第2話 生傷は目に見えるものだけじゃない。(2)

「らっしゃい、らっしゃーい!!採れたての野菜はいかが!!旬の根菜揃えてるよー!!」


「あら、いい大根ね。一つ頂いてもいいかしら?」


「おお、好きなもん持っていきな!今朝採れたばかりだ、味の保証はするぜご婦人!」


「雪駄に包み蓑、防寒道具はいかが?我慢はしないように!うちで買ってお行きなさいな~」


「布団はいかが~!」



四貴ノ崎の地理はとても分かりやすい。ここから西の遥か遠くで、過去存在していたと言われる平安京を元に造ってあると聞く。数百年前から変わらず、大路と呼ばれる大通りが中央・右・左とあり、その他たくさんの小路が至る所に十字を描くように存在している。



 中央の大社吏通りを真っ直ぐに進んで行けば多くの貴族の住まう区域がある。そのさらに奥に、この四貴ノ崎を束ねる大社吏だいしゃり、新橋家の屋敷が鎮座している。多くの忠吏の屋敷に守られる形で大社吏の屋敷があるのだが、上からでも見ない限りその正確な広さと大きさは確認できないだろう。それだけ大きいのだ、大社吏の敷地は。



 そして、ひと際賑わいを見せるのがこの大社吏大路と呼ばれる道幅33010mを超える中央の大通り。商人や農家、平民から貴族まで多くの人が行き交っている。



 情報収集には持ってこいなこの場所で、杠は朱鷺家の屋敷を探ることにした。



「すみません、少しお尋ねしたいのですが。」


「あいよー!なんでも聞きな~…って、どうした姉ちゃん、やけに荷物が多いな」



野菜を売っている男に声をかけると、彼はまず杠の風貌に驚いた。



それもそうだ。今の杠は山越えをしてきたばかり。大きな風呂敷を三つもぶら下げて、とんでもなく厚着をしている状態なのだから。しかも、目を奪われるのはその羽織。



「…姉ちゃんよ。その羽織、もしかして毛皮か…?」


「羽織?ええ、そうよ。山で出会った熊を仕留めたときに剝いで作ったの。」


「は…?山で熊を仕留め…?え、なんだそりゃ…。」


「?邪魔だったしお腹もすいていたから仕留めたの。防寒に良いから皮を剥いで使っているのよ。仕留めたのはまだ夏の時期だったから、数度洗って乾かせば匂いも消えてしまったし。とても暖かいのよ」


「熊を仕留めて、食って…?姉ちゃんがか…?」



 野菜屋の男は信じられないと言うような目で杠を凝視した。



 しかし、杠はなぜ驚かれているのか分からない。自分の住んでいた山には熊も猪もたくさんいたし、毎年防寒のためにと、仕留めた熊で毛皮の羽織を作っていたから。母も喜んでくれていたし、それが山での当たり前だと思っていた。そして、ハッと思い立つ。



――そうか、ここは都。四方に山はあるけど熊なんか出ないから、当然毛皮なんてあるわけがないのよ。しまった、これじゃ目立ってしまうだけじゃない。



ばっと当たりを見回すと、着物の上に毛皮なんて着ている人なんて一人もいない。杠は失敗した、と心の中で頭を抱えた。



「えっと…。もしよかったら、これ、売れないかしら…?」


「は!?そんな貴重なもんを売るのかい!?確かに好き者なら喜んで買っていく代物だと思うが、」


「いいんです!売ります!むしろお金はいらないので貰ってください!お願いします!!」



 食い気味にそうまくし立てる杠の勢いに圧され、野菜屋の男は熊の毛皮を受け取ってしまった。



「これ、売ったらかなりの値が張るんじゃないか…?」と呟くが、目立つのがとにかく嫌だっただけの杠は価値なんて欠片も興味はなく、それどころか「厄介払いができてよかった。ありがとうおじさん!」と満足そうに笑う始末。



 もう意味が分からない、と野菜屋の男は考えるのを放棄した。



「ところで、朱鷺家の場所はご存じですか?」


「朱鷺家?忠吏第五位の朱鷺家かい?まあ知っているが、一体何の用で?」


「ちょっとご用がありまして。ざっくりとした場所でも構いませんので、教えていただけませんか?」



なんでこんな少女が忠吏の屋敷を、と怪しさしか感じない。が、断る道理もないので、野菜屋の男は朱鷺家の場所を教えた。曰く、ここから歩いて十二個目の小路を左に入り、最初に見える門構えが朱鷺家の入り口だと。何度も野菜を届けに行っているから間違いはないと。



「ありがとうおじさん!また今度野菜買いに来ます!」


「おう。こちらこそ貴重なもん貰ってんだ、いつでも来な!」



 手を振って教えた方向に歩いていく杠。まさか半月もせずにまた会うことになるとは露知らず、野菜屋の男は手を振り返した。





◇◆◇





「ごめんください、ここは朱鷺家で間違いありませんか?」


「はい、少々お待ちください」



 とんとん、と立派な門を拳で叩く。門の向こうから声が返ってきたすぐ後に、横の小さな扉から使用人らしき女性が出てきた。杠はこんにちは、と挨拶をした。



 使用人の女性は、突然訪ねてきた少女に疑問を抱いた。ここは忠吏の屋敷、なんの前触れもなく年若い女が訪ねるようなところではないからだ。怪しいにもほどがある。すぐに断る方向に舵を切った。



「ご用件は何でしょうか。」


「伝えたいことがございます。朱鷺家の主はいらっしゃいますか?」


「…主は只今出掛けております。どうぞお引き取りください。」



 そっけない態度の使用人に、杠は驚かない。追い返そうとすることは最初から予想していた。ならば、奥の手を使うのみ。



「では…奥様はいらっしゃいますか?」


「ええ、奥様でしたら…。」



訝し気な顔をする使用人だが、言伝くらいは聞いてくれるはずだ。そう目論み、杠は笑顔で言い放つ。



「でしたら、奥様にこうお伝えください。―――”五十鈴が戻って参りました”、と。」

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