第二話「吸血鬼、これが本当の作者買い……をする」

 サイン会終了後、ロベルトと一樹はマサキを連れて自宅へ戻ることとなった。


 ロベルトが考えていた以上の食いつきによって、あまり多くの言葉を必要とすることなくマサキと約束を取り付けることができた。


 それはマサキの職業が小説家ということもあって好奇心の表れ……そう考えれば納得のいく事の運びではあった。


 道中、一樹はマサキに羨望の眼差しを送り、彼をマサキもかまったりしており、ロベルトはそんな光景を微笑ましく見て……はいられなかった。


(正直、あんな風に一樹がマサキ先生に相手してもらえているのが羨ましくて仕方ない。……まぁ、あの体躯と愛らしさだから成立しているのだろうけれど)


 そんなことを思いながら自宅へと歩みを進める三人。


 マサキからすれば吸血鬼について何か知っているならこの場で話してくれ、と言いそうなものだったがロベルトの「あまり大っぴらには語れない」空気を感じ取ったのか、自宅まで移動することもすんなり了承してくれた。


 というわけで帰宅し、三人を出迎えたちひろの第一声。


「ほら。やっぱり三人で帰ってきた。ロベルトのことだからそうだと思ってたわよ」


 ちひろの得意げな言葉にロベルトは「そんなに自分って読まれやすい性格なのか」とちょっと面白くないものを感じる。


 一方で案内された屋敷で出迎えた正真正銘、本物でかつ現役のメイドを見たマサキは「へー、これが見られただけでも、すでに来た甲斐があったッスよー」と感嘆の声でちひろへと歩み寄り、至近距離で彼女を見つめる。


 初対面でありながら自分の興味が先行して挨拶も忘れ、メイド服姿に見入るマサキ。


 どこかロベルトに近いものを感じる。


 一樹とちひろはそのように感じて互いに目を見合わせ、呆れ混じりにに笑んだ。


 さて、立ち話というわけにもいかないのでマサキをリビングへと通す。


 ソファーの真ん中に彼女を座らせ、ロベルトと一樹が挟むように座る。ちひろは飲み物を出すべく準備を進める。


 屋敷のイメージを大事に、というロベルトの意向で最近はよくこの家で飲まれている紅茶の準備である。


 ロベルトにかなり特訓を受けているため、一応は紅茶を淹れることができるちひろ。メイド服も相俟って絵になる構図で差し出された紅茶に、マサキはまたしても感動で身悶える。


 そんな彼女を嬉しそうに見つめ、目を輝かせる一樹。


 とはいえ、マサキの感動をメイドに全て持っていかれては吸血鬼であるロベルトとしては面白くない。


 そこで、である。


 ここまでの彼女の好奇心を踏まえて……マサキは吸血鬼であることを告白して、すんなり受け入れられることを彼は確信していた。


 だからこそ、早速本題へと入っていく。


「さて、マサキ先生。例の吸血鬼の件ですが……正直に言って、僕はその目撃されたであろう本人を知っています。そして、マサキ先生に会わせることもできます」

「え? マジッスか?」


 マサキの興味がメイド服のちひろから一転、ロベルトの言葉へと移り変わる。


 恥ずかしそうにしていながらも、何だかんだでちやほやされていたのが嬉しかったちひろは唐突に相手にされなくなり、違う意味の羞恥心で咳払いを一つ小さく鳴らした。


「単刀直入に申し上げていいですか?」

「お願いするッス」

「その吸血鬼とは……僕のことです」


 ロベルトが怪談のオチでも話したかのようなイントネーションとドヤ顔で語る。


 しかし、マサキは表情を一つも変えることなくロベルトをしばらく見つめ……「ふんふん」と頷いて口を開く。


「うん。ロベルトくんが自分の作品の大ファンなのは分かったッスよ。そして、吸血鬼になりきってるのも知ってるッス。正直、外国人でも中二病っているんだなー、ってのも一つの感動ッスからね。……で、肝心の情報を」


 淡々と情報を欲しがってくるマサキにロベルトは拍子抜けしたものを感じる。


(あれ、こんだけ想像力と好奇心が豊かな人ならこの言葉一発でも案外、信じると思ったんだけど……流石に無理か。現実味っていう部分を重んじるのもまた、小説家なのかな)


 というわけで仕切り直してロベルトは両手で口内を拡張し、発達した吸血鬼の牙を見せつける。


 ……ちなみに、もう一樹は彼の牙を見ることには慣れているので気絶はしない。日常的にちひろが吸血される光景もあるので、割と日常的なこととなっている。


 あと補足しておくと両親の目もあり、年齢的なことを考えて一樹からは吸血はしていない。


 さて、吸血鬼の牙。それは人間にとっては脅威となるため精神的に訴えるものがあることは説明したと思うが、マサキに対してそれは――通用していなかった。


 とはいえ、少し興味は持ったようで表情は感心したようなものに変わる。


「ほえー、よく出来てるッスねー。……で、ロベルトくんの吸血鬼好きっぷりは分かったッスから、そろそろ吸血鬼についての情報を」


 ロベルトがかなり気合の入った吸血鬼マニアくらいにしか思われていないことに思わず笑いが抑えられなくなるちひろ。


 一方で一樹は牙を見てもコスプレくらいにしか思っていないマサキの動じなさにまたしても目をキラキラと輝かせていた。


 ……まぁ、考えてみれば牙を提示して信用を得られたのはちひろのみである。実際に吸血されたという説得力もあったあの場面とは違い、普通はやはりこういう反応なのかも知れない。


 だが――ここまで動じないのであれば、逆にロベルトとしては簡単にマサキへ吸血鬼の証明を行うことができるのである。


 ロベルトはマサキに「それではそろそろ吸血鬼とご対面ということで……こちらにいらしてください」と誘い、リビングから二人で出ていってしまう。


 残った一樹とちひろは顔を見合わせ、これから何が起こるのか想像もつかないといった風に両者とも首を傾げる。


 ――と、その時だった。


『ひ、ひえー! 何やってるんスか、ロベルトくん。頭おかしくなっちゃったッスか?』


 と、マサキの悲鳴にも似た声が遠くから扉を介して聞こえてくるのである。


「え……ロロさん、何やってるんですかね?」

「ほんと、何をやって……」


 --と言いかけたところでちひろは、ロベルトの行動に思い当たりがあったために言葉を止めた。


 自分に吸血鬼であることをきちんと認識させようとして彼が言い出したこと。結局は自粛したけれど、それは気を遣ってのことだった。とはいえ、マサキならば大丈夫と判断したとしたら……。


 ひきつった表情でマサキが見せられているものを想像するちひろ。


「一樹くん、マサキさんが見せられたものが何だったのか……聞いちゃ駄目よ?」

「え、どうしてですか?」

「君にはまだ刺激が強すぎるから」

「そ、それって……」


 刺激、という部分で一樹は持ち前の想像力もあってかかなり飛躍した部分まで考えが及んだらしく、顔をじわじわと紅潮させる。


 それに対して訂正しよかとちひろは瞬間悩んだが、口止めになっているのならいいかと思い、敢えて触れなかった。


(それにしてもマサキさん、そんなの見せられて本当に平気なのかしら……?)


 そのように思っていると――、


「ぎゃ、ぎゃあああああああああああああ! 助けてくれぇぇぇええ!」


 先ほどの悲鳴よりも強烈な、怒号に似た叫びが屋敷内に響く。


 しかし、それはマサキの声ではなく――ロベルトのものだった。


 異常を感じたちひろと一樹がリビングから出るべく扉を開き、二人の視界は廊下を映す。


 すると廊下の真ん中、何故か――そこにはマサキに両手両足で羽交い絞めにされるロベルトの姿があった。


 技をかけられてギブアップを訴えるかのようにバンバンと手で床を叩くも、マサキはロベルトを拘束するのを止めようとしない。


 それどころかちひろと一樹の姿を見つけると、マサキは急を要したような口調でこう言うのだ。


「本物! 本物の吸血鬼ッスよ! 網! あと虫カゴを持ってきてほしいッス!」


         ○


 事態の説明に複雑なものは必要ない。


 マサキのような吸血鬼を題材にする作家にとって本物の吸血鬼というのは同業者と圧倒的な差をつけられるとんでもない資料であり、逆にいえば他には握らせたくない重要機密ということになる。


 であるからして、マサキはロベルトを生け捕りにしてしまいたいと唐突に思ってしまい……それを行動に起こした。


 冷静になった今ではそれを反省しているものの、興奮してしまうと自制が効かなくなる性格であるらしいのだ。


「マサキ先生、いくら気分が昂ったとはいえ節度を守りましょう!」

「……あんたがそれを言うのね」

「ですが、作家としての意欲を見たようでボクは感動しました!」


 とりあえずはマサキが冷静になることで事態は収拾を図ることができた。


 ロベルトが別室にて少々、残虐性に富んだ行為でその再生能力を示した。それによってマサキに彼が吸血鬼であることを認めさせることには成功したが、相手が悪かったということなのだろう。


 マサキはリビングのソファーに座り、身を縮める。


「いやぁ……本当に申し訳ないッス。割と感情で生きてるところがあるんでついつい……しかし、自分の読者に本物の吸血鬼がいるとは思わなかったッスねー。なんか嘘でも書いてたら謝罪すべきなんスかね」

「いやいや。吸血鬼としての設定は少々、事実と異なるものがありましたけど、心理描写なんかは自分の代弁だと感じたくらいです。お見事ですよ!」

「ほんとッスか? 光栄ッスねー。作家やってて色んな感想をもらうッスけど、これは格別っていうか……。感動ッスよ」


 後ろ頭を掻いて、照れたように頬を少し染めるマサキ。


 しかし、そこから彼女は思案顔を浮かべて「ということは……」と言って、何らかの考えをまとめてまた口を開く。


「つまりそこのメイドちゃんや執事ちゃんに、ロベルトくんは吸血鬼と打ち明けている。その上で打ち解けた会話をしているし、共同生活もしている……そういうことッスか?」


 突如として話を振られ、びくつくちひろと一樹。


 ちひろといえど大人であり、作家という特殊な職業の人間が相手ではいつもの調子は出ないのかもしれなかった。


「ええ、そうですね。……あ、私はちひろです。舞鶴ちひろ。この屋敷でちょっと事情あってメイドをやってます」

「こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ないっす。作家のマサキ……えーっと、本名はちょっと恥ずかしいんすけど、真崎のり子というッス」

「マサキ先生のペンネームって苗字だったんですか? ボクてっきり下の名前だと思ってて……もっといえば男の人かと」

「それはよく言われるッスね。男だと思われるのも楽しんでつけた名前ッスから。……おっと、それで執事ちゃんのお名前は?」

「そ、そういえばずーっと名乗りもしなくて申し訳ないです! ボクは高嶺一樹。この屋敷で執事としてお世話になってます」

「なるほどー。みんな可愛らしい名前でいいッスねー。なーんか時代ってことなんすかねー。羨ましくなるッスよ」

「そうですか? マサキ先生のお名前も可愛らしいと思いますけど?」


 ロベルトはマサキの愚痴るような言葉へ、どこか食い気味に擁護の言葉を入れた。


 そんな彼を見ていてちひろは呆れに似た気持ちを抱いていた。


(一樹の両親とは違った意味できちんと敬語を使ってるのね。……まぁ、吸血鬼の作品が存在してることを知って、それがきっかけで日本に来たって言ってたっけ。ある意味では恩人ってことになるのかしら?)


 そのようなことを考えボーっとしていると、いつの間にかマサキと視線が結ばれていることに気付き慌てふためくちひろ。


 じっと見られているだけになかなかちひろは言葉が出なかった。


「……ど、どうしました?」

「いやね。いいなーっと思って」

「あら、興味がまたメイドに戻ってきましたか?」

「いや、そうじゃなくて」

「あ、違うんですか……」

「ロベルトくんと共同生活。至近距離で吸血鬼を観察できる環境。羨ましいなぁって思ったんスよ」


 マサキはずっと一樹から向けられていたような羨望の眼差しをちひろへ、そして屋敷を見渡しながらも湛えており(と言っても糸目だが)、それは先ほどの発言も踏まえてロベルトにチャンスだと感じさせるには十分だった。


 無論、彼はマサキを獲得すべく自宅に呼んだのだから--!


「いやね、マサキ先生さえよければウチに住んでくれちゃっても構わないんですよ? この屋敷は家族のようなコミュニティを作りたくて購入したもの。ですから賑やかにしたいんですよ。マサキ先生にその気があれば、こちらは即入居オーケーです!」


 ロベルトは焦る気持ちを抑えて平然を装い、そのように余裕を含ませた口調で語った。


 傍から見ていたちひろには「もしマサキを獲得できれば小説の最新作が一足先に読めるかも知れない」という彼の欲望が丸見えではあったが。


 そして、ロベルトの言葉に表情がパァっと明るくなるマサキ。


「マジっスか? 自分そんなことを言われたら本当、前向きに検討しちゃうスよ? それにその家族! アットホームな空気を目指してるロベルトくんのコンセプトも気に入っちゃったス!」


 乗り気なマサキの言葉にロベルト、そして一樹が希望に満ちた表情で互いの顔を見合わせてサムズアップする。


 ロベルトからしてみれば、一樹を引き入れる件があっただけにすんなりマサキから色よい返事がもらえて拍子抜けなほどだった。


 ――と、その時である。


 訪問者を告げるインターホンが鳴り響き、全員がその音に反応する。来客の応対も担当しているメイドであるちひろはすぐさまリビングを出る。


 そして、そこから数分してからちひろはリビングへと戻りロベルトに告げる。


「ロロ、前に出してた料理人の貼り紙あるじゃない? あれを見て話を聞きたいって人が来てるけど……通してもいい?」


 ちひろの言葉にロベルトはにやりと不敵とさえ言える笑みを浮かべて返事をする。


「トントン拍子で逆に怖くなっちゃうな……いいよ、会おう。入ってもらって」

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