第2話 腹ペコ魔法使い初めての狩り

父は俺を育てることを諦めていたし、母や他の兄たちも俺が死んでも仕方ないと思っていた。俺が成人するまで飢え死にさせないほど食事は与えられないし、そんな資金はどこにもない。領地を治める貴族として父は俺を切り捨て、家内を切り盛りする母は他の子どもたちのために俺を諦めた。



それはどちらも正しい判断だったし、この厳しい土地で生きるには仕方ないことだっただろう。それでも6歳までは育ててくれたのだ。両親には感謝している。しかし、そんな二人の判断にひどく反発して怒った二人がいた。


「お父様もお母さまも何を考えているの!ウォルは食べなければ死んでしまうのよ!私たちは少しぐらい食べられなくてもしばらくは生きていられるわ。でもあの子は文字通り死んでしまうのよ!私の弟を殺す気なの!」


「そうよ!ウォルが可哀想だわ!」


そういって俺の二人の姉たち。長女のエレナ・グラントと次女のフェルナ・グラントは止める両親や兄たちを無視して俺を育て始めた。


エレナ姉さんとフェルナ姉さんは両親や他の兄弟が俺を見捨てたことにひどく怒っていた。


まだ子供だったのにも関わらず村の領民の手伝いをして手に入れたパンや自ら森に入って集めた木の実や果実を俺に食べさせて俺が飢え死にしないようにしてくれた。足りない分はそれこそ自分たちの分の食事だって減らしてその分を俺に与えてくれた。


この二人がいなければ俺はとっくに飢えて死んでいただろう。


「ごめんなさいね。ウォル。あなたにはこれだけじゃ足りないでしょうに。」


「ウォル。これは食べていいのよ。あなたの分だから。」


幼い俺は姉たちが差し出してくれる食べ物が姉たちの分だとわかっていても襲い掛かる空腹感には勝てなかった。差し出される食べ物はなんであろうとすべて食べつくした。


両親の無関心。兄たちの冷たい目。それでも目の前にある食べ物を諦めることは出来なかった。食べることを我慢することは俺にとって自ら死を選ぶことと同じだったからだ。


そんな姉たちの必死の努力のおかげで俺は何とか6歳まで成長できた。優しい姉たちは14歳と12歳になっていた。そのころ壊滅的な被害を受けていた北側の村の開墾がある程度進んで、領民も少しずつだが増えていた。大吹雪の被害がやっと落ち着いてきた頃に妹のミレーネが生まれた。


ある程度村の復興が進んだとはいえ家の財政は相変わらず厳しく、妹の誕生を純粋に祝ったのは俺や姉さんたちだけだっただろう。税金の軽減や復興支援のために家の財産を使ってしまっていた我が家の財政はいまだ大打撃を受けたままだった。そんな中生まれた妹。妹に罪はなかったが新たに子供が増えたことで元々余裕がなかった我が家の財政は本当に崩壊ぎりぎりだった。


両親はまた増えた子供に頭を抱えていたが父はもっと家族計画をしっかりするべきだったと思う。本当に頭を抱えたかったのは次期当主として父の仕事を手伝い始めていた長兄バルドだったかもしれない。


算術に適性のあった長兄は我が家の財務管理の仕事を主に手伝っていたので妹が生まれたことに対する感情はかなり複雑だったと思う。借金がなかったことだけが唯一の救いだった。


俺はこのころに森に入って食料を探すようになった。成長した俺にとって姉たちが集めたり、分けてくれる食料だけではとてもじゃないが足りなくなってきていた。


パンや木の実、果実ではエネルギーの効率が悪かった。量を食べなくてはいけないし、そんなにたくさん食べられるほど姉たちは用意できなかったからだ。


両親にこれ以上パンをねだっても貰えないし、兄たちからはろくに働かず、姉たちの分まで食べる卑しい奴だと思われている。両親や姉たちは俺の病気をある程度理解していたが兄たち、特に次兄ルードはそうでなかったからだ。


飢え死にしないために俺は狩りをしなければならなかった。姉たちの食事を減らさず、俺が十分なエネルギーを得るには魔物の肉を食べることが一番だった。魔物の肉は効率よくエネルギーを得ることが出来る食べ物だ。しかし狩猟には普通の動物より手間がかかる。


素人の、しかも子供の俺がそう簡単に狩れるほど魔物は甘くなかった。しかし俺は魔法使いだった。魔神経過剰結合症候群の俺はエネルギーが十分にあれば魔法を使うことが出来る。ただきちんと学んだわけではなかったから独学のものしか使えない。それでも狩りをする分には問題無く使えた。


初めて狩った獲物はブルフロッグだった。ブルフロッグは魔物の一種だが生命力が高く、あらゆる環境に適応する特性があるため世界中に生息している。基本的には水場のある場所に生息するが水場がなければ水分が補給できる環境に住み着く。そのため森や砂漠で水を探したければブルフロッグを探せばいいと言われる。秋に水分と栄養を貯めこみ全体的にぷっくりした姿になる。まん丸になったブルフロッグは動きが鈍くなるので狙いやすい。


ブルフロッグが狩れれば自分の分だけではなく今まで食事を分けてくれていた姉たちの分も肉が手に入る。俺は自分が生きるためにも、俺を育ててくれた姉たちのためにもどうしてもブルフロッグを狩らなければならなかった。


森に向かう前にエレナ姉さんとフェルナ姉さんは心配して見送りに来てくれた。他の家族はそれぞれ開墾や機織り、勉強などで忙しく姉たちも見送りが済んだら母の元で機織りの仕事が待っていた。俺は両親から見捨てられた代わりに何も労働しなくとも許されていた。


両親は俺がすぐ死ぬと思っていた。両親は俺に余分に食料を与えるつもりはなかったし実際いつだって俺の命はぎりぎりだった。だからこそ放っておけばそのうち死ぬ我が子を憐れんで何もしなくていいと言ったのだった。


父の憐みの目が今でも思い出せる。


「お前は何もしなくていい。好きなことをしなさい。」


それはまるで余命宣告のようだった。俺の死は逃れられるものではなく、幼かった俺がそれに抗う術を持つわけでもなく、あのまま俺が死んでくれたほうが多分両親にとって良かったのだ。


そんな両親の誤算は姉たちが自分の取り分を減らしてでも俺を生かそうとしたことだろう。俺は両親の希望とは裏腹にしぶとく生き残った。


「ウォル。無理しなくていいのよ。狩りができなくても姉さんたちはがっかりしないわ。」


「そうよ。無理だったらベリーとかクルミとか集めてきてちょうだい。美味しいパンを作るわ。」


優しく俺の頭を撫でてくれるエレナ姉さん。料理上手なエレナ姉さんは腹をすかして動けなくなる俺のために少ない食料をあれこれ工夫してできる限りたっぷりの美味しい料理を作ってくれる。いつだって俺を心配し、お腹が減っていないか、寂しい思いをしていないか、兄たちにいじめられていないかと気をくばってくれる俺の母替わりのような人。


俺の体の大きさに合わせて編んでくれた背負い籠を背負わせてくれるフェルナ姉さん。いつも兄たちのおさがりしか着ることが出来ない俺のためにほつれを繕ってくれたり、いくつかの防寒着を分解して中綿を多く詰め込んだ温かい防寒具を新たに縫ってくれたりと得意な裁縫で俺を守ってくれるもう一人の母替わりの人。


「大丈夫。無理はしない。」


じっと姉たちを見つめて宣言すればエレナ姉さんは泣きそうになりながら俺を抱きしめる。

姉さんは本当に母親のように俺を愛してくれていた。


「ああ、ウォル。本当に怪我だけは気をつけるのよ。無理は絶対にしないで。怖くなったり、寂しくなったらすぐ帰って来てちょうだい。」


「うん。」


心配そうな姉たちに手を振って屋敷の東側にある森へ進む。この森はグラント家の所有で大森林と繋がっているせいか豊富な食べ物が存在する。それに比例して魔物も多く生息するため、領民や父たちは入ろうとしなかった。


俺の装備はフェルナ姉さんが用意してくれた背負い籠とナイフが一本。腰には荒縄を括りつけている。籠の中に昼食用にライ麦パンの固まり一つ。これはエレナ姉さんが今日の日のために貯めておいてくれたライ麦で焼いてくれたものだ。


森は人が入っていないので薄暗くところが多い。なるべく明るい所を見つけながら進んでいく。今日の目標はやはりブルフロッグだ。俺のような子供でも運が良ければ狩ることが出来る魔物で凶暴ではないもの。


慎重に進んでいくと目的の沼地を見つける。沼地から少し離れた茂みに隠れて様子を見る。


「…見つけた。」


沼地には小さめのブルフロッグの群れが生息していた。俺はこぶし大の石をいくつか横に用意する。慎重に品定めをして群れから少し離れた位置にいるブルフロッグに狙いを定めて尖った石を飛ばした。


石は風魔法で勢いをつけており、加速した石は緊張していたせいか少し狙いが外れてブルフロッグの背中をかすめた。


「ヴァァァッ!」


かすめたとはいえかなりの速度があった石はブルフロッグの背中を大きく抉っていた。かなり深めの傷だが生命力の高いブルフロッグにとっては致命傷にもならない傷だった。


しかしその痛みはブルフロッグを怒り狂わせるには十分だ。だくだくと血液を流しながら傷を与えた存在を探すブルフロッグ。


ブルフロッグは凶暴ではないが傷つけられれば怒り狂う。家畜化しているものなら特別な薬草を乾燥させたものを燃やして出る煙を吸わせることでおとなしくさせて屠殺するが野生のブルフラッグには効き目が弱い。


そもそもその薬草を持っていない俺には取れない方法だった。血走った目のままあたりを見渡すブルフロッグに気づかれないように息をひそめてその機会を待つ。


怒るブルフロッグが俺とは反対の方向に向いた瞬間、もう一度石を飛ばす。今度こそ狙い通りに飛んだ石はブルフロッグの頭を撃ち抜いた。


「よしっ!」


どちゃりと鈍い音を立てて沼地に沈んだブルフロッグ。しばらくブルブルと震えていたその体はやがて静かになり完全に動きを止めた。群れから離れていたのが功を奏し、沼地の群れは仲間が殺されたことに気づいていないようだった。


恐る恐る近づいて1メートルほど離れた位置で立ち止まる。本当に死んだのかその場で余った石を軽く投げて確認する。


ぶにっとしたブルフロッグの体に石はぶつかり、跳ね返ってどこかへ転がっていく。本当にブルフロッグは死んだようだった。


「はぁ…。よかった…。ちゃんと狩れた。」


初めての狩りでブルフロッグを仕留められたことは俺にとって大きな自信になった。いつも兄たちにただ飯ぐらいだと言われ、姉たちの食事を減らしてまで生き延びている自分は本当に生きていていいのだろうかといつも不安だった。


これで姉たちに肉を食べさせてやれる。兄たちの言うようなただ飯ぐらいではなくなるのだ。


ブルフロッグの後ろ脚をまとめて荒縄で縛る。自分の体ぐらいの大きさのブルフロッグを持ち運ぶのは大変だ。重たいのでどこかで血抜きと内臓を捨てていきたかった。


ブルフロッグが生息しているということはどこか近くに水源がある。早くしないと血の匂いに釣られてもっと危険な魔物が寄ってくる。血抜きが出来そうな水場を探して急いで移動を始めた。




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