第6話 腹ペコ魔法使い 許可をもらう


「ほら行きましょう。」


姉さんに手を引かれ書斎の中についに入る。書斎の中には大きなテーブルがあり、そこの椅子に父さんが、近くの小さなテーブルにある椅子に長兄であるバルド兄さんが座っていた。


父さんはフェルナ姉さんを見た後に俺に目線を向けた。本当に久しぶりに父さんの目を見る。物心ついた時から父さんの顔なんてまともに見たことなんてなかった。


怪訝そうな表情の父さんの顔。父さんの顔をまじまじと見るが俺は父さんには似ていないようだった。がっしりとした体つきにいかめしそうな顔つき。目つきも鋭くてちょっとたれ目な俺は母さんに似たのだろう。


「それでどうしたんだ。ウォル。」


父さんを観察している間ずっと黙っていたのでしびれを切らした父さんが俺に声をかける。一瞬父さんが俺の名前を呼んだことが理解できなかった。ちょっとしてそれを理解し、慌てて声を出した。


「あの、俺狩ってきました。」


とっさに出たのはそれだけでそれを聞いた父さんはますます怪訝そうな顔になる。まずい、ちゃんと話さなきゃ、父さんが俺を見てくれているのに。


慌てるとますます声が出なくなる。緊張で一杯一杯な俺をみてフェルナ姉さんが助け舟を出してくれた。


「今日ウォルが魔物を森に狩りに行くと言ったでしょう?ウォルはちゃんと狩りに成功したのよ。」


「なんだって。」


姉さんの話にひどく驚く父さん。近くにいたバルド兄さんも驚いた顔でこちらを見ていた。姉さんがせっかく出してくれた助け舟に乗っかり、俺も自分の言葉で報告する。


「そう。そうなんだ。俺ブルフロッグを狩ったんだよ。」


「一人でか。」


「うん。」


「そうか、一人でなぁ…。」


父さんは腕を組み、少し唸って天井を見上げる。バルド兄さんは急いで何かを紙に書きつけていた。その状態で父さんはしばらく唸っていたが、こちらを見て俺を手招きした。


「ウォル。来なさい。」


「はい。父さん。」


恐る恐る父さんの元へ近づく。やっぱり俺の頑張りはまずかったんだろうか。父さんに怒られるんじゃないだろうか。内心怯えながら父さんの目の前まで近づくと俺の頭にぬっと父さんが手を伸ばした。


殴られるのかもしれないと思ってとっさに目をつぶる。しかし父さんの手は優しく俺の頭の上に置かれた。


びっくりして目を開けると父さんはいかめしい顔つきのままだったが俺の頭を撫でてくれていた。


「一人でブルフロッグを狩ったのは偉い。よく頑張った。」


ぽかんとして俺の頭を撫でる父さんを見つめると父さんは途中で困った顔をして載せていた手を降ろした。


予想していなかった父さんの行動に驚いて固まってしまった俺は父さんに頭を撫でられて褒められたという事実を理解すると頭が真っ白になってしまっていた。


どうしよう、褒められた。褒められただけじゃない。父さんが頭も撫でてくれた!


じわじわと沸き上がる嬉しいという感情。嬉しくて、それが抑えきれなくて、思わず姉さんの元に駆け戻ってしまった。


「ウォル?」


驚いた様子の父さんに姉さんは苦笑をかえす。父さんは姉さんに抱き着いて顔を隠す俺に困っているようだったが俺としても今は父さんのほうを見られない。


姉さんはしがみつく俺の頭をなでると父さんにちょっと咎めるように言った。


「ねえお父様。ウォルを見ると辛くなるのはわかるけどもう少しこの子を見てほしいわ。ウォルはね、お父様に名前を呼ばれて、頭を撫でられて、褒められた。そのことだけでいっぱいいっぱいになってしまうほどお父様達からの愛情に飢えているのよ。」


フェルナ姉さんの言葉に黙り込んでしまう父さん。姉さんに優しく促されてうつむきながらも父さんのほうに向きなおる。ちらっと父さんの顔を見ると父さんは困ったような後悔しているようなそんな複雑な顔をしていた。


「そうか…。いやすまなかった。確かに俺は領地のことを考えてお前を見殺しにする選択をした。領地のためとはいえ息子を見殺しにする、その罪悪感でお前のことを見て見ぬふりをした。お前にはひどいことをしたな。許してくれとは言わんが悪かった。」


父さんはそう言うと頭を下げた。再びぽかんとした顔で父さんの下げられた頭を見る。俺のことについて父さんが謝っている。俺を見捨てた判断は間違っていなかったという父さんのことを俺は恨んでいなかったから余計に驚いた。


「えっと、うん。平気です。大丈夫。」


もごもごとした言葉しか出ない俺に怒ることなく父さんは「そうか。」とほっとした顔をしている。あまりにもぎこちない親子の会話にしびれを切らした姉さんがこの書斎に来たもう一つの目的を話し始めた。


「それでね、ウォルがこれから森で狩った魔物は基本的にウォルの物にしてもいいでしょう?この子が満足に食べる分の食事を私たちが用意できない以上は仕方ないことだと私は思うのだけど。」


姉さんの言葉にハッとした父さんはまた唸りだす。


腕を組み、顎に添えた手で髭をいじりながら何かを考えているようだった。


父さんがこれでだめだと言ったら俺はこれから堂々と狩りにいけなくなる。隠れてこっそり森に行くしかない。しかもこっそり狩りをするなら屋敷に帰ってエイギットやエレナ姉さんに調理してもらうこともできなくなる。


あの川の広場で簡単に捌いて焼いて食べるしかない。それでも空腹を満たすことは出来るけどやっぱりできる限り調理した美味しいものが食べたい。


父さんが何を言い出すか少し怖くなって姉さんの服の裾を握りしめる。それに気づいた姉さんは手を握ってくれた。


「許可を出してもいいんじゃないですか。」


唸る父さんを見つめていると今までずっと黙っていたバルド兄さんが口を開いた。驚いてバルド兄さんのほうを向く。先ほどまで何か書き物をしていたバルド兄さんは顔をあげて父さんを見て、また口を開いた。


「ウォルが自力で狩ってきた魔物なんだし、別に領地の開発に何か影響があるわけでもない。現状あの森に入るのはウォルだけだし、いくら魔神経過剰結合症候群のウォルが満足するまで食べたとしてもあの森の魔物を全て食べつくすこともないでしょう。」


バルド兄さんがそう言うと父さんは「そうだな…。」と言って組んでいた腕を解く。


まさかバルド兄さんが味方してくれるとは思わなかった。バルド兄さんも両親と同じく俺にほとんど関わったことが無かったから本当に思わぬ援護射撃だった。バルド兄さんの言葉を聞いて父さんはさらに何かを考えていたようだったが決心がついたらしい。


フェルナ姉さんと俺のほうに向きなおると父さんは口を開いた。


「分かった。許可しよう。」


「本当?よかったわね、ウォル。」


「ありがとう、父さん。」


笑って俺の頭を撫でてくれるフェルナ姉さんを見上げてから父さんの目をまっすぐ見つめてお礼を言う。これで俺は今後も森で狩りが出来る。取れた獲物は全部俺のものにしていいのだ。


しっかり目を合わせて礼を言う俺を見て父さんはそのしかめっ面をちょっとほころばせて笑う。


なんだか不思議な気持ちだ。ブルフロッグを狩っただけでこんなにも父さんの態度が変わる。兄さんだってその意図は分からないけど俺の味方をしてくれた。


姉さんたちにだって恩返しができるかもしれない。…本当に、もしかしたら母さんも父さんみたいに俺を褒めてくれるかもしれない。


本当に嬉しくて嬉しくて笑顔のまま父さんたちの書斎から退出する。退出する俺に父さんは特に何もしてこなかったけどその目は優しかったし、兄さんは「あとで夕食の時にな。」と軽く手を振ってくれた。


フェルナ姉さんと二人、手を繋いでエレナ姉さんの手伝いに向かう。本当にブルフロッグを狩れてよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る