第7話 腹ペコ魔法使いの父


次女と三男が仲良く手を繋いで部屋を出ていく。それを見送ってから背もたれに身体を預け、大きなため息をついた。


「あんなに大きくなっていたのか…。」


閉じた目の裏に浮かぶのはすっかり大きくなっていた幼い息子。領主として、一家の家長としてそうせざるを得ないと判断し、切り捨てた小さな息子。


魔神経過剰結合症候群という不治の病を持って生まれてしまったがために裕福ではない我が家の財力では十分に育てることは出来ないと考えた。このままこの子を育てても成人するまで育てることは厳しいし、我が家には他の子どもたちもいる。他の四人の子供たちとこの息子を天秤にかけて俺はこの息子を切り捨てた。


とはいえ自らの手で息子を殺すことは出来ないし、世間体もある。どうせ食事が足りなくて餓死するのだろうからと思いなるべく視界に入れないようにすることにした。


切り捨てたとはいえ、可愛い息子の一人だ。そんな実の息子を見殺しにするという罪悪感は強かった。しかしこの時はこうするしかなかった。動揺する妻に「あの子は死んだ。そう思え。」と何度も何度も言い聞かせ、子供たちにも「あの子は近いうちに病気で死んでしまう。」と言って関わらせないようにした。そうしてウォルダーは赤ん坊のうちに死んでしまうはずだった。


俺の想定外だったのは長女のエレナが俺と妻の会話を聞いてしまったことだった。病気で死んでしまうと聞いたエレナはかいがいしく弟のウォルダーの世話をした。しかしウォルダーは空腹を訴えることはあっても熱で寝込んだり、咳で夜眠れなくなるようなこともなく元気だった。


どうも様子がおかしいと思っていたエレナがある日俺の書斎にやってきたところで妻に言い聞かす私の声を聞いてしまったのだった。


ウォルダーが魔神経過剰結合症候群であり、食事を与えれば死ぬことはないということを知ったエレナは激怒した。優しく穏やかな性格の長女があんなにも怒る姿は初めてで、妻も俺もどうすることもできなかった。エレナは「お父様達がウォルを要らないとおっしゃるなら私が育てます。」と宣言した。


この時まだ8歳だったエレナは自分の分の食事を分け与え、それでも足りない分は次女のフェルナや屋敷の使用人に手伝ってもらい、領民の手伝いをしてまで食料を集め、ウォルダーを育てた。エレナの献身と使用人たち、領民などの多くの人間の協力によって赤ん坊の時に死んでいた筈だったウォルダーは6歳まで生き延びた。そうしてこの子はこの先を生き延びるために自力で魔物を狩るようにまで成長したのだった。


今回ウォルダーが狩ってきたブルフロッグは家畜化してあるものであれば子供でも面倒を見ることが出来る下級魔物ではあるが野生のものは大の大人でも怪我をする危険な魔物である。6歳になったばかりの、しかも体の小さいウォルダーに狩れる獲物ではない。しかし、ウォルダーは魔法使いであった。


魔神経過剰結合症候群の子供は生まれつき強力な魔法を使える魔法使いだがその多くは成人する前に死ぬ。生きるためだけでも膨大なエネルギーを必要とする魔神経過剰結合症候群の子供が魔法を使うとなると生きる分に加えて魔法分のエネルギーが必要だ。


しかしエネルギーがあり、問題なく魔法が使えるのなら下級魔物ぐらいなら簡単に狩れるようになる。


とはいえ初めての狩りで、しかも知識もあまりない子供のウォルダーが狩ってきたということはあの子には魔法もそうだが狩りの才能もあるのだろう。


「これはどうしたものか…。」


「どうかしましたか、父上。」


思わず口から出た愚痴に隣のテーブルで財務関係の書類を片付けていた長男バルドが反応する。先ほどのことはもうこの子の中では済んだことらしくさっさと残りの仕事に取り掛かっている。そんな頼もしい長男の姿にそのまま口から愚痴がこぼれた。


「ウォルのことだ。あの子のことは考えたくなくてずっと避けていた。しかし、あの様子ならもしかしたらウォルは成人するまで成長するかもしれない。」


「そうですね。」


「そうしたらあの子の将来のことも考えてやらないといけないだろう。」


「まぁそうですね。俺も考えることが増えましたし。」


俺の話を聞きながらバルドはものすごい速度で計算の必要な書類を片付けている。この子には算術の才能があったから長男でなければ帝都にある帝国学院に進学させてやりたかったが仕方ない。幸い領主としての資質も十分に持っていたから今ではこの領地の財務関係の業務をほとんど任せている。


ウォルのことを考えるとなるとこの子と相談せざるを得ない。領地の税収は何とか回復してきているのでもしかしたらウォルのことも家計に入れていいかもしれない。


「ウォルは魔法使いだろう。将来この領地で雇っていくつもりはあるのか?」


将来この領地を継ぐのはこのバルドだ。領地の開発に魔法使いが居れば土地の開墾や輸送などでずいぶん楽が出来るだろう。そう思ってバルドに聞いてみると意外にもバルドはすぐに首を横に振った。


「いいえ。そのつもりはないです。魔法使いを雇うほどの給金は用意できないですし、あの子をこの領地のために働かせるのはあまりにも惨いです。」


「そうなのか?」


「あの子がもし成人できるのならあの子は強力な魔法使いになるでしょう。そうしたらこの領地でもらう給金より帝国軍の士官にでもなったほうが稼げますよ。成人して、魔法を日常的に使うならもっと食べるようになるから金も要りますしね。」


「そうか…。じゃああの子を軍学校にでも入れるつもりなんだな。」


「それなんですが…。」


バルドの将来設計を聞いていたがこの子はきちんとウォルのことも考えていたらしい。軍人か。次男のルードは剣の才能があったからバルドが無事に跡を継いで後継ぎが出来そうなら帝都にある騎士学校に入れるつもりだったが軍人でもいいな。軍学校のほうが金は掛からないと聞くし、下の息子たちは軍人として生計を立ててもらおうか。


そんなことを考えているとバルドが書類の手を止める。不思議に思ってバルドを見ると何やら思案顔をしていた。


「…まぁこれは確定ではないんですけど可能ならウォルは帝国魔法学院のほうに入れたいと思っています。」


「魔法学院か!しかし軍学校より金は掛かるぞ?」


この帝国の中心である帝都カイザルから少し離れた土地に作られた学園都市ネーヴァ。帝国の最高学府である帝国学園と帝国唯一の魔法学校である帝国魔法学院。この二つの学校とそれに関わる産業が集まる学園都市はまるで一つの国家のような世界らしい。


帝国学園は貴族と特待生として優秀な平民が入学できる帝国の最高学府だが帝国魔法学院は魔法使いのみが入学できる特殊な学校だ。魔法使いは貴族に多く、平民に少ない。その中でもウォルのような魔神経過剰結合症候群の魔法使いはほとんどいないと言える。


貴族に生まれれば別だが平民に生まれる魔神経過剰結合症候群の子供は大抵が死ぬからだ。そして貴族の中に生まれる魔神経過剰結合症候群の子供も少ない。貴族の子供で魔神経過剰結合症候群として生まれると貧乏貴族でなければもろ手を上げて喜ばれるらしい。我が家のような貧乏貴族家なら別だが。


しかしウォルを帝国魔法学院に入学させるには金が足りない。我が家の貯蓄はルードの騎士学校の入学金と学費。そしてバルドの結婚資金分しか余裕はないのだ。


「入学金や学費はどうするんだ?特待生制度でも使うのか。」


「魔法学院では貴族の子供に特待生制度は適応できないことになっているんです。」


「じゃあ本当にどうするんだ。」


「あと少しで新たに開墾した東の畑と村落の開発が終わります。そうしたらしばらく俺も手が空きますからウォルと一緒に森で狩りをしようと思っています。あの子は食べる分の魔物を狩ればいいですし俺は換金できそうな魔物でも狩ってウォルの学費やルードの騎士学校の仕送り分を貯めるつもりですよ。」


「そうか…。」


確かに今やっている開墾が終わればしばらく開墾や畑仕事をしなくても済む。狩りの仕事に行っても問題ないだろう。家畜を増やす計画を立ててもいいかもしれんな。


「そうか。ならお前にも森での狩りの獲物の自由権をやろう。好きに狩りをして資金を稼ぎなさい。」


「ありがとうございます。」


バルドは礼を言ったあと手を止めていた書類に再び取り組みだした。俺と同じでウォルのことには興味がないと思っていたが長男として、次期当主として下の兄弟たちの将来の采配はきちんと考えていたのだな。


しっかり者の長男に負けぬように俺も当主として頑張らなければ。


バルドの言葉に安心し、俺もまたウォルたちがやって来て止まっていた領政の書類を片付け始めた。

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