向から誰かがやってくる様子が見える。何かの書類をもって歩いてきたその人は長兄のバルド兄さんだった。


「ああ、ウォル。ちょうどよかった。話があるんだが今平気か?」


「え、うん。」


俺の目の前まで来るとバルド兄さんはひょいとかがんで俺と目線を合わせる。俺はバルド兄さんがこんなに近くにいることにびっくりしてよくわからないまま頷いてしまった。バルド兄さんは俺の返事を確認すると「よし、じゃあおいで。」と言い、俺の手を握って歩き出した。


突然の兄さんからのスキンシップに俺の頭の中は真っ白になってしまい、混乱した俺は手を引く兄さんのなすがままどこかに連れていかれた。


兄さんが連れてきたのは俺の部屋の正反対に位置する兄さんの部屋で書類を握っており、もう片方の手は俺と繋いでいて両手がふさがっている兄さんは行儀悪く足でドアを開けた。


「よっと…。やっぱり立て付けが悪くなっているな。予算に余裕が出来たら屋敷の修理もしたいんだが…。ああ、そこのソファに座ってなさい。今お菓子をあげるから。」


「えっと…うん。」


ソファに案内されてそこに座らせられる。俺を置いて兄さんは机の後ろにある棚の引き出しをがさがさと漁っていた。


兄さんがお菓子を探している間に部屋の中を見回す。部屋に入ってすぐにソファとテーブルがあり、部屋の左側には本棚と大き目の机と椅子のセットがある。右側にベッドがあり、クローゼットが少し開いていた。


几帳面だと思っていたがバルド兄さんは思ったより適当なんだろうか。きょろきょろと部屋を見ているとお菓子を見つけたのか籠にいくつかのクッキーを盛って兄さんが向かい側のソファに座った。


「ほら、お腹が減っただろう。おやつを食べなさい。お前ならこの時間に食べたとしても夕飯は問題なく食べられると思う。」


そういって兄さんが差し出してきた籠の中にあったのはナッツとドライフルーツがたっぷり入ったクッキーとずっしりと重たいパウンドケーキだった。クッキーは山盛りでパウンドケーキも分厚く切られているのが数切れ入っている。


「どのくらい食べるかわからないから出せるだけ盛ってみたが足りるか?足りなかったらすまないがもう無いんだ。これで我慢してくれ。」


「ううん。ありがとう。嬉しい。」


兄さんがおやつをくれたことが嬉しくて兄さんに返す言葉がぶつ切りになってしまうが仕方ない。兄さんが食べなさいと言ってくれるので遠慮せずに目の前のお菓子に手を伸ばす。まずは分厚いパウンドケーキだ。手に持ってみるとやはりずっしりと重みを感じる。


どうやら栗の蜜漬けを刻んだものがたくさん入っていて見た目よりも重たい。クルミも入っているようで香ばしいナッツの香りとぷんと広がるバターの香りが混ざり合ってとんでもなく美味しそうなケーキだ。


我慢できなくなって大きく口を開いてかぶりつく。もぐもぐと咀嚼するとバターや卵をたっぷり使った生地の優しい甘みと栗の蜜漬けのほくほくした触感、かりこり砕けるクルミのアクセントが楽しい最高のパウンドケーキが口いっぱいに広がる。


ほんのり酒の匂いはするがそれもまたこのパウンドケーキの魅力を引き出していてものすごく美味しい。


夢中になってもぐもぐするとあっという間に分厚い一切れが無くなってしまう。俺の手と同じくらいの大きさだったのに一瞬で終わってしまった。


あんまりにも美味しかったので食後の余韻に浸ってぼんやりしてしまう。


本当に、美味しかった。


俺のそんな様子を見ていた兄さんは苦笑いをしていた。お菓子の入った籠を俺のほうによせると「食べながらで聞いてくれ。」と言って本題を話し出した。

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