腹ペコ魔法使いの美味しい辺境生活
@annkoromoti
第1話 腹ペコ魔法使いの始まり
「お腹減ったなぁ。」
ウォルダーは揺れる馬車の中でそう呟いた。朝早くから乗っているのでそろそろ腹が減る。いつもだったら森に入って今日の分の狩りと森に作った自分専用のブルフロッグの牧場で解体作業をしているころだった。ウォルダーがつぶやいたのが聞こえたのか前の座席に座るベルダン辺境伯の使者が反応した。
「どうかなさいましたか?」
「お腹が減ったので食事を取ろうと思って。」
怪訝そうな顔の使者にバックに手を突っ込みながら答える。姉さんは何を用意してくれたのかな。サンドイッチとかあると助かるんだけど。
いきなりの辺境伯からの呼び出しに姉さんが急いで用意してくれた俺専用の食料バック。馬車の中だし、ある程度は落ち着いて食べられるだろう。
二番目の姉が作ってくれたエレックの革で出来ている大きなバックの中には握りこぶし二つ分くらいの大きさのカンパーニュに葉物野菜と昨日狩ってきたブルフロッグのローストを挟んだパンを丸ごと使った豪快なサンドイッチが三つ。
ライ麦パンに塩漬けにしたエレックの塊肉をチーズとマスタードを挟んだサンドイッチが5つ。
水分補給用に森リンゴが6つ。普通の人間なら2日半は持つ食料が詰まっていた。
流石料理上手のエレナ姉さん。
どれも美味しそうだし、俺にとって十分な量が用意されていた。早速ブルフロッグのサンドイッチを二つ取り出す。油紙で包まれた大きなサンドイッチを両手で持って早速かぶりつく。
ブルフロッグは大型犬くらいの大きさのカエルでおとなしく、エサもその辺に居る虫や雑草を食べるのでよく家畜として飼われている。飼育方法は水場を作って適当に柵で囲っておけば勝手に繁殖して増えるので手間も掛からず肉も十分な量が取れるので庶民では一般的に食べられている。
ブルフロッグの肉は鳥肉によく似ていて弾力がある。しゃくしゃくした葉物野菜に弾力あるブルフロッグの肉がよく合う。味付けは塩とハーブだけだが十分に美味しい。
パンは流石に昨日焼いたものの残りだったのでぱさぱさしているが姉さんが軽く焼いておいてくれたのだろう。パンのふちがカリカリしていて美味しかった。
無心でブルフロッグのサンドイッチを一つ平らげると次のサンドイッチに手を伸ばす。
がつがつとサンドイッチを平らげる俺を見て使者のレアさんは申し訳なさそうに声をかけてきた。
「申し訳ありません。朝食がまだお済みではなかったのですね。」
レアさんは申し訳なさそうに謝ってくれるが気にすることはない。もうとっくに家でしっかりと朝食は取ってあった。
「あ、違うんです。これは間食です。」
二つ目のサンドイッチを半分ほど食べ終え、水筒代わりの森リンゴにかじりつく。かぶりつけばじゅわりと口の中に溢れる果汁。森リンゴの見た目は普通のリンゴなのだが果汁の量が通常のリンゴの三倍ある。なので旅人が水筒代わりに持ち歩くこともある。
森リンゴを丸ごと一つ食べ終えてから残りのサンドイッチに手をつける。美味しいがやはり保存の関係で塩辛くなってしまう。のどが渇くので森リンゴは多めにエレナ姉さんが入れてくれたのだろう。
一般的な朝食の時間帯からまだ1、2時間しか経っていない。それなのにこんながっつりしたサンドイッチを食べているのだ。レアさんが不思議に思っても仕方ない。
「間食ですか…。」
「はい。俺は魔神経過剰結合症候群なんです。」
「ああ、それでそれだけお食べになるんですね。大丈夫ですか?今お手持ちの食料だけで移動の間足りますか?」
俺の発言を聞いて納得したように頷くレアさん。魔神経過剰結合症候群は俺が生まれつき持っている持病であり、今回辺境伯に呼ばれた原因でもあった。
「移動の時間によるのですがベルダン辺境伯様のお屋敷に着くまでどれほどかかりますか?」
一応バックに詰められている食料の量があれば何とかおやつの時間までは持つだろう。ただそれは昼食分を除いた計算だ。昼食も込みとなると正直昼食の分も足りるかどうか。おそらく足りないだろう。
「そうですね。後二時間ほどでソーラーに着きます。その時に昼食を取る予定です。昼食が取れましたらそのままミディラムに向かいます。街に入って30分ほどでお屋敷に着きますよ。」
「分かりました。ソーラーで買い物をしたいのですがその時間は取れますか。」
「昼食後に少しですがお時間を取れると思います。それでよろしければ。」
「ありがとうございます。」
「何か必要なものが?」
レアさんの話ではあと大体5時間くらいで辺境伯の屋敷につくらしい。途中で街によるみたいだしそこで追加の食料を買うことにした。恐らく辺境伯の処では十分な食事はとれないだろうから買い込んでおかないとまずいのだ。
ソーラーは北部でも有数の穀倉地帯を抱える中枢都市の一つだ。様々な種類の小麦が多く集まるためにパン屋が多い。日持ちするパンも多く売っているだろうから多めに買っておきたい。
買い物をすると聞いてレアさんが不思議そうな顔をする。まあ辺境伯の屋敷に呼ばれるのだ。必要なものはすべて向こうが用意してくれるのだろうが俺のこの持病に関して正しい理解がされているとは限らないのでその対策だ。
「いや、ちょっと食料の追加をしようかと。」
「その分では足りないのですか…。私は魔神経過剰結合症候群の方とは初めてお会いしたのですがそれほどの量の食料があっても足りないのですね。」
感心したように頷くレアさんに苦笑を返す。俺のこの持病がまさかこんなことになるきっかけになるとは思っていなかった。つくづくこの持病には苦労させられる。
俺はこの旅のきっかけとなった数か月前の事件を思い出していた。
俺は北部の小領地を治める騎士爵家の三男として生まれた。父が治める領地は五つの村と北部に広がる大森林の一部。村の数はここらの領地の中では多いほうだが俺が生まれる数年前にあった大吹雪の影響で農地のいくつかがダメになった。あまりの寒さに農地の土が凍りついてしまったのである。
元々寒さが厳しい土地で豊かとはいえない領地であったからこの大吹雪の影響は大きかった。そもそも大吹雪のせいで凍死する領民が出ていた中での農地壊滅である。何とか冬を越して春になり農地の立て直しをするが領民は凍死で減り、人手不足の中での復興であったためにその年には農地は復興しなかった。
農地が減って食料が減ってしまったためにその年の冬を越せない領民が多く出た。しかも運の悪いことに大吹雪の翌年の冬も例年よりかなり厳しい冬だった。凍り付いた農地はいまだ溶けることなく再び固く凍りついた。春から少しずつ溶けていたのが逆に悪影響となり再度凍ってしまった農地はもう溶けることがなかった。
凍ってしまった農地の復興を諦めた父は新たに農地を開墾することにした。しかしこの厳しい土地で新たに農地を開墾するのは並大抵の努力ではない。凍りついた農地は各村に存在したが特に領地の中でも北側の村の被害は甚大だった。大吹雪で多くの領民が凍死し、農地のほとんどが凍りついた。
父は数年前からこの農地の開墾に集中していた。新たに農地を開墾し、ライ麦を植え、税を軽減してやっと何とか復興の兆しが見えてきたところで生まれたのが三男の俺だった。
グラント家の三男ウォルダーと名付けられた俺はある持病を抱えて生まれた。
それが魔神経過剰結合症候群である。この世界には魔法があり、魔法が扱える人間には魔神経というものが人体に存在している。
普通の魔法使いは血管と同じように魔神経が全身に張り巡らされているが俺のような魔神経過剰結合症候群を持って生まれた人間はこの魔神経があらゆる筋肉に結びついている。生きるために必要な器官の全てに魔神経が結合しているため消費するエネルギー量が普通の人の何倍も必要なのだ。
魔法使いも魔神経の影響で人より多く食べる傾向にあるが魔神経過剰結合症候群の人間は普通の魔法使いよりも多く食べなければ死んでしまう。
俺は生まれた時から死にかけていた。
母の乳をいくら飲んでもすぐ腹が減って泣いて乳を求める俺に母はすっかりまいってしまっていたのだ。
母の乳だけでは足りずに代わりにヤギの乳を与えられていた。ヤギ一頭が出す乳がすべて俺に与えられ、やっとのことで俺は空腹で泣かなくなった。
ヤギの乳を飲み、離乳食の粥も果実もすべて平らげ、腹を満たした俺はある程度成長した。
しかしそのころ俺にかかる食費に両親は頭を抱えていた。
貴族の家に生まれたが領地は狭く、豊かとはいえない。どちらかと言えば貧乏で父は開墾のために毎日農作業の陣頭指揮を執り、母ですら機織りで子供の衣服を作っていた。そんな貧乏貴族の家に大食らいの魔神経過剰結合症候群の子供を育てるほどの余裕はなかった。
俺は両親から見捨てられていた。
育てることを放棄されたわけではなかったし、食事だってきちんと与えられた。ただその量は他の家族と同じ分であり、そしてそれは魔神経過剰結合症候群を抱える俺にとっては飢え死にしかけるほどの致命的な対応であった。
両親にそのつもりはなくても俺は両親に殺されかけたのだった。そしてこのまま両親が俺を育てていたら遠くないうちに俺は飢えて死んでいただろう。
それを防ぎ、俺をこの年まで育ててくれたのは8歳年上のエレナ姉さんと6歳年上のフェルナ姉さんだった。
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