【終章 吸血鬼ロベルトと何気ない日常】

最終話「吸血鬼、愛する家族に囲まれて」

「というわけで、今日からいのりも我が屋敷のメイドとして働くことになったからよろしく」


 朝、皆が朝食を囲むために集まっていた食堂にて、いのりは改めてロベルトから家族としてこの屋敷に住むこと。そして役割が姉と同じくメイドであることを紹介される。


 ロベルトの傍らに佇んで紹介されたいのりは、すでに姉と同じメイド服を着用し、少し興奮気味にガッツポーズでやる気をアピールしていた。


 スカーレットの拠点での一件があってから三日が経過し、あの一件から少し落ち着いたため、今後を考えていたちひろといのり。


 そう、母親と三人でまた今までの暮らしができるようにはなった。


 ……のだが結果から言えば、彼女らの母親の勧めもあって二人は屋敷に継続して住むこととなった。


 まず、ちひろに関して。


 高校三年生のまだ学生ではあるが、自分で物事の分別がつく年齢でもある。なので、本人の好きにさせたいという母親の言葉にちひろが甘えた形で屋敷での生活を続けることとなった。


 そして、いのりである。


 母親はこの三日間を屋敷で過ごし、体調も回復してきたのでやはり自宅に戻ることになる。だが、母親はまだしもいのりは世間的に生きていましたと今から人々の中へ出ていくわけにはいかない。


 そう、いのりは吸血鬼となってしまったために今までと同じ暮らしはできなくなってしまっている。


 中学二年生の義務教育課程ではあるが、そもそも本人がほぼ世間的には死んだものと認識されてしまってもいるので復帰は難しい。


 学校に通ったとして、吸血鬼の牙を見られると厄介な事情もあり、人とは異なる生き方をしなければならない。


 そうなった時に理解ある吸血鬼の元で暮らすべきということで、屋敷に住むことを母親が選ばせた。


 この点に関して、一人になってしまう母親を心配してちひろがやはり自宅に戻ろうかとも口にした。


 しかし、この一週間で屋敷の生活を見ていて、ちひろの幸せそうな光景を目の当たりにした母親が逆に説得する形で二人の残留が決定した。


 そんなわけで、いのりにも役職が与えられ――こうして住人達の前で紹介されることとなったのだ。


 食堂には一樹、マサキ、徹生、といつもの面子に加えてちひろの母親も含めた七人。いのりは立ち上がってメイドの任を拝命し、皆から拍手による暖かい迎え入れを受けた。


「しっかし、いのりちゃんは真面目で落ち着いてそうだからなぁ。ちひろも頑張らねーと追い抜かれちまうんじゃねーか?」


 微笑ましく拍手するちひろに対して、徹生は嫌らしい笑みを浮かべて告げた。


 無論、ちひろがムッとした表情を浮かべて彼に噛みつく。


「い、いのりはお母さんに教わって料理もそれなりにできるから、何だったらこれからあの子に猛特訓してもらおうかしら。真面目で落ち着いてるから、徹生さんも頑張らないと追いつかれちゃうんじゃない?」

「まぁまぁ、ちひろ。……徹生さんだったかしら? 娘たちがお世話になるとは思いますが、よろしくお願いします」

「え、あっ……はい! こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 唐突に会話へ入り込んできたちひろの母親に恐縮する徹生。


 そんな様子をちひろとマサキはおかしくてたまらないと言わんばかりにくすくすと堪えて笑う。


「でも、飯炊き当番くんが料理のお株を奪われたら、何て呼べばいいのか分からないッスね」

「何炊き当番になるんですかね」

「おい坊主、お前まで作家に同調してんじゃねぇよ……。ってか、俺は何か炊いてないと駄目なのか!」


 マサキと同じく思案顔な一樹に徹生は少し控えめに怒った。


「でも、それを言えばメイドが二人になったッスから、呼び分けが必要ッスよね。『姉メイド』と『妹メイド』……うーん、何かしっくりこないッスねー」

「あ、マサキ先生。ちひろに関しては後輩メイドができるということでメイド長へ昇進というのを予定しますんで、何か呼び名を考える上で使って頂ければ」

「め、メイド長……そんな役職、現実に賜る人間がいるとは思わなかったッス」


 ちょっと呆れたような表情で事実を受け止めるマサキ。

 一方で一樹は肩書きというものが珍しいのか目を輝かせる。


「凄いですね! ボクも流石に『長』がつく肩書きがあるならちひろさんを尊敬します」

「流石に、って何よ。あとロロ、私がメイド長とか聞いてないわよ」

「あ、お姉ちゃんがメイド長だったら当然、いのりの上司だし……今後は敬語で話した方がいいですか、メイド長?」

「今まで通りでいいし、この屋敷で仕事するくらいなら呼び方もお姉ちゃんでいいわよ……」


 肩を落として嘆息し、ちひろは面々の暴走気味なテンションに対して疲れを露わにする。


 そんなちひろは自分の母親がこの空気感に取り残されて困惑していないかと思い、気を回す。


 しかし、そんな母親は食堂の中に生まれる空気感にニコニコと笑みを浮かべながら、いのりのメイド服を見つめて「いいわね」と呟く。


「ちひろもいのりも……メイド服かぁ。私もあと十年若かったら、と思うけれど厳しいかしらね?」

「ちなみにママメイドさん、失礼ッスけど年齢を伺っても?」


 マサキは耳打ちでちひろの母親から年齢を聞き、苦い表情を浮かべる。


「随分とお早い結婚だったんスね……。十年若くてキツイと言われると自分もアウトッスか」

「まぁ、僕からすればちひろのお母さんも、マサキ先生も赤ん坊とあまり変わらないけどね」

「あ、そうかロベルトさんは吸血鬼だからもの凄く長生きなのよね? だったら、ちひろやいのりと私ってそんなに変わらなく見えるのかしら?」

「もちろんです。ぶっちゃけそこまで差は感じません」


 ロベルトの返答にどこか嬉しそうにはしゃぐちひろの母親。そんな光景を見つめてマサキは探偵が思案するようなポーズを取る。


(……でもそれって、七十代、八十代の婆さん連中とも変わらないってことのような気もするッスけど。言わない方がいいッスかね? いや、流石に見た目の差異くらいはロベルトくんの中にもあるッスかね)


 マサキはそんな思考はさておき、ちひろの母親が自分の年齢の頃には子供を産んでいたという事実で素直に戦慄する。


 彼女は割と自身の年齢を忘れてしまうタイプではあるが、アラサーという事実を思い出すとその度に凹むのである。


 --さて、そのような賑やかな会話もそこそこに徹生は仕切り直しとばかりに咳払いをして、手を二回叩く。


「ほらほら、さっさと朝食にすっぞ。ちひろと一樹は学校あんだから、さっさと食っちまわねーと。それが済んだら仕事組だって働かなきゃなんねーんだからな!」


 徹生の言葉にちひろは不貞腐れたように、一樹は少しびくんと体を反応させて、マサキはまだ彼の呼び名を考えながら、いのりは小さく「頑張るぞ」と呟き、そしてちひろの母親はロベルトと視線を結び、彼にだけ聞こえる声で語る。


「ちひろといのりのこと、よろしくお願いします。あなたには本当に感謝しているんです……ちひろは家族のことを一番に考えてバイトもして、あまり自分の幸せに真剣な子じゃなかったんです。そんなあの子が今は、とっても幸せそう」

「だとしたら、僕も感謝をしないといけません。僕がこうしてここにあるのはちひろのお陰なんですからね」

「そうなんですか? なら、あの子にもそう言ってあげてください」

「いや、その必要はないでしょう」


 ロベルトはそこで一旦、言葉を切ってちひろを見つめる。


 自分の吸血鬼としての性質を受け入れるどころか、忘れていたと語った日があった。それがロベルトにとっては感動的で、普遍がただひたすらに横たわる姿こそ--と彼は思うのだ。


「感謝を逐一伝えるのは大事ですけれど、そういう形式的なものを取っ払ってしまう。それも、家族ですからね」


 ロベルトは快活に語り、ちひろの母親はその言葉で彼に娘達を任せられる確信のようなものを得た。


 朝食の時間が終われば、各々は日常的なそれぞれの時間が始まる。


 今日が、始まる。


 特別なことは何もない。けれど振り返ってみれば楽しかったときっと言える日々へ、この屋敷からそれぞれが繰り出していく。


          ○


 ちひろの母親が自宅へ帰るのは夕方、遅くなっても夜という予定になっている。それはロベルトの判断であった。


 一応は母親を医者に診てもらおうということになった。そして、その医者が屋敷を訪れるのが夕方になるのだそうだ。


 なので昼下がり、ちひろの母親は屋敷にて彼女が学校から帰ってくるのを迎えた。


 ちひろは今日から母親が屋敷にはいなくなることに少しの寂しさを感じたが、そのような我がままを言えるような歳でもないという自己への戒めでその思考を振り切った。


 ただし、それは彼女らしく態度や口調の端々に出ており、母親はそれを見抜いていた。見抜かれていることを逆にちひろも悟っているようで、彼女の耳は真っ赤。


 親子のやりとりという感じだった。


 ちなみにロベルトは母親対しても屋敷の住人にならないかという打診はをしていた。


 彼曰く、一家全てを自分の家族に引き入れる運命的なタイミングを感じたらしい。


 しかし、彼女はそれをやんわりと拒否。


 母親曰くロベルトと、ちひろ――もしくはいのりとの関係性の進展、その邪魔者にしか自分はならないからということ。要は母親にとってロベルトは婿候補なのである。


 ちひろ本人にこの発言は聞かれていないが、もし耳に入れば顔を真っ赤にして否定しにかかることだろう。


 ちなみにロベルトはちひろ、いのりを一人の女性として考えたことはない。


 ちひろの方もロベルトをそのように認識したことはないだろう。恩人という認識があまりにも強い。


 いのりは吸血鬼として唯一頼れる彼のことをどう見ているかは分からないが……ともかく、そういう理由でちひろの母親は医者に太鼓判を押されてから帰宅するべきだとロベルトに配慮されたのだった。


 ……となると、ちひろからすれば疑問なのである。


 帰宅してメイド拭くに着替えたちひろはリビングに入るなり、ロベルトに問いかける。


「うちのお母さんには吸血痕がまだ残ってるけど、医者に診てもらって大丈夫なの? 普通に暮らしててできる傷じゃないと思うわよ?」


 スカーレットが刻んだ吸血痕はまだ母親の首筋に残っていた。


 ちなみに母親は吸血されたことを今となっては貴重な経験だと思っているらしい。


 さらにはスカーレットのことも、いのりが拠点に帰ってこなかったあの日、かなり焦っていたことから彼女の本質まで何となく見抜いていたため、今は「仕方なかったんじゃない?」と語っていた。


 実際に記憶を共有するロベルトは、スカーレットが感じたその時のいのりに対する思いの中に心配が混在していることは把握している。


 さて、ちひろの言葉に対するロベルトだが、得意げに「ふふん」としたり顔を浮かべる。


「それがね、いい医者を見つけたんだよ。この間ね。その出会いもまた実に運命的でね……だから、今日は診察してもらうことなんておまけなんだよ。本当の目的は別にある」

「……あぁ、なるほどね。ロロが運命的って言う時点でとりあえず、吸血鬼に理解はあるみたいね。分かったわ」


 ロベルトのこの発言に付随する挙動をいくつも見てきたちひろは呆れたような表情を浮かべつつ、納得を示した。


 家族が出会うためには運命的な何かがなくてはならない。

 血の繋がった家族にとっての産声を越える何か。


 だから、ちひろは賑やかになるであろう来るべき未来を思った。


 そして――狙い澄ましたように訪問者を告げるベルが鳴る。


「ほら、メイドさん。お出迎えしようじゃないか。ボクも行くよ。まずは応対して」

「わ、分かってるわよ。ったく、しょうがいないわね」


 ちひろはインターホンで訪問者に応対。敷地内、そして屋敷の中へと入ってもらうように誘導する。


 そしてバタバタと慌てた歩みで玄関へと赴くのは三人。メイドであるちひろといのりの間に立つ形で主人たるロベルトは佇み、訪問者を待つ。


 すると、そこに偶然マサキが通りかかる。


「あれ。ちひろちゃんにいのりちゃん、ロロくんまで。こんなところで何してるッスか?」

「あぁ、マサキさん。お母さんを診てくれるお医者さんが来るって話しましたよね? あれ、今日なんですよ」

「そうだったんスねー。ということはお母さん、今日帰るんスか……寂しくないッスか? いのりちゃんもそうでしょうけど、特にちひろちゃんは親離れできてなかったりしないッスかね」

「お姉ちゃんは寂しがりやなので、たぶん本当は帰ってほしくないんじゃないですかね?」

「いのり、勝手なこと言っちゃ駄目よ。…… っていうかマサキさん、さりげなく名前で私のこと呼びませんでした?」

「え? 前から名前で読んでるッスよ」

「そうでしたっけ……?」


 マサキに対してちひろが懐疑的な表情を浮かべていると、そこに何やら話し込んでいた一樹と徹生もやってくる。


「あ、お医者さんの出迎えですか? 今日でしたね。ボクもご一緒します!」

「あら、別にいいわよ? こういうのは私の仕事だし」

「まぁ、いいじゃねーか。偶然にもこうして全員が集まったんだ。相手はビックリされるかも知れねーけど、みんなで出迎えようじゃないか」

「徹生さんがそんなこと言うなんてちょっと意外ね」

「一樹くんはともかく、徹生くんは風貌が出迎えに向いてないッスけどね」

「誰が出迎えに向いてない風貌だ……ってお前、俺を名前で呼ばなかったか?」

「ほらほら、お客さんが到着するよ。……でも、グッドタイミングだね。徹生、君は特にね」

「どういう意味だよ?」


 徹生の疑問は扉が開かれることによって氷解する。

 そして姿を露にした彼。


 どこか見覚えがありながら、少しその既視感とは異なる優しさを感じる風貌。その邂逅は世界が狭いということなのか、それとも引き合う確かな引力--そう、運命が存在しているのか。


 それは、分からないけれど。

 屋敷を訪れた彼に対して、ロベルトは得意気な笑みを浮かべて告げる。


「ようこそ、我がお屋敷へ。僕は君を歓迎するよ!」


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ヴぁんぷくらすた!~優しい吸血鬼は人間達と暮らしたい~ あさままさA @asamamasa

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