第六話「吸血鬼、未成年に囲まれる」
一樹は両親に自分の本心を一つ一つ、ゆっくりと……分かりやすい説明ではなかったかも知れないが、それでも慣れないながらに本心を曝け出していく。
それは、今日ロベルトやちひろと出会って「向き合う」ということに気付かされたこと。
自分には漠然としているがやりたいことを探したい気持ちがあり、それはロベルトと一緒にいることで見つけられそうだと感じていること。
そして、ロベルトと共にいることで学べることが山ほどあると今日、感じたこと。
だから、ロベルトの家でちひろのようにお手伝い(仕事とは表現できなかった)をして学びたいということ。
それらを両親に伝えた。
仮に、両親が一樹の述べたことを全て了承したとすれば、ロベルトは一樹をボランティアのように受け入れる。
給料が発生しない労働として、彼の元で生活をするということ。実際には両親に一樹の働きに見合った給与を違う形で渡せないかとは考えているが……とりあえず、ロベルトはそのようにして彼を一員に加えようと予定していた。
逆に、両親が一樹の願望を退けた場合。勉強と、そこから繋がる未来に寛容な彼の両親でも確固たる目的のない挑戦は許可できなかった場合。
ロベルトと一樹の縁はなかったということにするしかなくなるのだろう。少なくとも家族と呼べるような密接な関係ではなく、ただの友人という形で今後も付き合うこともできるが。
それも吸血鬼という特別な存在と関わる目的は果たしている。
でも、ちひろの存在もあるからか、一樹はそれでは納得しないのだろう。彼女のように、ロベルトにとっての特別でありたいという思いがある。
それは吸血鬼という特殊な存在に認められる以上に――自分を肯定してくれた彼が、すでに一樹の中でただならぬ存在になりつつあるから。
一樹のような年代の少年にとって、自己を肯定してくれる存在は大きい。
だからこそ、彼は望む立場を譲れない。
そして、両親の返事は――、
「……ん、あぁ。いいんじゃないか?」
「そうね。一樹がやりたいならそれで構わないと思うけど……」
一樹の両親は互いに顔を見合わせ、一人息子決死の嘆願をあっさり許可した。
これにはちひろ、そしてロベルトでさえも驚きを隠せなかった。
ちひろは一樹に対して「親に本心をぶつけたことがないから拒否されると身構えているだけで、案外告白すればすんなりいく」と考えていたのだが……流石にこんなにも簡単に許可が出てしまうとは予想していなかった。
ロベルトは逆に「彼の両親はきちんと一樹の欲求を飲み込めてないのではないか」と思い、一樹からすれば邪魔な行動かも知れないが改めて「本当にいいのか」を確認しようとしていた。
だが、きちんと一樹の両親は息子の話を理解しているようで、
「とはいえ、そんな住み込みってのは許可できないぞ? まぁ、週に数回の外泊くらいなら別にいいんじゃないかと思うけど……あ、そうだロベルトさんはいいんですか?」
「え、あ、はい。ウチは構いませんが……」
「一樹が自分で決めたのなんて初めてね。何だか嬉しいわ。……しかし、そんなことに興味を持っていたなんてねぇ」
「本当だよなぁ。まぁ、一樹もそうやって将来を考えていく年代だってことだろう」
トントン拍子が話が進んでいく――と見せかけて、両親の会話の端々から妙な認識のズレが見え隠れしていることをロベルトとちひろは察知。
互いに顔を見合わせて、ロベルトから一樹の方へ小さな声で確認を取る。
「君のご両親……何か勘違いしてない? 大丈夫?」
「……それはボクも何となく思ってるんですけど、ちゃんと言いましたよね?」
「ええ、聞いてたもの。でも、なーんか妙な解釈をしてるっぽいのよね。……そもそも、今回のお願いって欠陥だらけなのよ。ロベルトが吸血鬼だから一緒に暮らしたいっていう肝心な部分を伏せてるでしょ?」
「なのに、僕の家で生活することに何のメリットがあるのか聞いてこない……これ、どういうことだと思う?」
「さ、さぁ……ボクにもさっぱり」
ロベルトたちが二人の奇妙な納得に思案を巡らせている間も、一樹の両親は我が息子の成長を感じて穏やかな表情で笑い合っていた。
そして、一樹の方を向いて父親は「まぁ、そういうわけだ」と言って続ける。
「父さんは知らなかったけど、それでもお前が選んだんだ。ちゃんと勉強させてもらいなさいよ。……いやぁ、まさか一樹が海外に興味を持っていたなんてなぁ」
○
「なーんかさ、悩んでたのが馬鹿みたいじゃない? 最初からああすればよかったんだって感じがして……拍子抜けしちゃった」
「……まぁ、確かにね」
ロベルトとちひろは屋敷に戻り、ソファーに体を預けてぐったりとしていた。
今日のところは帰宅した一樹。ロベルトは明日から彼を受け入れる旨を去り際、本人と両親に話していた。
時折は外泊することも許可されているので、一樹の部屋を準備する必要がある……そのように思うもあまりの拍子抜けはロベルトも同じで、何かをする気力を失っていた。
もしかすると、それはロベルトのあまり好かないレッテルをまた貼られたからかも知れなかった。
「ほんと、ロロって吸血鬼だと認識してるとそれが先行して忘れそうになるけど……そもそも普通の人からみれば外国人だもんね」
「また面白外国人扱いか……。ははは。まぁ、そりゃあ一樹が学びたいとか、将来のための可能性を感じたって言って僕の元で生活したがれば、英会話とかそっち目的になるよね。プチ海外留学と思えば、目の届く範囲に息子がいるのにリアルな外国人に接する機会を与えられる……なるほどねぇ」
ロベルトは来日した当初の印象のせいで、外国人という点を取り上げて自分を評価されることを嫌っていた。
面白外国人は彼にとってありがたくない肩書きなのである。
「まぁ、純粋に英語ができる外国人として扱われてるだけいいじゃない。それに、一樹が外国人と一緒に過ごして何か得るものがあるって可能性はゼロじゃないから嘘はついてないでしょ?」
「でも僕、そんなに外国人然とした立ち振る舞いしてるかな?」
「あー……ちょっと前だったらしてるって言ってたけど、今日で分からなくなったわ」
ちひろは一樹の家での両親に対する受け答えや、ふざけた礼儀作法を繰り出さなかったロベルトを思い出していた。
(日本に慣れたってことよね……。まぁ、こうして喋ってても外国人って感覚もないし、一樹が両親に言ったことって嘘にならないのかしら?)
そう思ったちひろは「ちょっと今から英語で喋ってみてよ」と言い、ロベルトはそれに応じて適当なことをベラベラと喋り始める。
「ふんふん、ありがと。……なるほどね。聞き取りやすい、いい発音。とりあえずロベルトが外国人として一樹の先生ができる実力は確かみたいね。よかった、よかった」
ちひろは言い終えると何故か居心地悪そうにして、仕事に戻ろうとソファーから立ち上がる。それをロベルトは「ちょっと待って」と言って静止させる。
「ちひろってフランス語分かるの?」
「どういうこと?」
「いや、今のフランス語なんだけど」
「…………ロロ、あんた意外と意地悪よね」
とはいえ、ちひろに簡単な英語で話しても伝わることはなかった。
○
翌日の昼下がり。ロベルトがいつものようにネットサーフィンに勤しんでいると窓から門を開いて屋敷の方へ歩いてくるちひろと一樹の姿が見えた。
学校終わり、偶然会って一緒に帰ってきたのかも知れない。
そのような推測も立てつつ、ロベルトは二人を出迎えるべく玄関まで移動する。
扉を開いたちひろと一樹は待ち構えていたロベルトに驚き「わっ」と声を漏らす。そんな反応を面白がりながら、ロベルトはようやく「おかえり」を自分の家族に対して言うことができた。
ちひろは着替えるために自室へと移動し、ロベルトはこれからのことを説明する必要もあったので一樹と共にリビングへ向かう。
並んでソファーに腰掛け、何から話したものかと考えているロベルト。
そんな彼に対して一樹は「あの」と言って話しかける。
「思えば昨日出会ったばかりで悩みを聞いてもらって、それをおかしいことじゃないって言ってもらえただけでも嬉しかったのに……こうして仲間にまで入れてもらえて。本当にありがとうございますっ!」
立ち上がって深く首を垂れ、人並み以上に大きな声で一樹は礼を述べる。
出会ったばかり、昨日の今頃と比べれば随分とはっきりとした物言いができるようになったのではないか……そのように思い、嬉しくなるロベルト。彼の頭に優しく手を触れさせ、ぽんぽんと軽く叩く。
(やっぱり考えてしまう。……ちひろがいなかったら僕はこの子を今頃、どんな風に受け入れていただろう? ただ、言われるがままに引き受けていれば、いつか一樹の両親が胡散臭い僕の屋敷から彼を連れ去っていた? でも、僕が彼女みたいになる必要はないのかな。僕は僕のままでいい。だって、この家にはちひろも、そして一樹もいるんだからね!)
柔らかな笑みを浮かべ、ロベルトはまた一人仲間が増えた光景に過去を重ねていた。
あの時とはまた違うケース。家族の抱えているものが違う。一樹は未熟で、これからの方がずっと大事な人間だから……大切にしていきたい。そして、彼がこの家から一つでも多くのものを得られますように。
そのようなことを考えながらロベルトは口を開く。
「これで君は僕の仲間、家族だ。……これからよろしくね!」
「……はい! よろしくお願いします!」
○
「一樹くん、仕事っていうのはね、体を使ってこそ。疲れてこそなのよ。疲労感が溜まった体をベッドに預けて心地よくなる感じが仕事をしたってことなの」
「うーん、そうでしょうか? ボクとしてはやはり仕事にもランクがあると思ってまして。座って作業ができる仕事って誰にでもできるわけじゃないと思うんですよ」
「へ、へぇ……言うじゃない? あんた五十メートル走何秒なのよ?」
「その前にちひろさんの中学時代の数学、最高でテストが何点だったか教えてもらっていいですか?」
リビングで吸血鬼ものの小説を読みながらソファーに腰掛けていたロベルト。しかし、両者の会話があまりに愉快すぎて興味を完全に現実のその光景に奪われていた。
雑巾とバケツを抱えたメイド服姿のちひろと、燕尾服を着た女の子……ではなく、れっきとした少年の一樹は互いに睨み合い、意見をぶつけている。一触即発であった。
一樹が屋敷で働くようになってから一週間が経過。
彼のサイズで仕立てた燕尾服は一樹の職務を表しており、ちひろのメイドに対応して「執事」ということだった。
ただし職務内容は出費の管理や、必要なものの発注や管理といったデスクワーク。実際のイメージはは執事というより事務員に近い。
名目上は無給なので重労働をさせられないことと、彼の勉強時間を考えてあまり手間のかかるものはよくない。
……ということで振った仕事ではあったが、一樹からすればそういったことが新鮮で面白いらしく、手際もよいためどんどんと職務内容をロベルトは追加してしまっていた。
(本当にお給料を高嶺家に何らかの形でお支払いしないとマズイな……。僕の中で罪悪感があるよ。とはいえ、あちらのご両親からは逆に家賃出すって言われちゃってるんだよねぇ……)
そのような思考の途中で思い出す。
忘れかけてはいたが一樹は一応、この屋敷に語学を学ぶためにやってきている。そのことをあまりほったらかしにして成果が出ていないことを両親に指摘されれば、それは結構マズいのではないか?
ロベルトはそこで一樹に対して、少し試験を出してみることにした。
適当な会話文をとりあえず喋ってみて、一樹がどのような反応をするか確認するのだ。
唐突に日本語を止めたロベルトをちひろと一樹が好奇の目で見るも、彼はしばらくの間思いつく限りの最近あったことを喋り続けた。
そして、一樹が答える。
「……あの、フランス語は流石に分からないです」
「合格」
「う、うっそでしょぉぉぉおおおお?」
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