第3話 腹ペコ魔法使い秘密基地を見つける

沼地から少し離れたところに川があった。大き目の岩がいくつか転がっていてちょうど身を隠せそうな隙間が出来ている。隙間に他の魔物が隠れていないか慎重に調べつつ川辺の小さい平地にブルフロッグを転がした。背負い籠を降ろし、改めてブルフロッグに向き直る。


「美味しそうだなぁ。」


丸々と太ったブルフロッグはよく肥えていて旨そうだ。石に勢いをつけるだけだったとはいえ魔法を使ったのでひどく腹が減っていた。しかしここでブルフロッグをさばいて食べるには危険すぎる。肉を焼いている間に他の魔物が寄ってくるかもしれないし、寄ってきた魔物によっては逃げることもかなわず殺されてしまうだろう。


撃退しようとしても腹が減っている今の状態で魔法を使えば魔物を倒し切る前に俺が餓死する。


とにかく早く血抜きと内臓の処理をして帰ろう。家に帰ればエレナ姉さんが美味しく料理してくれる。今すぐにでもブルフロッグを焼いて食べたいという欲求をグッと我慢してブルフロッグの処理に取り掛かった。


頭にこぶし大の穴が開いたブルフロッグはかなり見た目がきつい。しかし生命力が強いブルフロッグの一番簡単な倒し方は頭を破壊することなので仕方ない。特に肉が欲しい俺にとって必須の倒し方だった。


「よいっ…しょっ。」


持って来たナイフを握りしめ、蹴って仰向けにしたブルフロッグをさばいていく。頭を落として腹を裂いて内臓を取り出す。取り出した中身は穴を掘ってそこへ埋めた。

川の浅瀬で血まみれになったブルフロッグをじゃぶじゃぶ洗った。腹の中もしっかり洗い、ゆすぐ。


「内臓も食べられるらしいけど今の俺じゃ持って帰れないな。」


川の中に石で囲いを作り、そこへ血抜きのために大きな血管を切ったブルフロッグを沈めた。空になった腹の中に石を詰めて重しにする。


川の流れはそれほど早くないのでブルフロッグが流されることはない。流れていく水に混ざってブルフロッグの血液が流されて行った。


「びしょ濡れになっちゃったな。」


俺と同じくらいの大きさのブルフロッグを洗ったのでズボンもシャツの裾もずぶぬれだ。


今の季節は秋だがこの地域の秋はかなり涼しい。しばらくすれば本当に風邪をひいてしまうだろう。


川の流れを利用したブルフロッグの血抜きをしている間に急いでナイフを洗う。ブルフロッグの油でナイフがぬめっていて洗いにくい。これは対策をしなくてはいけないだろう。


何とか血と油を流したナイフの水気を服の裾で拭う。何かナイフ専用の手入れ道具も用意しないと。


でもどうやって手に入れればいいんだろう。


このナイフだって猟師のいらなくなったナイフを譲ってもらったものだ。今日も父たちに森で狩りをしてくると言ったが何も道具を用意してくれなかった。道具がいるかとも聞かれず、ただ「そうか。」とだけ言われた。そんな父たちの様子は予想できたがやはり少し悲しかった。


まあ手に入らないもののことを考えていたって仕方ない。俺には優しい姉さんたちがいる。

それだけでも十分だ。ナイフの洗浄が終わったので周囲を少しだけ探索してみることにした。



今俺がいる場所は川のすぐそばにある大岩に囲まれた少しひらけている平地だ。大体3メートル四方の広場でこの広さがあれば小さな小屋なら作れるかもしれない。広場を大岩に沿ってぐるりと歩いてみる。俺がここに来るときに通った岩の隙間は茂みになっていて先程は気づかなかったが外からは見えないようになっていた。


広場には特に珍しい植物も生えていない。川幅は5メートルほどでそれなりに広い。向こう岸に渡るには泳ぎだけでは厳しそうだった。何か生き物がいないか川の中を見てみると小さいが魚影が見える。もしかしたらここで魚が取れるかもしれない。新たな食料確保の場所の発見にうれしくなる。いつでもブルフロッグが狩れるとは限らないし、その間の食料確保は俺にとって急ぎで解決しなければいけない重大な問題だった。


広場はある程度見回ってみたのでこの広場の外を見ることにする。この広場の入り口である茂みを抜けて外に出る。俺が引きずってきたブルフロッグの血痕が沼地のほうから続いている。


「うわ、これはまずいかも。」


ぽつぽつと血痕が残るこの道は他の魔物を引き寄せる原因になってしまう。俺がもっと成長して強い魔法を使えるようになればあえてこうして他の魔物を集めて一網打尽、なんてこともできるかもしれないが今の俺には危険すぎる。


血痕に急いで土をかぶせていく。応急処置だしほとんど効果はないと思うけどやらないよりましだ。でもこんなに血が落ちているのによく他の魔物が寄ってこなかったな。


不思議に思って周りの茂みを調べてみるとその茂みはただの茂みではなく魔物除けの効果があるロマーズの枝で出来ていた。よく見ればこの川の近くに生えている植物はほとんどが魔物除けの植物だった。


「ここは魔物が寄らない領域なのか。」


歩き回って調べると川を中心として半径1キロメートルほどの範囲に魔物除けの植物が生えていた。少し狭いが安全な領域を見つけられたのは思わぬ収穫だった。俺が先ほどブルフロッグを狩った沼地は川から大体1.5キロほどの位置にあり、ここならブルフロッグを狩った後にすぐ逃げ込める。俺がある程度成長するまでここは大事な狩場になるだろう。


「あ、森リンゴの木だ!」


川から東側に進むと茂みに生える魔物除けの植物が変わった。ロマーズではなく甘い香りがするシアモントの枝に代わっていた。この枝は葉と枝の皮を乾燥させると料理に使える調味料になる。エレナ姉さんのお土産にしよう。背負い籠にいくつか枝を折って放り込む。姉さんは喜んでくれるだろうか。


シアモントの茂みを抜けた先に赤い果実をたわわに実らせた森リンゴの木が何本か存在していた。


森リンゴの実る季節は今がちょうどだ。森リンゴの木は背が低いので子供の俺でも何か木の枝を使えば森リンゴを収穫することが出来そうだった。



その辺に転がる長い枝を握って森リンゴの枝を叩く。何度か叩くがなかなか森リンゴは落ちてこない。ちょっと考えて腰につけていた荒縄の残りを森リンゴの枝にかける。


枝から垂れる荒縄の両端を握ってグッと体重をかければ枝はしなり森リンゴが手に届くところまで下がってきた。


荒縄を離さないように気をつけながら森リンゴに手を伸ばす。片手には収まり切れないほどの大きさの森リンゴを掴み、枝からねじり採る。


ぶつんと枝が跳ね、反動で俺の体が一瞬浮かぶが俺の手にはしっかりと森リンゴが握られていた。


手に握った森リンゴはつやつやと光っていてとても美味しそうだ。今度こそ空腹の衝動に耐え切れずそのままかぶりつけば溢れんばかりの果汁が口に流れ込んできた。


爽やかな酸味とくどすぎない果実の甘さ。果肉をじゃくじゃくとかみ砕き、溢れる果汁をごくごくと飲み干す。ブルフロッグの狩りで緊張していたのもあり、からからに乾いていた喉にとってはまさしく甘露の様だった。




あっという間に食べつくして芯だけになった森リンゴを近くの地面に埋める。ここからまた新たな森リンゴが生えてくるといいな。


一つ食べ終わったがとても足りない。ちょうどいいのでここで昼食にすることにした。ライ麦パンをちぎってむしゃむしゃと食べる。バターも塩気もなく、ぱさぱさしているので喉が渇くがもう一度採った森リンゴをかじって水分補給をしながらライ麦パンを飲み込んだ。そのあとも同じ方法で5つほどの森リンゴを採り、それらすべて食べ終えてやっと腹が落ち着いた。



森リンゴを食べて落ち着いた俺は今度こそ持ち帰る用の森リンゴを採取する。甘い物なんて普段あまり食べられない。姉さんたちはいつもそんな貴重なベリーで作ったジャムや蜂蜜漬けを俺に分けてくれていた。甘いものもエネルギーを補給するのに効果的だったからだ。


今食べた森リンゴの甘さなら煮るだけでも十分なデザートになる。今まで姉さんたちが食べられなかった分もこれから返していけるだろう。


ブチッ、ブチッとリズムよく森リンゴを採集する。背負い籠に10個ほど森リンゴを詰め込んで籠の隙間にシアモントの枝を詰める。背負い籠を背負うとずっしりとした重みが背中にかかるが森リンゴとライ麦パンを食べてエネルギー補給をした俺にとっては苦ではない重さだった。


背負い籠をしっかり背負って森リンゴの採集に使った荒縄を忘れずに回収してから川辺の広場への道を戻り始めた。。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る