第4話 腹ペコ魔法使い 家に帰る

シアモントの茂みを抜けてロマーズの茂みにたどり着く。ロマーズの茂みに着いたらそこから西側に進むと川の広場の方向だ。安全地帯の川の広場へ向かってしばらく歩くと広場の入り口にある茂みにたどり着いた。


茂みをくぐり抜けて広場に出たらまず血抜きをしているブルフロッグの様子を見に行った。


「あ、血抜きが終わってる。」


血抜きしていたブルフロッグの囲いからもう血は流れていなかった。冷たい水にさらしていたおかげでブルフロッグの肉は痛むことなくきれいに血抜きが出来ている。


背負い籠をいったん下ろしてブルフロッグを引き上げることにした。腹に詰めていた石を取り出してブルフロッグを軽くしてから引き上げる。血と内臓が抜けたブルフロッグはまだずっしりとした重さがあるが俺が持ち運ぶ分には困らない程度の重さになっていた。


「おー。意外と綺麗な肉なんだなぁ。」


首の断面から見える肉の色は薄っすらとしたピンク色で軽く指で押すとぷるんっとした弾力がある。ブルフロッグは環境に合わせて皮膚の色を擬態させるので沼地に居たこのブルフロッグは皮の色が泥色だ。その皮を剥げばほとんど鳥肉と見分けがつかないだろう。


ブルフロッグの脚を全部まとめて荒縄で縛る。降ろしていた背負い籠に川辺に生えていた表面がつるつるしている大きな葉っぱを籠にかぶせ、その上に脚を縛ったブルフロッグを頑張って持ち上げて載せる。載せたブルフロッグが滑り落ちないようにもう一本の荒縄で籠とブルフロッグをしっかり結び付けてから背負った。


「ううっ…。やっぱり欲張りすぎたかな。」


ブルフロッグだけでも10キロくらいあるのに森リンゴが10個も籠に入っている。ハーブたちは大した重さがないのでもう少し持って帰るつもりだったけどこれ以上欲張ることはしないほうがいいだろう。


「せぇーっのっ!」


勢いをつけて重たい背負い籠を持ち上げる。立ち上がった俺の背中にずしっとブルフロッグと森リンゴの重さがかかる。でもこれら全ての食料が俺の力だけで手に入れた食料だ。両親の顔色をうかがいながらパンを食べなくてもいい。姉たちから食料を与えられる俺を見る兄たちの冷たい目線を気にしなくていい。


俺が自力で手に入れた食料だ。これだけあればきっと腹いっぱい食べることが出来る。


生まれて初めてお腹いっぱいになれるかもしれない。


そんな希望がこの背負い籠を背負う気力になった。重たい籠を背負って慎重に森の中を進む。川の広場を出て安全な領域を抜けてしまえばそこは魔物が住む危険な森の中。魔物に見つかればこの大事な食料を投げ出して逃げなければならない。そんなこと絶対に避けなければ。


絶対に見つからないように、背中にかかる重さに負けて転ばないように。慎重に慎重に森を抜ける。


進む森の中が少しずつ明るくなっていく。森の出口が見えてきたとき思わず泣きだしそうになった。視界の先に見える外の光に勇気づけられてあと少し、あと少しと自分を奮い立たせ森の中を進んでいく。


森を出た瞬間、緊張が解けたせいで思わず膝をついて座ってしまった。一度座り込んでしまったらもう立ち上がれない。重たい荷物を持って森を歩き回ったための疲労と無事に森を抜けたという安心感で身動き一つとれなくなってしまっていた。


そこで動けないまましばらく座っていると遠くから駆けてくる人影が二つ。エレナ姉さんとフェルナ姉さんだった。


「ウォル!ああ、ウォル!」


「ウォル!怪我は!痛いところはない?本当に?ああ、無事でよかった!」


真っ青な顔で俺を抱きしめるエレナ姉さんに俺の体をあちこち触って怪我がないか確かめるフェルナ姉さん。怪我がないことに気が付いたフェルナ姉さんがほっとした表情で俺を抱きしめる。二人に抱きしめられて今度こそ本当に安心した俺は声をあげて大泣きした。


「ウォル、ウォル。私の可愛いウォル。あなたはよく頑張ったわ。」


「怖かったでしょう。もう安心していいのよ。姉さんたちがついてるから。」


わんわんと泣く俺を抱きしめ優しく頭を撫でてくれるエレナ姉さん。フェルナ姉さんも涙と鼻水ででろでろの俺の顔をハンカチで丁寧に拭ってくれた。


俺が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれたエレナ姉さんに顔を拭ってくれたフェルナ姉さん。二人の優しい慰めに俺は段々落ち着いてしゃくりあげながらも泣き止んだ。


「ウォル。もう大丈夫?」


「うん。」


「さぁその可愛い顔を見せてちょうだい。ウォルはとっても頑張った。私の自慢の弟よ。」


もう一度エレナ姉さんにぎゅっと抱きしめられてから俺は今日の狩りの結果を姉さんたちに伝えるために背負い籠から腕を抜いた。


籠を持って見せようとするとフェルナ姉さんがそれを制する。


「ああ、いいのよウォル。私が持って屋敷に帰るわ。」


「そうね。もうウォルは今日たくさん頑張ったから籠はフェルナに持ってもらいましょう。」


「でもフェルナ姉さん。それ重いよ。」


ずっしりした背負い籠は女性のフェルナ姉さんにとってかなり重いだろう。姉さんたちに持たせるくらいなら体に鞭打ってでも俺が運びたい。


「あらいつもヤギの世話で力仕事を任されてるから大丈夫よ。エレナ姉さんよりは力持ちなんだから。」


「そうね。私じゃ途中で落としちゃいそう。」


そう言うとフェルナ姉さんは軽々と背負い籠を持ち上げて背負った。俺があんなに必死に運んだ背負い籠をなんでもないように持つ姉さんに驚く。


やっぱり生きるのに必死な俺は体を作れるほどエネルギーは取れていないらしい。これから頑張って体も鍛えなければ。


「さぁウォル。帰りましょう。あなたの頑張った話を聞きたいわ。」


「そうね。こんなに立派なブルフロッグを捕ったんだもの。本当に頑張ったのね。血抜きもしてあるしすごいわ。」



エレナ姉さんと手を繋ぎ、もう片方の手をフェルナ姉さんと繋ぐ。二人を見上げると二人の姉は優しく微笑んでいた。

姉たちの笑顔を見て思い出す。姉たちのために森リンゴを採ってきたのだった。二人は喜んでくれるだろうか。


「あのね。エレナ姉さん。フェルナ姉さん。俺、森リンゴも持って帰ってきたの。」


「まぁ!森リンゴを!」


「本当にすごいじゃない!あらもしかしてこれシアモントの枝?こんなのも取ってくるなんてウォルは天才じゃないかしら。」


「本当!ウォル。森でのお話聞かせてちょうだい。」


「うん!あのね…。」


三人仲良く手を繋いで屋敷に帰る。その帰り道で採ってきた森リンゴやハーブたちのこと、沼地に居たブルフロッグの狩り方についてエレナ姉さんやフェルナ姉さんに一生懸命話せば二人の姉はニコニコしながら俺の話を聞いてくれた。


それが嬉しくて嬉しくて、両親に愛されなくても、食べ物がなくてどんなにひもじくても、この姉たちさえいてくれれば俺は本当に幸せだった。


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