第三話「吸血鬼、中学生を家に連れ帰る」

「ロロ……あんたってほんっっっっっっとに、人の言うことを聞かないないのね! まさか実際に中学生を家に連れて帰ってきちゃうとは。しかも眠らせて!」


 気絶した一樹を抱えてロベルトが帰宅すると、先に戻っていたちひろがメイド服姿に着替えた状態で出迎え――さっそく一喝。


「いや、本当に有言実行で申し訳ない」

「いっそ清々しいわよ」


 一応、ちひろが先に帰ってきていることでロベルトが考えていた彼女を出迎えるということは適わなかったのだが、彼に今そのようなことに気付く余裕はない。


 目の前で激昂しているちひろに対してきちんとした弁解を述べなければならないからだ。


(……いや、それよりもまずは一樹を寝かせられる場所まで運ぶことが先かな)


 ちひろにはきちんと事情を説明する旨を伝え、まずは形式的にリビングとしている部屋へ一樹を運び込む。


 ひたすらに部屋は余っているがベッドはまだどの部屋にも設置しておらず、客室のようなものも設けていない。


 とりあえずソファーに寝かせれば問題ないという判断で歩むロベルトの後ろを、面白くなさそうな表情でついていくちひろ。


 リビング内、「コ」の字になっているソファーに一樹を寝かせ、余った部分でロベルトとちひろは向かい合う形で座る。


 そして腕組みをして不機嫌そうにロベルトの言葉を待つちひろ。


「とりあえず説明してさせてもらうよ。今朝語ったような理由でこの子……一樹を連れ帰ったわけじゃないよ。それは本当。偶然、倒れることになった一樹を仕方なくウチで安静にさせてあげようと思っただけだよ」

「そうなんだ。ならそうだって早く言ってよね」

「いや、そこは本当に申し訳ないと思うよ」

「とはいえ、人助けっていうなら何も言うことはないわ。寧ろ良いことしてるじゃない。ただ、その……一樹くん? が倒れる場面にどうしてロロが鉢合わせしたの? ただの偶然?」

「まぁ、そこだよね。きちんと説明させてもらうよ」


 ロベルトはそう切り出して、今日起きたことを説明し始めた。


 今日、好きな作家の新刊が発売日を迎えたというのに気付き、買いに出かけたこと。


 電車に乗れればアニメグッズの専門店で特典付きのものが買えたのにちひろが付き合ってくれなかったから、今になっても移動手段が乏しいこと。


 書店で新刊を手に取った時、一樹と手が触れて運命的な出会いを感じたこと。


 そこから意気投合して作品談議になったのち彼が吸血鬼に会いたがっていたため、牙を見せて正体を開示……そして今に至る。


 そこまでをちひろは「うんうん」と相槌を打ちながら聞き、第一声。


「どこが偶然なのよ! 思いっっっっきりウチに引き込むつもりで立ち回ってんじゃない!」


 怒号のような声が室内に響き、ロベルトは反射的に身を縮めて指で耳に栓をする。


「いや、でも不審者みたいなことして中学生を家に連れ込んだりしてないから、約束はちゃんと守ったと思うんだけど」

「私にはさっきの話、吸血鬼の牙見せて気絶させた挙句、自宅に連れ込んだ不審者にしか聞こえなかったんだけど? ……あと、そんなに電車の乗り方知りたいなら今度付き合うわよ。そんなに困ってるとは思わなかったわ」

「本当に? じゃあ今週末。学校は休みだよね? そこを使って電車で電気街まで案内して欲しいな。覚えれば自力で行けるから」


 怒られ萎縮していたロベルトは突如として目を輝かせて饒舌に語った。


 そんな切り替えに一瞬、ちひろは不機嫌を表情に浮かべるもそれさえ通り越してしまったのか、深いため息を吐き出す。


「……いや、ロロ。あんたはほんと、どうしてそんなに気分が高揚すると暴走するのよ。まずはその一樹くんの話よ。さっきも言ったけど、吸血鬼ってことを開示したって……明らかにウチの一員にするつもりで動いてるわよね?」

「彼は僕と同じ作家が好きで……そして、吸血鬼が好きみたいなんだ」

「吸血鬼が好きな子なんていくらでも……とは言わないけど、珍しくはないわよ。なのにどうしてその子だって決めたのよ? やっぱロロらしく運命的って部分にこだわったわけ?」

「そうだね。書店で同じ本を取ろうとして手が触れたんだよ。そういうのって運命的な出会いの代表例みたいなものでしょ?」

「そこから始まる運命は大抵、恋愛なんだけど……分かってるの?」

「え、そうなの? 確かに一樹は男の娘だけど、流石に僕はそんな趣味ないよ」

「どういう意味なの……それ。男の子だからこそ、そういう趣味でいてほしくはないんだけど」

「いや、でも男の娘だよ?」

「何で会話に齟齬が生じてるのよ!」


 ――と、口頭では永遠に解決しないであろう会話を繰り広げていた時、小さく「んっ」と声を漏らして一樹が目を覚ましたのだった。


 薄目を開けて天井を仰ぐ。そして見知らぬ光景であることに気付くと一気に脳が覚醒し、慌てて半身を起こす。


 理解できない状況ながら、周囲を見渡して一樹は驚きを口にする。


「め、め、メイドだ……! 初めて見た」

「君、第一声がそれなの……?」

「なんか僕の時と違って純粋に驚かれててズルい」


        ○


「……じゃ、じゃあ本当にロロさんは吸血鬼で……その、ちひろさんはえーっと、ほ、本物のメイドなんですね」


 恥ずかしそうにもじもじとした挙動を取りながら、一樹はこの屋敷に住む奇異な住人の実情をとりあえずは把握した。


 さて、一樹がこのように顔を真っ赤にして羞恥を露にしつつ彼らのことを認めたのには理由がある。


 それは端的に言って--ロベルトが吸血鬼であることを証明する手段があまりにも思春期の中学生にとって刺激が強かったからだ。


 牙を作りものなんじゃないかと疑う一樹に、きちんと吸血鬼が実在することを証明する必要があった。


 そこでロベルトは「刃物で手首を切って再生するところでも見てもらおうか」と言いかけて、ちひろに気遣いのない言葉として響いた過去を思い出した。


 それは自粛して、他の方法を考えた時に出た案が――吸血、だった。


 吸血鬼の開示に関してちひろは賛同しかねるといった感じだったが、ロベルトが強引に推し進めたために、渋々了承。


 定期的に血を吸われているちひろにとってこの行為はあまりに自然なものだったためか、軽く了承してあっさり一樹の前で実演することとなった。


 首元を露出するために服を少しはだけさせる必要がある。それをあまり見られたくないちひろを思ってか、ロベルトは常に背後から吸血を行うようにしている。


 となれば、実演の観客たる一樹はちひろを挟んでロベルトが後ろから吸血するのを見ることになり、それは服のボタンを外して肌を露出させている彼女を直視することになる。


 それに関してちひろは一瞬、中学生とはいえ男の子に肌を見せるのはどうなのか……そう思った。しかし、一樹のあまりに女の子寄りな容姿に恥ずかしさや、抵抗を感じなかったので吸血は決行。


 と、ここまで語れば理由は説明しきったと思われるかもしれない。

 しかし、そうでもないのだ。


 一樹はそんな、服のはだけたちひろを見て顔を真っ赤にしてたのではなかった。


 確かに彼の年齢からすれば刺激的な光景。いくらネットでちひろ以上に露出した女性を見ることができるとはいえ、現物の衝撃は中学生にとってかなりのものだ。


 とはいえここからある意味で、それ以上に過激な光景が待っていたのだから、一樹は彼女の素肌など記憶に留めてすらいないのかも知れなかった。


 吸血に際してロベルトが牙をちひろの肌に差し込み、その瞬間的な痛みに漏らした声を色っぽいと感じてしまった一樹。


 そこから血を吸っていくロベルトのどこか女性を征服したようにも見える構図。そして吸われている間、堪えているようなちひろの表情に一樹はそもそもの吸血鬼好きも高じて、何か特殊な趣味に目覚めそうになっていたのだ。


 その結果、妙な胸の高鳴りを感じて顔を紅潮させた一樹は吸血鬼というものの存在を認めた。認めたのだが……どうにもそんな事実が彼の中で大きなものにならないのである。


 ……とはいえ、そのような事情で一応はロベルトの実態を把握してもらうことには成功したといえる。


「まぁ、そういうわけで僕は吸血鬼なんだよ。この屋敷を買って家族のようなものに囲まれて暮らしたい……そんな理想で日本へやってきたんだ」

「そ、そうだったんですね……。吸血鬼、本当にいるんだぁ。しかも二人も」


 あまり自分の奇妙な興奮に付き合ってばかりいると変に思われる、と頭をぶんぶんと横に振って払拭したような挙動と共に語った一樹。


 しかし、そこでロベルトとちひろは顔を見合わせて「二人?」と同時に呟く。


「え、だってそうでしょう? ちひろさんはロロさんに血を吸われたんだから、吸血鬼になるはずですよね? ……でも、吸血は初めてじゃない感じでしたもんね。だとしたら同族で吸血……えっ、それって」


 恐らく読書好きな少年である一樹は随分と妄想がたくましいのか、ちひろが吸血鬼である前提でその先まで組み立て、またもや赤面する。


 吸血鬼同士で血を吸うというのは人間でいえば同性愛に相当し、その禁断の愛的なことに一樹は想像を巡らせでもしたのだろう。ロベルトとちひろの認識が一樹の中で勝手なものへと作り変わっていく。


 そのように妄想を楽しみつつ、カーッと顔を赤くする一樹ではあるが、


「え、私も吸血鬼になってたの? 血を吸いたいとは思ったことないけど……言われてみれば吸血されたら同族になるってなんか聞いたことあるわね。……え! それってヤバいんじゃないの?」


 ちひろはちひろで今更ながら、自分が吸血鬼になっている心配はないのかと慌てふためき始める。


 そんなちひろと一樹が抱く間違った吸血鬼への認識がロベルトは大好きなので、彼の表情はどこか面白がったものになる。


「大丈夫だよ。ただ吸血するだけじゃあ同族にはならないから」

「ま、まぁそうですよね」

「よかったぁ……」


 安堵に胸を撫で下ろすちひろと、どこか落胆したような……あの時のようなトーンで語る一樹。


 そんな二人に「でも」と言ってロベルトは補足する。


「別のやり方で実際に人間を吸血鬼にすることは可能だよ」

「え、可能なんですか!」

「あぁ、そうなの? だったらよかった……いや、ちょっとなってみるのも面白そうではあったって言うのは不謹慎かしら?」

「人間としては正しい興味だけどね」

「やっぱちょっとは思っちゃうわよね」

「ただ、あんまりオススメはできな」

「――あ、あの!」


 ちひろの冗談めかした言葉に割と真面目な返答をするロベルトの言葉は突如、一樹の今までの恥ずかしがるような小声から想像できない大きな一言で遮られた。


 突然のことで驚きと共に二人の視線が一樹に集まる。


 そして、遮ってまで作った間で何らかの決心を固めたのか一樹はズボンをギュッと掴みながら――懇願する。


「あの……ボクを。ボクを、どうか……吸血鬼にして下さいませんかっ!」

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