第三話「吸血鬼、(見た目)ヤンキーと対峙」
短い髪はロベルトと同じく金髪。しかし、染めたものであるため生え際は少し黒い。目つきは悪く、面長な輪郭も手伝って見るものに鋭利な印象を与える。背丈はロベルトより高く、がっしりとした体。屋敷にはいなかったタイプの人間。
それが料理人募集の貼り紙を見てロベルトの屋敷を訪れた人物――相澤徹生とファーストコンタクトを果たした時の印象であった。
応接間のようなものを用意していないためにリビングで彼の面接を行うという、何とも締まりのない構図。
コの字型のソファーに向か合うようロベルトと徹生が座り、真ん中部分に残りの三人が同席する。
一対一での応対もロベルトは考えたものの、やはり屋敷を支配する一番のルールは家族。
これから加わる仲間は全員で確認しておくべきだということで、徹生には少し心理的負担の多い四対一という構図になっている。
……いや、心理的負担というよりはメイドと執事が当たり前のようにいる光景に困惑しているのか、表情に硬質なものが含まれている印象を受ける徹生。
彼の困惑を察してか、ロベルトは咳払いを鳴らして仕切り直しとし面接を開始する。
「えーっと、相澤徹生さんだったね。僕は面接ってものをしたことがないからね、さっきちひろ……あ、ウチのメイドに履歴書持参って貼り紙に書くべきだったんじゃないかって言われてしまったよ」
ロベルトの紹介によってちひろが徹生に軽く会釈をし、彼も同じように首を垂れる。
ぎこちないといっていいお辞儀。
緊張と表現するのが正しいのか分からない、彼の表情にも通づる硬い挙動が徹生には伴っているようにちひろは感じた。
「さて。募集の貼り紙にも書いたとおり、ウチが欲しがってるのは料理人でね。まずは徹生の料理経験みたいなものを聞かせてもらおうかな」
「ロロ、あんたいきなり呼び捨てってどうなの……」
「いや、別に構わない」
同じ男性としてロベルトとは明らかに異質な低く、しゃがれた声。
ちひろは家族にそもそも父親がいなかったこともあってか、その喋り声に違和感のようなゾクっと背筋を走り抜けるものを感じた。
徹生はロベルトの問いに対して、語るべき内容を固める時間を要してから口を開く。
「自営業で飲食店を経営……現在は諸事情による経営不振で閉店。よって求職中。海外に渡ってまでの勉強はしてないが、名のある料理店で修業を積んだ経験もある。調理の腕前にそこまで心配をしてもらう必要はないと思う」
「へー、そうなんだ。じゃあ採用で」
ロベルトのあっけらかんとした返事。
その場にいた全員が声を揃えて「えぇ!」と驚きを露わにする。偶然にも統制の取れた四人の言動に、ロベルトが寧ろ驚いてキョロキョロと皆を見渡す挙動を取る。
滅茶苦茶な面接に徹生は後ろ頭を掻きながら、言葉を選ぶような思案を踏まえ口を開く。
「ちょっと待て欲しい。俺はまだ料理経験しか語ってないはずだ。その他にも色々とその……面接だったらあるはず。給料の話とか、あと貼り紙には住み込みって書いてあった。その部分に関してとか」
「給料に関しては明確に時給とか、月給で決めてないんだよねぇ。まだお給料の支払いは今月、ちひろに行ったのが初めて。そこで何となく基準みたいなのを決めようかなって思ってたんだ」
「……随分とアバウトだな」
「じゃあ給料はメイドちゃんしか分からないんスね。……で、お給料ってどんなもんだったんスか?」
マサキは下世話な笑みとそれに伴うイントネーションでちひろに問いかけ、それに彼女は瞬間鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後に視線を泳がせる。
自分の給料なんて他人に言ったりしないのが普通。
きっぱりと「秘密」と言ってもよい場面ではある。
ただ、ちひろとロベルトの間で給料に関して、いつもの「遠慮がち」なやり取りがあったこと。そして、結局受け取ることになった給料が徹生の欲している情報になり得ることから、その開示を迷っているのだ。
「はっきりとした金額は……正直言うのが怖いわ。でもね、ロロの金銭感覚はかなり壊れてると思う。身の丈に合ったぶんだけは一応受け取って、残りは返金させてって言おうとしたんだけど……ロロってば聞いてくれないのよ」
「ど、どんだけ支払われたんスか……ちょっと耳打ちで教えてほしいッス」
興奮気味なマサキに対してちひろは困った表情を浮かべ、ロベルトに視線を送る。しかし意図は伝わらず、助けは得られなかったようでちひろは諦めてマサキに耳打ちで自分の給料額を正直に申告する。
するとマサキは下品ながら、その衝撃に思わず吹き出してしまう。
「ロベルトくん……。その額もらえるなら自分、作家辞めてこの屋敷で薪割りでも何でもやるッスよ」
「マサキさん、その薪割りってどこから出てきたんですか……。せめて私と一緒にメイドやりましょうよ」
「あんた一人だけ服装普通だなと思ってたけど作家だったのかよ。いや、そこじゃねぇや。それを辞めても構わねぇって……ここの給料いくらなんだよ」
(……あれ? ボク、一流企業とかに進むくらいならいっそ、ここに永久就職でいいんじゃ?)
それぞれにちひろがもたらした給料という波紋に胸中を揺らがせていく光景。徹生の表情に絡みつく硬さのようなものも、瞬間的にではあるが解かれていた。
ロベルトは自分の支払った金額が異常だったことを流石に悟ったようで、来月からはもう少し適正な金銭感覚に基づいた支払いを行うべきと自分を戒める。
無論、彼はちひろに対して来日した時に救われた恩義を感じているので、そこで色がついてしまった可能性を自覚している。
それでも少し過剰であった、ということである。
というわけで、閑話休題。
「まぁ、そんなわけでお給料は絶対評価性とでもいうのかな、あんまりきちんと決めてないから明確には言えないけど……なんか多いみたい」
「そんな給料の提示があるか……と言いたいところだけど、俺はあんまり給料の額にケチケチ言うほうじゃないから別にそれは構わない。面接がざっくりしすぎてたから聞いただけだ」
「なるほどね。まぁ、不明瞭で申し訳ないけど、給料に関してはそんな感じ。不満が出る額じゃないのは保証できると思うよ?」
「そうか、分かったよ」
普通ではないことの連続に疲れを感じたのか、徹生は深く嘆息して肩を落とした。気を抜いたとも表現できる緩みが彼の表情に浮かぶ。
「っていうか、そもそもメイドと料理人の給料って職務内容的に別個だから同じってわけにもいかないッスよねー。参考にしていいものか……」
「そうですね。マサキ先生、流石は鋭いです。……まぁ、料理人とメイドの職務のどっちが、っていうのも難しい所だからなぁ」
「……まぁ、その辺にとやかく言うつもりはないけどよ。俺はプロの料理人だ。昨日、今日で家政婦になったようなのとあんま一緒にされるのも困るぜ?」
徹生のぶっきらぼうな物言いにムッとした表情を浮かべるちひろ。
しかし、彼女の中で言い返す言葉が浮かばなかったためにそれは表情だけで留まった。
徹生はまだ確認していないが、本人の口ぶりからしてもその実力は本物。彼が言っていることは正しいのだろうし、自身が特技など何も考慮せずに「とりあえず」でメイドになっていることは否めない。
報酬は当然、彼の方が多くもらうべきだ。
とはいえ――彼のそんなぶっきらぼうな口調に少し引っかかりを感じているちひろ。
(言い返せないけど……なーんか、この男の物言いって腹が立つわね。そういう言い方しかできないのかしら。……っていうか、この男ちょっと来た時と口調変わってない? あと、私は家政婦じゃなくてメイドよ!)
そんなことを考えながら不貞腐れた表情を浮かべるちひろをロベルトはきちんと把握しており、やや早急に話のまとめへと事を運ぼうとする。
「じゃあ、そういうわけで採用でいいよね。お給料の話はした。そして、住む場所は……この屋敷の一室を使ってもらうことになる。それでいいよね?」
ロベルトが強引に採用の方向へ持っていこうとすること。それは現在無職である徹生にはありがたいはずの話ではあった。
しかし――彼はそのように「他人の内面も知らずに平然と信用する」ロベルトの姿勢に強い引っかかりを感じていた。
ロベルトには吸血鬼の不死性に裏付けられた恐怖心の欠如があるため、人間よりも信用を提示しやすいのだが――彼がそんなことを知っているはずはない。
だからこそ、徹生は自分の利害を二の次にして口にする。咳払いをして自分の中で仕切り直しをかけた徹生の表情は先ほどまで弛緩したものを失い、また真剣なものになっていく。
「ちょっと待てくれ。あんた、まだ俺のことを何も分かってないのに採用って……それでいいのか? 俺がどんなやつとも分かってないし、素性を証明するものもない。料理人の経歴だって嘘で、この屋敷に入り込んで悪さをしようとしてんのかも知れない。そんな可能性をぜんぶの捨てて、俺をあっさりと引き込むのはマズいんじゃないのか?」
徹生自身がこのように語っている時点で、ほぼ彼が悪人である可能性は失せていた。自分が悪行を成す可能性を示唆する悪人など、どんな利害があれば成立するのか。
とはいえ、彼の妙な慎重さ。そして、見た目の悪そうな風貌とは相反して筋を通したがる感じ。
一樹はその慎重さを「大人の男」と捉え、ちひろは自分に似たものを感じながらも先ほどの印象から「嫌なやつ」と感じ、マサキはどこまでを読み取ったのか不明だが「臆病で可愛い」と評価していた。
そして、ロベルトは徹生の言葉に「一理ある」と感じた。それは、ロベルトが肝心なことを説明し忘れているからである。
「徹生、君の素性をきちんと把握するためにはそりゃあ身分証の提示だったり、職務経歴とかいうのを履歴書とセットで持ってきてもらって深く人物を知るべきだったんだと思う。そこは僕が浅くて申し訳ないよ。つまり君は、包み隠さず正々堂々と人となりを知ってもらうことが筋って言いたいんだよね?」
「当然だろう。俺としては自分のことをすんなりと受け入れてくる人間が正直、怖いとさえ言えるからな」
この辺り、ロベルトのすんなりと何でも受け入れてしまう性質が悪い方向に影響したと言える。あっさりとした許容を一種の罠と考える徹生の思考ルーチンを誘発したからだ。
そして、それを痛感した彼は自分をちひろと比べ、彼女が持っているものを少し羨ましく感じてしまうのだった。
とはいえ、今はそんなことを言っている場合ではない。
筋を通す男、相澤徹生にこう言われてしまっては、仕方ないのでロベルトは意を決して口を開く。
どちらにせよ必要なことなのだから今のうちに済ませておくべき、という思考もあった。
「じゃあまずはこちらからきちんと開示しておこう。あのね――僕は吸血鬼なんだけど、大丈夫かな?」
「……はぁ?」
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